アニメ・漫画の豆知識

『刑事コロンボ』はテレビの前に舞台にいた

雨の駅の待合で、トキワが手帳に並べた四つの行。短編小説、一回きりのテレビ番組、舞台、そしてテレビシリーズ。『刑事コロンボ』の警部補がテレビに落ち着くまでの道のりを、古い知り合いのルカと確かめます。個々の回の犯人と結末には触れません。

こんな人に
古い刑事ドラマの成り立ちが気になる人、『古畑任三郎』が好きな人へ。
ネタバレの範囲
ネタバレなし コロンボという人物が生まれるまでの経緯(短編小説・テレビの一話・舞台劇・テレビシリーズ)と、シリーズの形(犯行を先に見せる倒叙)まで。個々の回の犯人・手口・結末には触れません
話している人
トキワ × ルカ
主張の種類: 事実 作中の観察 根拠のある推測 解釈 好み
目次 全5節・約4分
  1. 一行目にコロンボはいない
  2. 一回きりの番組の一話
  3. 舞台の脚本にあった口ぐせ
  4. 名前は書類の上にだけ
  5. 先に見せる形と古畑任三郎

雨の午後、駅のコンコースの待合のベンチ。出張帰りの列車を待つトキワの隣に、配達の途中で雨宿りに入ったルカが腰を下ろしました。トキワの手帳には、縦に四つの行が並んでいます。どれも『刑事コロンボ』についての行でした。

一行目にコロンボはいない

ルカ

トキワ様。……それは。

トキワ

『刑事コロンボ』の控えです。この刑事は、テレビのシリーズになるまでに、別の形で何度か書かれています。古い順に四行。今日は、その順番を確かめていました。

『刑事コロンボ』は、リチャード・レヴィンソンとウィリアム・リンクの二人が原案を手がけた、アメリカのテレビミステリーです。たどっていくと、二人の短編小説「May I Come In?」に行き着きます。この短編は、1960年3月号の『アルフレッド・ヒッチコック・ミステリー・マガジン』に、「Dear Corpus Delicti」という題で載りました。ただ、そこにコロンボはまだ出てきません。出てくる警察の人物は、フィッシャーという名でした。事実[1]

トキワ

一行目の名前の欄は、コロンボではありません。同じ役目の人物はいます。名前が、まだ違います。

ルカ

一行目には、まだいらっしゃらない。

トキワ

いません。私の仕事でも、古い控えには、のちの名前が載っていないことがあります。そういう行ほど、先に写しておきます。好み

一回きりの番組の一話

コロンボという人物が初めて画面に登場したのは、1960年、テレビのアンソロジー番組『The Chevy Mystery Show』の一話「Enough Rope」でした。二人が短編をテレビ向けに組み直した回で、最初にコロンボを演じたのはバート・フリードです。事実[1]

人物を形づくるとき、二人が手本の一つにしたのは、小説『罪と罰』で主人公のラスコーリニコフを追い詰めていく、ペトローヴィチという人物だったといいます。事実[2]

トキワ

二行目で、ようやく名前の欄にコロンボと入ります。手本になったのは、言葉を交わしながら相手を追い詰めていく側の人物です。確認します。その小説を、あなたは読みましたか。

ルカ

途中まで。長い本でしたので。

トキワ

途中まで。……書き取ってよろしいですか。

ルカ

どうぞ。

舞台の脚本にあった口ぐせ

二人は次に、この話を舞台劇『殺人処方箋(Prescription: Murder)』に書き直します。1962年、サンフランシスコで幕を開けたこの舞台で、コロンボを演じたのはトーマス・ミッチェル。ジョゼフ・コットンらが共演しました。ミッチェルは病のため、巡業の途中で舞台を降りています。事実[1]

のちのテレビシリーズでおなじみになる「あと1つだけ」という口ぐせは、この舞台の脚本を書いていた段階で、すでに生まれていました。事実[1]

トキワ

部屋を出かけて、戻ってきて、もう一つだけ尋ねる。テレビの癖だと考えていました。控えをたどると、舞台の脚本の一行のほうが先です。三行目は、二行目より声が大きい。解釈

ルカ

忘れ物で、よく戻ります。

トキワ

忘れ物。その戻り方は、記録に残しません。

名前は書類の上にだけ

長いシリーズを通して、コロンボの下の名前が台詞で口にされることは一度もありません。けれど、警察の身分証が画面に映る場面があり、そこに印字されているのが、Frank Columbo(フランク・コロンボ)です。事実[1]

トキワ

名前が、声ではなく紙の上にだけある。私はこの刑事の、その点が好きです。人を名前で呼ばなくても、記録は取れます。私も、相手をたいてい「あなた」と呼びます。好み

ルカ

……存じております。

先に見せる形と古畑任三郎

1968年、ピーター・フォークをコロンボ役に迎え、テレビ映画が作られました。シリーズの放送はNBCが1968〜1978年、ABCが1989〜2003年で、全部で69話あります。事実[1]

どの回も、まず犯人が罪を犯すところを観る側に見せ、そのあとでコロンボが手がかりを拾い、真相にたどり着くという順で進みます。ミステリーで「倒叙」と呼ばれる形です。日本では、この形を説明するときに『古畑任三郎』と並んで例に挙げられることが多く、『古畑任三郎』のほうが日本版の『コロンボ』と呼ばれることもあります。事実[1]

トキワ

私の6選の三本目は『古畑任三郎』です。手続きの順番を一つずつ確かめる観方は、あの刑事ドラマでも続けています。今日の四行は、その形がどこから来たかの控えです。好み

ルカ

四行とも、そろいましたか。

トキワ

そろいました。どの行にも、個々の事件はまだ書いていません。犯人の欄は、それぞれの回を観る方のために空けておきます。列車が来ます。あなたは。

ルカ

雨が上がるまで、ここに。

トキワは手帳を閉じ、ルカに一礼してから、ホームへの階段を上がっていきました。礼は、いつものように深いものでした。

『刑事コロンボ』の警部補は、短編小説、一回きりのテレビ番組の一話、舞台劇を経て、テレビシリーズにたどり着いた。「あと1つだけ」は、舞台の脚本の時点でもう生まれていた。

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