「しおりのある部屋」で、レンがスイに聞きました。作品に助けられた、と思った時期はある? スイは少し考えてから、ある冬の話を始めました。作品の展開には触れず、そのころの夜の過ごし方と、作品のどこが支えになったかを話しています。
すぐ返す人だったころ
スイが返事に困ってる姿、あんまり想像できないな。いつも、言葉を選ぶのが上手な人だと思ってたから。
働き始めたころは、むしろ返事が速い人だったんだよ。職場の連絡は、届いたらすぐ返す。数分以内に。それが誠実さだと思ってた。
数分以内。それはそれで、すごいね。
すごくはないの。速く返すことに、気持ちを全部使ってた。二年目の冬には、帰りの電車で画面を見るのも少しこわくなってた。
そのころ、学生時代からの友だちから、長いメッセージが届いたの。その子にとって、とても大事な報告だった。読んだ瞬間、ちゃんと返したいと思った。ちゃんと、ね。
仕事の連絡はすぐ返せるのに、そっちは返せなかった?
うん。仕事の返事には、だいたいの正解があるでしょう。でも、その子への返事には正解がない。ぴったりの言葉を見つけなきゃって思えば思うほど、一文字も打てなくなって。気づいたら、三週間たってた。
夜十時のローテーブル
その三週間、夜はどうしてたの?
家に着くのが、だいたい夜の十時過ぎ。コンビニで買ったおにぎりとスープをローテーブルに置いて、ノートパソコンをひらいて、アニメを一話だけ観てた。それが『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』。
『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』は、戦争が終わったあと、主人公のヴァイオレットが、誰かの想いを言葉にして届ける仕事に出会う物語です。事実[1]
返事が書けない時期に、手紙の話を観てたんだ。逆につらくならなかった?
最初は、少し胸が痛かった。でも、観ているうちに気づいたの。この作品の中では、言葉が出てくるまでの時間が、ちゃんと画面に映ってるって。解釈
どうして一話だけだったの? 続けて観たくならなかった?
なったよ。でも、一話観たら寝るって決めてた。続けて観ると、ほかのことを考えずにすむでしょう。それはそれで楽なんだけど、返事のことから目をそらしてるのが、自分でわかっちゃう気がして。
一話だけなら、観終わったあと、スマートフォンの画面をちらっと見る余裕が残ってた。返事はまだ書けない。でも、メッセージを開いて、もう一回読むことはできる。毎晩、それだけはしてた。
書けないけど、読み直してはいた。それって、何もしてなかったわけじゃないね。
いまならそう思える。そのころは、自分は何もできない人だって、責めてばかりいたけど。
黙っている時間が映っていた
手紙を頼みに来る人たちが、言いたいことの手前で黙る場面があるでしょう。窓の外を見たり、手元に目を落としたり。その沈黙を、物語は急いで埋めない。タイプライターの音も、途中でぴたりと止まったりする。作中の観察
それを毎晩観ていたら、言葉が出てこない時間は、何もしていない時間じゃないのかもしれない、って思えてきたの。私はそう受け取った。解釈
なるほど。構造の話をすると、手紙の物語って、書き上がった手紙より、書いている過程のほうに時間を割くことが多いよね。完成品だけ見せたら一瞬で終わるところを、わざわざ迷う時間ごと見せてる。根拠のある推測
うん。迷う時間が、物語の本体みたいに扱われてる。解釈
僕だったら、たぶん三週間も悩む前に、とりあえず短く返してたと思う。「おめでとう、また話そう」みたいに。それが正しいとは限らないけど。
それも優しさだと思う。私は、それができなかっただけ。
沈黙を自分の都合で埋めていた
それでね、もう一つ気づいたことがあって。三週間のあいだ、私は友だちの沈黙のほうも、勝手に想像してたの。きっと怒ってる。もうあきれてる。そういう話を、頭の中で何度も書いてた。
相手からは、何か来てたの?
何も。何も来ていないのに、その「何も」に、私が気持ちを書き足してた。作品の依頼人たちは、黙っていても、その沈黙の中身を誰かに決めつけられないでしょう。言葉が出てくるのを、待ってもらえる。それを観ていて、私は友だちの沈黙を、自分の都合で埋めていたんだって思った。解釈
それ、スイがよく言う「補いすぎ」だね。
そう。今でも、ときどきやる。
便箋に下書きを
それで、返事は書けたの?
ある晩、一話観終わったあと、スマートフォンじゃなくて、引き出しにあった便箋に下書きをしてみたの。画面だと、打っては消して、打っては消してになるけど、紙だと消した跡が残る。迷った跡が残るのが、なんだかよかった。
結局、送ったのは短い文だった。「遅くなってごめん。ちゃんと返したくて、時間がかかった」って一行と、本当に伝えたかったことを三行くらい。
ぴったりの言葉は、見つかった?
ううん、見つからなかった。でも、見つからないまま送ってもいいって、思えるようになってた。友だちからは、その日のうちに返事が来た。怒ってなんかいなかったよ。「待ってた。ゆっくりでよかったのに」って。
作品が返事を書いてくれたわけじゃないけど、書きはじめる場所までは、連れていってくれた感じかな。
うん、そういう言い方がいちばん近い。毎晩の一話が、急がなくていい時間を、少しずつ私に返してくれたんだと思う。解釈
いまの小さな習慣
いまはどうしてるの? 仕事の連絡は、まだ数分以内?
急ぎのものはね。でも、大事な返事ほど、先に一行だけ送るようにしてる。「少し考えてから返すね」って。それだけで、相手の沈黙を勝手に想像しなくてすむし、相手も私の沈黙を心配しなくてすむ。
待つ側にも、待っていいって伝える一行なんだね。僕も真似してみようかな。
あと、週末に疲れた日は、思いきりドタバタしたコメディを観て大笑いする。静かな作品ばかりだと、私、また黙りこんじゃうから。
それは意外だった。今度一緒に観よう。……ところで、その便箋の引き出しに、僕の傘、入ってない?
……あ。玄関にある。明日、持ってくるね。
大事な返事ほど時間がかかっていい。もし待たせてしまいそうなら、先に一行だけ「少し考えてから返すね」と送ってみる。それだけで二人の沈黙が少しやわらかくなるかもしれません。