日常

六十年前に膝を抱えて観た漫画映画

ネタバレの範囲 ネタバレなし アニメ映画『わんぱく王子の大蛇退治』の始まり(母を慕う少年スサノオが、ウサギのアカハナや火の国のタイタン坊と旅に出る)と、題材の神話、絵と音楽、つくり手の基本情報まで。旅の出来事と大蛇との戦いの行方には触れません

シリーズ『わたしだけの推し』。下町の古い喫茶店で、竜山がタカシに、二十歳過ぎの職人だったころひとりで観た漫画映画の話をする。主人公は、母さんに会いたくて海へ漕ぎ出す男の子のスサノオ。資料の人と語りの人の、いつもの張り合いつきです。

こんな人に
いまのアニメのもとになった古い漫画映画を、一本だけ観てみたい人へ。神話や昔話が好きな人にも。
話している人
竜山 × タカシ
ファミレス 下町の古い喫茶店の、窓ぎわの席 十月の日曜、昼すぎ

テーブルの天板がゲーム機になっていたころから続く喫茶店で、竜山はクリームソーダを、タカシはブレンドを頼んだ。タカシの鞄からは、付箋だらけの神話の本がのぞいている。大河ドラマの話をすると、二人はいつも資料と語りで張り合う。今日は、竜山のほうに話したいことがあった。

竜山

社長。今日は大河の話はせん。漫画映画の話じゃ。

タカシ

漫画映画、ですか。竜山さんからアニメのお話とは、珍しいですね。

竜山

『わんぱく王子の大蛇退治』。知っとるか。

タカシ

題名だけは、資料で見たことがあります。観たことはありません。

竜山

だろう。俺の周りで観たと言うやつに、六十年会うとらん。

竜山

東映の、長い漫画映画じゃ。[1]

1963年3月24日公開。東映動画の長編第6作。86分

タカシ

東映の。……そのころの竜山さんは、おいくつでしたか。

竜山

二十歳を過ぎたばかりの職人じゃ。子ども向けの漫画映画を、大の男がひとりで観に行った。周りは親子連ればかりでのう。俺だけ、膝を抱えて観とった。

タカシ

どうしてまた、おひとりで。

竜山

看板の絵が、見たことのない絵じゃったからよ。それだけじゃ。

タカシ

私が子どものころは、夏休みの朝に、テレビで古い漫画映画をやっていました。母と並んで観た覚えがあります。題名は、もう思い出せませんが。

竜山

そのどれかが、これじゃったかもしれん。

タカシ

どんなお話なんでしょう。

竜山

主人公はスサノオ。元気がよすぎる男の子でな。母さんがおらんようになって、どうしても会いに行くと言うて、海へ漕ぎ出す。[2]

竜山

お供は、ウサギのアカハナと、火の国から加わるタイタン坊。行く先々で、いろんなもんと出くわす。[2]

タカシ

旅の途中で、仲間が一人ずつ増えていくのですか。最初はウサギと二人で舟を出して、行く先で手を貸してくれる者が加わる。会社も、最初はそういうものでした。

竜山

社長は、すぐ会社の話にするのう。

タカシ

失礼しました。……続けてください。

タカシ

スサノオと、大蛇……。題のとおり、八岐大蛇の神話が下敷きですね。[1]

竜山

そうじゃ。社長の鞄の本にも、書いてあるじゃろう。

タカシ

ええ。私の読んでいる神話のスサノオは、もっと荒々しい神さまという印象でした。男の子のスサノオ、というのは、それはどういう意味ですか。

竜山

ええところに引っかかるのう。荒ぶる神を、母さんを恋しがる子どもとして描いとる。資料の上では乱暴者でも、語りの上では、まだ泣き虫の坊主なんじゃ。

タカシ

資料と語りで、同じ人物の顔が違う。……私たちの、いつもの言い合いですね。

竜山

ははは。そういうことじゃ。

竜山はストローでソーダの泡をつぶしながら、テーブルの上に指で四角い線を描いた。

竜山

絵がまた、ええ。丸っこい絵やのうて、平たくて、角ばっとる。色の塗り分けがくっきりしとってな。俺には、型紙で切り抜いたように見えた。[2]

タカシ

切り抜いたような。……当時としては、新しい絵だったのでしょうか。

竜山

新しかった。あの日の帰り道、町の景色まで角ばって見えたわい。

竜山

それに、音じゃ。音楽は伊福部昭。腹に来る音じゃった。[2]

タカシ

伊福部昭さん。……その名前を、アニメの資料で見るとは思いませんでした。

竜山

社長も知っとる名前じゃな。音の鳴らし方が、ほかの漫画映画とまるで違うた。その晩は道場で型を打ちながら、頭の中でずっとあの音が鳴っとった。

タカシ

資料を一つ、出してもよろしいですか。

竜山

出しなされ。社長はそれがないと落ち着かんじゃろう。

タカシ

演出の助手に、高畑勲さんの名前があります。絵を描いた人の中には、大塚康生さんや小田部羊一さんも。[2]

竜山

ほう。そりゃあ知らなんだ。俺は看板の絵しか覚えとらん。

タカシ

映画の賞もいくつか受けていて、アメリカでも題名を変えて公開されたそうです。[1]

第18回毎日映画コンクール大藤信郎賞、ヴェネツィア国際映画祭での受賞。アメリカでは1964年に『The Little Prince and the Eight-Headed Dragon』の題で公開

竜山

アメリカでもか。……あの泣き虫の坊主が、海を渡ったか。

タカシ

竜山さんは、どの場面がいちばんお好きなんですか。

竜山

それは言わん。社長は、最後の大蛇の場面から観たがるが、俺は順番どおりがええと思う。坊主が旅のあいだに何を拾うてきたか、それが分からんと、最後が軽うなる。

タカシ

……おっしゃる通りです。私は、いつも結論の章から読んでしまいますので。

竜山

知っとる。大河でも、関ヶ原の回から観とるくせに。

タカシ

それは、歴史の話になってしまいますね。

竜山

ほれ、もうなっとる。

タカシは苦笑して、手帳に題名を書き込んだ。竜山はその字を逆さまからのぞき込んで、一つうなずいた。

タカシ

どこで観られるでしょう。

竜山

円盤が出とるはずじゃ。俺は町の図書館で借りて、久しぶりに観直した。[2]

竜山

観直して驚いたのはな、坊主の顔は覚えとったのに、ウサギのことはすっかり忘れとった。あれだけ横におったのに。

タカシ

記憶と記録が、食い違ったわけですね。

竜山

記憶は語りじゃ。社長の資料には負ける。じゃが、語りのほうが、泣ける。

タカシ

では、私も探してみます。観たら、資料を持ってご報告に上がります。

竜山

資料はいらん。坊主の顔を、覚えて帰ってくりゃええ。今度はうちのテレビで、もう一回、一緒に観ようぞ。

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