あの作品に助けられた

説明しすぎた僕を焚き火の前に座らせたゲーム

働き始めて四年目、説明が得意なことが、誰かの考える時間を奪っていたと気づいた。眠れない夜に支えになったのは、何も教えてくれないゲームだった。レンが、スイに聞いてもらいながら話します。

こんな人に
得意なことで人の役に立とうとして、かえって空回りした経験のある人へ。教える立場になって、少し息苦しさを感じている人にも。
ネタバレの範囲
ネタバレなし 『Outer Wilds』の遊びはじめの場面と、ゲームの道具の手ざわりまで。探索で知ること・物語には触れません
話している人
レン × スイ
主張の種類: 作中の観察 根拠のある推測 解釈 好み
目次 全6節・約6分
  1. 説明が得意だった
  2. 物語まで楽しめなくなった
  3. 「何も調べずにやってみて」
  4. 教えてくれないことが信頼に見えた
  5. 手順書を半分にした
  6. いまの小さな習慣

「しおりのある部屋」で、スイが一つだけ質問を持ってきた。「レンが、作品に助けられたと思う時期って、いつ?」。レンは少し考えてから、働き始めて四年目の冬の話を始めました。出てくるゲームは『Outer Wilds』。ゲームの中で何がわかるかには、いつものとおり、一切触れません。

説明が得意だった

スイ

レンが落ちこんでいるところ、あんまり想像できないな。いつも、ノートがきれいだから。

レン

ノートがきれいなのが、原因の半分だったかもしれない。四年目に、小さな仕事のまとめ役を任されたんだ。新しく入ってきた後輩が一人いて、僕は張り切って、手順書をつくった。

スイ

レンの手順書、すごく丁寧そう。

レン

丁寧すぎた。つまずきそうな場所を全部先回りして、理由も、例外も、ぜんぶ書いた。質問される前に答えを置いておくのが、親切だと思ってたから。

レン

仕事自体は、ちゃんと回った。でも二か月くらいたったころ、後輩が、ほとんど質問をしてこなくなっていることに気づいた。ある日、雑談のついでに聞いてみたんだ。困ってることない?って。そうしたら、「全部書いてあるので、考えることがないんです」って、笑いながら言われた。

スイ

……それは、褒め言葉にも聞こえるね。

レン

僕もその場では、そう受け取ろうとした。でも帰りの電車で、ずっと引っかかってた。考える余地を、僕が全部埋めてしまったんじゃないか。自分の得意なことで、誰かの大事な時間を取り上げていたんじゃないかって。

物語まで楽しめなくなった

スイ

その頃、作品は観てた?

レン

観ようとはしてた。でも、何を観ても、仕組みばかりが目に入るようになってた。ミステリーを読んでも、この場面は何のために置かれているか、を考えはじめると止まらない。好きだったはずのことが、仕事の続きみたいになってた。

レン

夜はだいたい、十一時ごろに部屋に帰って、コンビニの袋を机に置いて、そのまま座りこんでた。布団に入っても、一時を過ぎるまで天井を見てる日が続いた。

スイ

そのとき、レンは寂しかった?

レン

……うん。たぶん、寂しかった。説明していれば、必要とされていると思えたんだ。説明がいらないと言われたら、僕には何が残るんだろうって。いまスイに聞かれて、初めて言葉になった気がする。

スイ

私も、人の沈黙を自分の言葉で埋めたくなるときがあるから、少しわかる。埋めているあいだは、そこにいていい気がするんだよね。解釈

「何も調べずにやってみて」

レン

そんな冬に、昔からの友だちと久しぶりに会った。近況を話したら、友だちは何も助言しないで、一本のゲームの名前だけ教えてくれた。「何も調べずに、やってみて」。それだけ。

スイ

説明好きのレンに、説明なしの贈り物。

レン

そう。正直、最初は少し不満だった。どんなゲームかくらい教えてよって。でもその夜、部屋の明かりを半分にして、ヘッドホンをつけて始めてみた。最初にいたのは、小さな村の焚き火のそば。宇宙へ行くゲームだって聞いていたのに、最初にできたのは、マシュマロを焼くことだった。作中の観察

レン

僕は、何度もマシュマロを焦がした。火に近づけすぎて、真っ黒になる。また刺して、また焦がす。同じ失敗ばかりなのに、なぜか、声を出して笑ってた。何か月ぶりだったと思う。

スイ

レンは、こういう単純な笑いに弱いものね。

レン

弱い。複雑な謎より、よっぽど弱い。

教えてくれないことが信頼に見えた

スイ

そのゲームの、どこが効いたんだと思う?

レン

一つ目は、誰も教えてくれないこと。次にどこへ行けばいいか、何をすればいいか、ゲームは言わない。最初は戸惑ったけど、だんだん、それが信頼に見えてきた。この人なら自分で見つけられるはずだって、作った人たちに言われている気がした。解釈

レン

二つ目は、宇宙船の航行記録。見つけたことは書きとめてくれるのに、結論は書いてくれない。空欄が、空欄のまま残る。僕のノートとそっくりなのに、決定的に違った。僕は空欄を、すぐ埋めようとする人間だったから。作中の観察

レン

三つ目は、焚き火。どこかで行き詰まったら、焚き火を見つけて、その前に座る。何も進まない時間なのに、そこにいていいと思えた。考えるのをやめていい場所が、ゲームの中にちゃんとある。解釈

スイ

考えるのをやめていい場所、か。レンにいちばん足りなかったものかもね。

レン

うん。毎晩一時間だけ遊んで、焚き火の前でコントローラーを置いてから寝る。それを続けているうちに、天井を見る時間が、少しずつ短くなっていった。ゲームが何かを解決してくれたわけじゃない。でも、立ち止まり方を思い出すきっかけにはなった。

スイ

友だちには、お礼を言えた?

レン

しばらくたってから、「あのゲーム、すごくよかった」って連絡した。どこがよかったか、長い文章を書きかけたんだけど、途中で消した。説明したら、また同じことをしてしまう気がして。結局送ったのは、「焚き火の前で、よく座ってる」の一行だけ。

レン

返事は「でしょ」の一言だった。それで十分だった。お互い、中身を一つも話していないのに、ちゃんと伝わった感じがした。

スイ

中身を話さない感想って、こんなに温かいんだね。私も昔は、気持ちに全部名前をつけて送ってたから。解釈

手順書を半分にした

スイ

後輩さんとは、そのあとどうなったの?

レン

春に、次の新人のための手順書をつくり直した。前の半分の長さにして、ところどころに、答えを書かない欄を残した。「ここは一度、自分で試してみて。気になったら聞いて」って。

レン

そうしたら、あの後輩が、その欄について質問しに来たんだ。新しい手順書を読んで、自分ならこうするって。それから、仕事の話をする時間が増えた。説明する側とされる側じゃなくて、一緒に考える時間。

スイ

答えを渡さなくても、ちゃんと必要とされてたね。解釈

レン

うん。答えを渡すより、次に見る場所を一つ渡すほうが、長く一緒にいられるのかもしれない。いまの僕の作品の勧め方も、ぜんぶ、あの冬から来てる。

いまの小さな習慣

スイ

いまも、何か続けていることはある?

レン

人に何かを勧めるとき、付箋を一枚だけ渡すようにしてる。書くのは、答えじゃなくて「ここ、気にならない?」の一言だけ。付箋の色にも意味を決めていたはずなんだけど、それはもう、自分でも思い出せない。

スイ

色の意味は、受け取った人が決めればいいんじゃない?

レン

……それ、いいね。次から、そうする。

もしいま、誰かのために全部を説明しようとして疲れている人がいたら、一か所だけ、空欄のまま渡してみてもいいのかもしれません。それから、自分のための焚き火を、どこかに一つ。レンの場合、それはゲームの中にありました。解釈

答えのかわりに「ここ、気にならない?」を一つだけ渡してみる。

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話した人 レン 物語の仕組みをほどく探究者 レンの記事をもっと読む →

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