二周目

『葬送のフリーレン』二周目は手元を見る

一周目は旅の景色を追っていた。二周目、ゴウの目は魔法使いの手元と、言わずにおかれたものばかりを追った。約束と、それを守る型の話として。演出と言葉に詳しいソウマと、第1期を頭から観直した。

この記事は結末までのネタバレを含みます

範囲TVアニメ『葬送のフリーレン』第1期(全28話)の結末まで

観終えた人が二周目をもっと楽しむための記事です。中盤の展開と、結末・正体のくわしいところは、押すと開く部分に分けてあります。

こんな人に
『葬送のフリーレン』のアニメ第1期を最後まで観た人へ。約束と、言葉にされないものを二周目で確かめたい人に。
ネタバレの範囲
結末まで触れます TVアニメ『葬送のフリーレン』第1期(全28話)の結末まで
話している人
ゴウ × ソウマ
主張の種類: 事実 作中の観察 根拠のある推測 解釈 好み
目次 全7節・約6分
  1. 二周目を始める前に
  2. 第1話の指輪のカット
  3. ずぼらな魔法使いの手元
  4. いちばん強い戦士の言葉
  5. 本物かどうかを問わない人
  6. 初回の4話は映画のように
  7. 第1期の最後の数話

ゴウだ。今回はアニメ『葬送のフリーレン』第1期の二周目の話をする。最後まで観た人向けだ。展開にかかわるところは畳んである。まだの人は開くな。聞き手は大学の後輩のソウマ。演出と言葉の組み立てに詳しい。

二周目を始める前に

第1期は2023年9月から2024年3月まで放送された全28話。監督は斎藤圭一郎、アニメーション制作はマッドハウス。事実[1]

物語は、魔王を倒した勇者一行が10年の旅路を振り返る場面から始まる。4人は50年に一度降る流星を見て、次もそれを見る約束を交わして別れる。50年後、勇者ヒンメルの葬儀で、フリーレンは自分が彼について何も知らず、知ろうともしなかったことに気づいて涙する。事実[2]

ソウマ

ゴウ先輩がこの作品を選ぶのは少し意外です。魔法の話ですよね。

ゴウ

……魔法の話に見えて、流儀の話だ。約束を、どう守るか。守る者は、それをどう言わずにおくか。俺が考えているテーマに近い。好み

第1話の指輪のカット

制作側の話として、アニメ化にあたって足された要素がある。第1話でヒンメルの葬式の後にフリーレンが指輪を見せるカットは、第14話の展開を示唆するために追加されたオリジナル要素だという。事実[1]

ソウマ

一周目は流れて見えるカットです。二周目は、そこで手が止まる。構成として、答えより先に問いを置いている。解釈

中盤まで中盤の展開(第14話まで)押すと開きます

第14話「若者の特権」で、ヒンメルがフリーレンに指輪をはめる場面が描かれる。制作側は、二人の感情ではなくシチュエーションに焦点を当て、解釈を観る側にゆだねたと伝えられている。だから二周目の第1話では、指輪を見せるフリーレンの顔に答えを探さなくていい。手の中に物があること、それだけを見ておけば、第14話で同じ物が別の時間の中に置かれる。俺はそこで、約束は言葉より物のほうが長く残る、と思った。事実[1]

ずぼらな魔法使いの手元

一周目の序盤、フリーレンは朝に弱く、妙な魔法ばかり集める、のんびりした魔法使いに見えた。二周目は、戦う場面より、戦う前に立っている姿を見た。杖の持ち方。歩く速さ。息の上がり方。作中の観察

中盤まで中盤の展開(第10話まで)押すと開きます

フリーレンは、天秤に自身と相手の魔力を乗せ、少ないほうを服従させる魔法を使う大魔族アウラと向き合う。アウラはフリーレンの魔力制御による隠蔽を見抜けず、偽装を解いたフリーレンとの歴然たる魔力差に驚き、逆に自身が操られる。フリーレンは師匠フランメから、魔力を制限して相手を油断させる戦い方を教わり、一生かけて魔族を欺けと伝えられていた。同じころ、リュグナーと戦ったフェルンも魔力の規模を小さく見せていて、リュグナーは最後に、フリーレンも過去に同じ戦い方をしていたことに気づく。事実[2]

ゴウ

畳んだ中の話を知ってから第1話に戻ると、あの何気ない立ち姿が、何十年、何百年と続けてきた稽古の結果に見えてくる。解釈

ソウマ

畳んだ中のやり方を、卑怯と読むか、流儀と読むか。……俺は少し前まで、そういうやり方に憧れる中学生でした。今のは忘れてください。好み

ゴウ

……忘れない。相手に勝つためではない。守るものを守り切るためなら、筋は通る。解釈

いちばん強い戦士の言葉

勇者一行の戦士アイゼンは、魔族から人類最強の戦士として名を知られているが、本人は「俺より強いやつが皆先に死んだだけ」と自分を評する。事実[2]

道場で、俺はこの言葉を何度も思い出す。強さを、自分の手柄にしない。生き残った順番だと言う。二周目は、アイゼンが斧を持たずに座っている場面ほど、重く見えた。好み

中盤まで中盤の展開押すと開きます

アイゼンの弟子シュタルクは、けんか別れをしたとされていた。実際は、魔物との戦いを嫌がって反抗したシュタルクの力の片鱗におののき、アイゼンが反射的に殴り飛ばしてしまったのだという。いちばん強い戦士が、弟子の強さに怯えた。二周目にシュタルクの臆病な顔を見ると、その臆病は、強さを持て余した者の顔にも見えてくる。事実[2]

本物かどうかを問わない人

ヒンメルは第1話で亡くなる。それでも二周目は、回想の中の彼ばかり追っていた。生きている場面より、思い出される場面のほうが多い人だ。作中の観察

第12話の題名は「本物の勇者」。事実[1]

中盤まで中盤の展開押すと開きます

ヒンメルは勇者だけが抜けるという剣を抜けなかったが、偽物の勇者でもかまわない、魔王を倒せば偽物でも本物でも関係ない、と話してそれを成し遂げたとされている。事実[2]

ソウマ

肩書きより行いで自分を証明する。言葉の上では、いちばん単純な理屈です。でも、それを口に出せる人は少ない。解釈

ゴウ

……ああ。ヒンメルならどうしたか。この問いが、仲間たちの行動の基準であり続ける。死んだ者が、生きている者の型になる。師匠と同じだ。解釈

初回の4話は映画のように

劇伴の一部は、先に作った映像に合わせて作曲するフィルムスコアリングという手法で作られた。行われたのは初回(第1話から第4話)の全シーンと、第8話、第14話、第15話の一部の場面。初回は映画を1本作るのと同じように制作されたという。事実[1]

ソウマ

音を映像の後から付けた場面を並べると、作り手がどこを一番大事に扱ったかの目録になります。二周目は、音楽が場面にぴたりと寄り添う瞬間を探すと、編集の呼吸が見えてくる。解釈

ゴウ

……第8話は、フェルンとシュタルクが二人で敵と向き合う回だ。誰も見ていないところでの構えが、いちばん本物だ。解釈

俺は二周目、日曜の朝に第1話から第4話を続けて観た。一話ずつ区切るより、あれは一本の映画として観たほうが、時間が数十年単位で飛ぶ速さが体に入ってくる。映画館の真ん中の席と同じ姿勢で、膝の上で手を組んで観た。好み

第1期の最後の数話

第2クールは一級魔法使いの試験の話が続く。一周目は試験の勝ち負けを追った。二周目は、フリーレンが誰に何を言わずにいるかを数えて観た。作中の観察

結末・正体結末(第28話まで)押すと開きます

第1期の最終話は第28話「また会ったときに 恥ずかしいからね」。最後まで観てから第1話の流星の約束に戻ると、この作品の約束は、果たされる日まで言葉で確かめ合わないものとして描かれているように見える。フリーレンは試験の場でも、自分の強さを最後まで振りかざさない。力を見せずに済む場面では見せない。それが第1話から第28話まで変わらない。二周目の俺は、そこに一本の筋を見た。解釈

ソウマ

第1話を観直してから最終話の題名を読むと、照れくさい言い方の中に、ずいぶん長い時間が入っている気がします。解釈

ゴウ

……別に、照れくさくはない。約束を、軽く言っていないだけだ。

二周目は第1話の葬儀の後、指輪を見せるフリーレンの手元から。答えは顔ではなく、手の中にある。

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