「しおりのある部屋」で、ガクがイロハのノートを見て尋ねました。どのページにも、消した跡がひとつもない。ボールペンだけで描かれた線と、塗られた色。いつからこういう描き方になったのか。イロハが話してくれたのは、高校生のころの、ある秋の夜のことでした。
消した跡がないノート
イロハのノート、前から気になってたんだ。線がまっすぐじゃないところも、そのまま残ってる。わざと?
わざと、というか……消さないって決めてるの。高校生のときから。
何かきっかけがあった?
うん。逆に、消しすぎてた時期があったんだ。二年生の秋くらい。美術の授業で手のスケッチを描いていて、隣の席の子に「線、ちょっとガタガタだね」って言われたの。悪気はなかったと思う。たぶん、ただ見たままを言っただけ。
でも、残った。
残っちゃった。それから、線を一本引くたびに消すようになって。引いて、消して、また引いて。気づいたら紙が薄くなって、指のところに小さな穴があいてた。
夜十一時の机
家でも描いてたの?
描こうとはしてた。宿題を終えて、夜の十一時くらいに机に向かうんだけど、消しゴムのかすばかり増えていくの。机の端に、灰色の小さな山ができる。それを手のひらで集めてごみ箱に捨てて、また描いて、また消して。
子どものころから、好きな場面の色をノートに残してたんだけど、それもやめちゃった。きれいに整えられない私の記録なんて、意味がない気がして。
そうか……。その頃の美術の授業って、どういう方針だったんだろう。デッサン中心だと、線の正確さを評価する仕組みになりやすいから、そういう空気が……
……いや、ごめん。いま聞くことじゃないね。僕、背景から入りすぎる癖がある。続けて。
ううん、ガクのそういうところ、私はわりと好き。でも、その頃の私は、仕組みのことは何も考えられなかったな。ただ、自分の線が嫌だった。
揺れている線が生きていた
そこで出会ったのが、『ピンポン THE ANIMATION』?
うん。ある晩、スケッチをあきらめて居間に降りたら、なんとなく観始めたの。最初は、正直びっくりした。線が太くなったり細くなったり、ときどき震えてたりして。私が消していたような線が、画面いっぱいに動いてたの。作中の観察
『ピンポン THE ANIMATION』は、松本大洋さんの漫画を原作に、湯浅政明さんが監督したテレビアニメです。事実[1]
それなのに、ちっとも汚く見えなかった。走ったあとの肩とか、ラケットを握る指とか、揺れてるからこそ、その人がいま息をしてるのがわかる。整ってないのに、生きてる。消しゴムを握ったまま、しばらく動けなかった。解釈
線そのものに、許してもらった感じかな。
そう、それに近い。それと、音。球が台に当たる「コン、コン」っていう音が、ずっと一定のリズムで鳴ってるの。消しては描いてを繰り返してた私の頭の中が、その音でだんだん静かになっていった。メトロノームを横に置いてもらったみたいに。解釈
音で静かになる、っていうのは面白いね。普通は逆だと思われがちだけど。
うん。何も聞こえない部屋のほうが、私には頭の中の「消さなきゃ」がうるさかったの。一定のリズムが外から聞こえてると、そっちに耳が向いて、自分を責める声が少し遠くなる。それに、その音がふっと消える瞬間があって、そこで初めて、自分がずっと息を止めてたことに気づいた。
音が消える瞬間。イロハがいまも追いかけてるテーマだ。
そう。たぶん、あの夜が始まりだったんだと思う。
線しか覚えていなかった
ちなみに、その回で登場人物たちが何をしてたかは覚えてる?
……それが、ほとんど覚えてないの。線と音のことしか。誰がどんな気持ちで打ってたのか、あとで観直すまでちゃんと受け取れてなかった。
イロハらしいね。
うん。いまでも、画面がきれいだと人の気持ちを読み落としちゃう。だから最近は、スイに「この人、何を待ってると思う?」って聞いてから観直すようにしてる。でもあの夜の私には、物語より先に、線と音が必要だったんだと思う。
わかる気がする。僕も若い頃、設定資料を読みこんでから観ないと気がすまなかったけど、最近は何も調べずに観て、ただ画面に驚くのも悪くないと思うようになった。驚くための余白を、自分で埋めてたんだな。
次の朝の一本の線
それで、次の日からはどうしたの?
次の朝、学校に行く前に、筆箱から消しゴムを出して机の引き出しに入れたの。持っていかないように。授業中、ノートの端にボールペンで、自分の手を描いてみた。もちろんガタガタ。でも、消せないから、そのまま次の線を足すしかない。
描き終わったら、変な手だった。指が一本長くて。でも、その長い指が、なんだか前に伸びようとしてるみたいに見えたの。ちょっとだけ、笑っちゃった。
隣の席の子には、見せた?
見せてない。見せるために描いたんじゃなかったから。でも、休み時間にその子がペンを貸してって言ってきて、普通に貸したよ。あの一言を、私がずっと抱えてたことは、たぶん向こうは知らない。それでいいと思ってる。
それは、いい手だね。食堂の手書きのお品書きって、字が揃ってないほうがおいしそうに見えたりするでしょう。あれに近い気がする。書いた人の手が、ちゃんとそこにいる。
ふふ、ガクのたとえ、やっぱり食堂なんだ。でも、そう。誰が描いたかわかる線のほうが、私は好き。色のノートも、その週からまた始めたよ。
いまの小さな習慣
いまも、毎日描いてるの?
毎日じゃないけど、朝に一本だけ、ボールペンで線を引くことがある。上手かどうかは見ない。その日の線が太いか細いか、揺れてるか。それを眺めてから一日を始めるの。あとは、その日いちばん気になった色を、隣に一つだけ塗る。
線の天気予報みたいだね。
それ、いい名前。もし、消したくなる線がある人がいたら、一本だけ、消さずに残してみてもいいかもしれない。あとで見返したとき、その揺れが、その日の自分の音みたいに聞こえることがあるから。
持ち帰るしおり:消したくなった線を今日は一本だけ残してみる。揺れていてもそれはその日の自分の音。