あの作品に助けられた

『Ghost of Tsushima』と謝りに行った朝

大学3年の秋、ゴウは仲間を守るつもりで、仲間の持ち場を黙って奪ってしまいました。夜中の二時に握ったコントローラーと、答えの出ない誉れの問い。朝稽古のあと、師範の竜山が茶を出しながら話を聞きました。

こんな人に
誰かのためにしたことで、かえって誰かを傷つけてしまった人へ。正しい答えが一つに決まらなくて、立ち止まっている人にも。
ネタバレの範囲
ネタバレなし PlayStation公式ページの紹介文にある設定(対馬で生き延びた武士・境井仁が、武士の名誉と民を守る手段のあいだで問いを突き付けられる)まで。物語の行方には触れません
話している人
ゴウ × 竜山
主張の種類: 事実 作中の観察 根拠のある推測 解釈 好み
目次 全5節・約5分
  1. 守ったつもりだった秋
  2. 夜中の二時のコントローラー
  3. 果し合いで気づいたこと
  4. 朝稽古のあとで
  5. いまの小さな決まりごと

朝稽古が終わった道場。床を拭き終えたゴウに、竜山が湯呑みを二つ置きました。「作品に助けられた、と思うのはいつじゃ」とたずねると、ゴウは正座を崩さないまま、しばらく黙ってから、あるゲームの名前を口にしました。

守ったつもりだった秋

竜山

まあ、足を崩しなされ。茶が冷める。いつごろの話じゃ。

ゴウ

押忍。……失礼いたします。大学3年の秋のことです。少々長くなりますが、お聞きいただいてもよろしいでしょうか。

竜山

ははは、お前さんが長くなると言うのは珍しい。ええぞ。

ゴウ

授業で、四人一組の発表がありました。私は段取りを任されました。持ち場を分けて、締め切りを決めて、毎週確かめる。そこまでは、うまくいっておりました。

竜山

お前さんの得意なところじゃな。

ゴウ

発表の三日前に、一人の持ち場が、ほとんど進んでいないと分かりました。本人は、大丈夫だと言いました。私は、大丈夫には見えませんでした。それで、その晩のうちに、その人の持ち場を、私が全部作り直しました。本人には言わずに。

竜山

ほう。それで、発表は。

ゴウ

うまくいきました。褒めていただきました。……ですが、その人は、それから私と口をきかなくなりました。廊下ですれ違っても、目を合わせません。私は、班を守ったつもりでおりました。守ったはずなのに、何かを壊した。その何かが、私には分かりませんでした。

竜山

……そうか。そのころ、稽古はどうしとった。

ゴウ

休んでおりません。むしろ増えました。考えたくないときほど、突きの数が増えました。先生に「今日の突きは誰を突いとる」と言われた日のことを、覚えております。

竜山

言うたな、そんなことを。ははは、俺も覚えとる。顔が、いつもより三割増しで怖かった。

夜中の二時のコントローラー

竜山

それで、そのゲームとはどこで会うたんじゃ。

ゴウ

前から持ってはおりました。侍の話だと聞いて買い、そのままにしておりました。眠れない夜が続いたある晩、二時ごろだったと思います。部屋の明かりを消したまま、電源を入れました。

PlayStationの公式ページによれば、『Ghost of Tsushima』の舞台は文永(十三世紀後半)の対馬。上陸した元の大軍勢に対馬の武士団は初戦で壊滅し、境井仁という一人の武士だけが、かろうじて生き延びる。事実[1]

同じページは、仁が突き付けられる問いを、こう書いている。武士の名誉を重んじて勝ち目のない戦いを続けるのか。それとも、邪道な戦い方に手を染めてでも敵を討ち、対馬の民を守るのか。事実[1]

ゴウ

その問いを読んだとき、手が止まりました。守るためなら、手段を選ばなくてよいのか。私が班のためにしたことは、まさにそれでした。正面から本人に言わず、裏で持ち場を取った。結果は守った。ですが、本人の誉れのようなものを、私は踏んだのだと思います。解釈

竜山

ゲームは、どっちが正しいと言うてくれたか。

ゴウ

言ってくれませんでした。どちらにも重さがある、という顔をしておりました。私は何度もコントローラーを床に置いて、窓の外が白くなるまで、ただ馬で島を歩いておりました。草が風で揺れて、遠くの山が見える。戦わずに歩いている時間のほうが、長かったと思います。解釈

果し合いで気づいたこと

公式ページには、敵に決闘を挑めば、一瞬の刀さばきが勝敗を決する時代劇の果し合いのような勝負が行える、とある。事実[1]

ゴウ

ある晩、その果し合いをしておりました。向かい合って、名乗って、相手が動くのを待つ。早く押しても、遅く押しても負けます。何度も負けて、ようやく分かりました。私は、あの人と一度も正面から向き合っていなかった。大丈夫だと言われたときに、大丈夫に見えない、と言えばよかった。手を貸すか、と聞けばよかった。解釈

竜山

……善い策と卑怯な策の違いはどこにあるか、と俺はよう考える。答えの一つはな、味方に言えるかどうかじゃ。策は敵に隠すもんで、味方に隠したら、それはもう策ではない。解釈

ゴウ

……押忍。そのお言葉を、あのころの私にお聞かせしたかったです。

竜山

ははは、あのころのお前さんは、言うても聞かんかったじゃろう。自分で負けて気づくのが、いちばん効く。

朝稽古のあとで

竜山

それで、その人には。

ゴウ

翌週の朝、稽古のあとに、授業の前の教室で待っておりました。来るなり頭を下げて、黙ってやったことを謝りました。顔のせいで、最初は身構えられました。……慣れております。

竜山

向こうは、何と。

ゴウ

「言ってくれればよかったのに」と。それから、「本当は助けてほしかった」と。私が勝手に作り直したところを、その人は自分の言葉で直して、別の授業で使ったそうです。それを聞いて、少しだけ、肩の力が抜けました。

竜山

ええ話じゃ。……で、そのゲームは最後までやったのか。

ゴウ

押忍。ですが、どういう結末だったかは、ここでは申し上げません。先生も、いつかご自分で歩いてみてください。島の景色は、先生のお好きな時代劇の画面に、少し似ております。

竜山

ははは、八十を過ぎて侍のゲームか。ええじゃないか。弟子に教われるうちが花じゃ。

いまの小さな決まりごと

ゴウ

いまは、人の持ち場に手を出す前に、一言だけ聞くようにしております。「手を貸すか」と。断られたら、引きます。頼まれたら、黙ってやり遂げます。それだけです。

竜山

それだけ、が難しいんじゃ。強い者ほど、聞く前に動いてしまう。解釈

ゴウ

押忍。道場でも、同じことをしております。アカリが組手で無理をしているとき、以前の私なら、黙って相手を代わっておりました。いまは「代わるか」と聞きます。たいてい「いい、自分でやる」と言われます。それで、よいのだと思っております。

竜山

ははは、あの子は聞かれたら必ず断る。じゃが、聞かれたことは覚えとる。それが効くんじゃ。……ゴウ、お前さん、そのゲームに助けられたと言うたが、本当は、そのゲームの前で負け続けた自分に助けられたんじゃろうな。解釈

ゴウ

……先生、それは少し、買いかぶりでございます。……ですが、ありがとうございます。

遊ぶ前に一つだけ。公式ページの年齢区分の表示はCERO Zで、斬り合いの描写がある。物語の重さに疲れたら、ゴウのように、ただ島を歩くだけの時間にしてもかまわない。事実[1]

誰かを守りたくなったら、手を出す前に、一言だけ聞いてみる。それも、正面から向き合うということだと思う。

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