平日の昼下がり、駅前のファミレスの奥の席。ハヤテとアカリは同じ空手教室にいた先輩と後輩で、ガクとは今日が初対面だった。ドリンクバーのグラスがそろうと、ガクは作品の話の前に、二人に一つだけ聞いた。「今日は、何の作業をした?」
……朝、カートのタイヤを磨きました。あとは学校の課題を少し。
午前中にレポート一本。午後から稽古。
ありがとう。それが聞きたかった。高校生に薦める作品の話をするのに、高校生がいま何をしているのかを知らないと、僕の話はたぶん長いだけになるから。解釈
ガクは宇宙のごみ拾いから
僕は『プラネテス』。高校のころに読んで、働くことと大きな夢を一緒に考えるようになった。好み
『プラネテス』は幸村誠の漫画で、『モーニング』に1999年から2004年まで不定期連載された(全4巻)。宇宙開発によって生まれたスペースデブリ(宇宙ごみ)の問題を取り上げ、その回収業者が主役のSFで、谷口悟朗監督、サンライズ制作のテレビアニメが2003年から2004年にNHK BS2で放送された。事実[1]
宇宙なのにごみ拾い? 地味。
そう、地味なんだ。主人公は宇宙で働くサラリーマンで、主な仕事はデブリの回収。いつか自分の宇宙船を持つことを夢みている。事実[1]
高校生って、進路の紙に夢を書かされるでしょう。でも大きな夢の裏には、それを毎日支えている地味な仕事がある。食堂でいえば洗い場だね。洗い場が止まると、次のお客さんに皿が出ない。野菜を届ける人がいて、仕込みをする人がいて……ごめん、またやった。解釈
いえ。……サーキットも同じです。速さの話ばかりされますけど、整備が止まったら走れません。解釈
ハヤテは17歳の設計士を
僕は『紅の豚』です。16歳で初めてバイクで遠くの海まで走った夜に観て、空を飛びたいと思いました。好み
『紅の豚』は1992年に公開されたスタジオジブリ制作のアニメーション映画で、宮崎駿監督の長編第6作。世界大恐慌の時代のイタリア、アドリア海を舞台に、飛行艇を乗り回す空賊と、空賊相手の賞金稼ぎを生業とするブタの姿をした退役軍人パイロットの物語。事実[2]
主人公、ブタのおじさんじゃん。高校生に?
はい。でも高校生に見てほしいのは、フィオです。まだ17歳で、飛行艇のボディの設計と修理に当たります。事実[2]
乗る人を信じて図面を引く人がいるから、空を飛べる。高校生でも、本気でやっている仕事は、ちゃんと仕事なんだと思います。……あ、すみません。しゃべりすぎました。解釈
いや、いい話だった。17歳が大人の仕事に混ざる。僕の『プラネテス』と、反対側から同じことを言っている気がする。解釈
アカリは人を斬らない剣客を
私は『るろうに剣心』。学校を移った時期に読んでた。好み
『るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-』は和月伸宏の漫画で、『週刊少年ジャンプ』に1994年から1999年まで連載された。幕末に「人斬り抜刀斎」として恐れられた伝説の剣客・緋村剣心が、明治維新後は「不殺(ころさず)」を誓い、流浪人として全国を旅している。事実[3]
強いのに、力で終わらせない道を選び続ける。高校って、言い負かしたほうが勝ちみたいな空気あるじゃん。そうじゃない強さもあるって、先に知っといてほしい。解釈
強さを何に使わないか、か。制度の話でいうと、決まりより先に、使わないと決めた本人がいる。……今のは短くできた。解釈
道場で、竜山先生も似たことを言っていました。僕は早々にやめちゃいましたけど。好み
それはいいって言ったじゃん。カートが続いてるんだから。
ためになるからとは言わない
ガクさんに聞いていい? 大人って、高校生に作品を薦めるとき、なんで「ためになるから」って言うの。
……痛いところを突くね。たぶん、面白いからって言うのが照れくさいんだ。ためになると言えば、自分が何に夢中になったかを説明しなくて済む。解釈
僕は、隣の家のタカシさんに『マッハGoGoGo』を貸してもらったとき、「古いけど、かっこいいから」としか言われませんでした。それで観ました。好み
それがいちばんいい薦め方だ。理由は一つで、短い。……僕には難しいけど。解釈
じゃあ練習。ガクさん、『プラネテス』を一言で。
一言か。「宇宙にも、明日の仕事がある」。解釈
短い。合格。
学校を移った年と一年遅れた年
二人に聞いてもいいかな。学校を移ったり、一年遅れたりしたとき、作品は何をしてくれた?
何もしてくれないよ。自分で時間割を組むのは自分。でも、稽古の帰りに読む一冊があると、明日もやるかって思える。解釈
僕は、一年遅れた年に空のアニメばかり観ていました。遅れたことは変わらないけど、行きたい方向ははっきりしました。好み
そうか。……正直に言うと、僕は高校生に「まっすぐ三年で卒業しなさい」と言う側の大人だった。二人の話を聞いて、薦める作品を一本足したくなったよ。『映像研には手を出すな!』。好み
『映像研には手を出すな!』は大童澄瞳の漫画で、『月刊!スピリッツ』に2016年から連載されている。人並み外れた空想力を持つ浅草みどり、金儲けが好きな金森さやか、アニメーター志望の水崎ツバメの3人を主人公に、女子高生によるアニメ制作活動を描く。湯浅政明監督、サイエンスSARU制作のテレビアニメが2020年1月からNHK総合で放送された。事実[4]
三人の得意がきれいに分かれているんだ。空想する人、お金の話をする人、絵を動かしたい人。高校生のうちに、自分がどの役でいちばん息ができるかを試してほしい。学校の中でも、外でもいい。解釈
私なら、たぶん段取りを回す役。頼まれる前に動いちゃうから。好み
僕は……そのどれでもなくて、道具を直す役がいいです。好み
それも立派な役だ。むしろ、その役の人がいないと誰も描けない。解釈
最後に一人一作
僕は『プラネテス』。夢の裏にある、毎日の仕事の話。好み
『紅の豚』です。17歳の設計士を見てほしいです。好み
『るろうに剣心』。強いのに、力で終わらせない話。好み
店を出る前、ガクはもう一度「今日は何の作業をした?」と聞きかけて、やめた。二人とも、明日やる作業をもう決めている顔をしていた。高校の三年間をまっすぐ通るか、寄り道するかについては、三人とも何も決めつけなかった。解釈
高校生には「夢の裏にある仕事」を見せる物語を。まっすぐでも寄り道でも、明日やる作業が一つあればいい。