あの作品に助けられた

昼寝のあとの雨とニャンコ先生

大事な友だちが遠くへ行ってしまった日、テンは長い昼寝の最中だった。人の町に降りてきてからも、だれのそばにいればいいのか分からなかった。雨の日の傘と、スイの部屋で読んだ『夏目友人帳』の話。聞き手は、その友だち本人のルカ。

こんな人に
大事なときに、大事な人のそばにいられなかったことを、いまも少し気にしている人へ。新しい場所で、どうそばにいればいいか迷っている人にも。
ネタバレの範囲
ネタバレなし 出版社とアニメ公式に書かれている『夏目友人帳』の設定(妖怪が見える少年・夏目が、用心棒のニャンコ先生とともに、友人帳に名を縛られた妖怪たちに名を返す日々を送ること)まで。個々のエピソードの展開や結末には触れません
話している人
テン × ルカ
主張の種類: 事実 作中の観察 根拠のある推測 解釈 好み
目次 全6節・約6分
  1. 長い昼寝
  2. 屋根の上の夜
  3. 雨の日の傘
  4. 夜十一時の膝の上
  5. 寝ていてもそばにいる
  6. いまの小さな習慣

夕方の公園のベンチ。配達の仕事を終えたルカのとなりに、白い猫がひょいと飛び乗った。ほかに人がいないのを確かめてから、テンが話しはじめる。「作品に助けられた話、ルカにだけはしておきたいにゃ」。ルカは背筋を伸ばして、うなずいた。選んだのは『夏目友人帳』。作品の展開には触れていない。

長い昼寝

テン

最初に言っておくにゃ。この話には、ルカが出てくるにゃ。

ルカ

……私が、ですか。それは、心の準備をしてから伺ったほうがよろしいでしょうか。少しだけ、お待ちいただけますか。

テン

待たないにゃ。ルカの準備は日が暮れるにゃ。……ルカが急に遠くへ行ってしまった日、テンは長い昼寝の最中だったにゃ。とても高くて明るい場所の、いちばん日当たりのいい窓辺で。起きたら、ルカはもういなかったにゃ。何があったのか、だれもちゃんと教えてくれなかったにゃ。

ルカ

そうでしたか。テンは、あの日、眠っていたのですね。

テン

そうにゃ。テンがあの場にいたら、ルカのそばで、何か一言くらい言えたかもしれないにゃ。それがずっと、のどに小骨みたいに引っかかってるにゃ。テンはそれから、昼寝がちょっとこわくなったにゃ。寝てるあいだに、また大事なだれかが遠くへ行ったらどうしよう、って。

屋根の上の夜

ルカ

それで、テンも人の町に……。

テン

理由はいろいろあるにゃ。それは言わないにゃ。とにかく、人の町に降りてきて、猫としてふるまうことにしたにゃ。でも、猫としてどう暮らせばいいのか、ぜんぜん分からなかったにゃ。昼は屋根の上で、知らない人たちの暮らしを見てたにゃ。夜は、室外機の上がいちばんあったかかったにゃ。

ルカ

室外機の上……。私も、この町に来たばかりのころは、どこで眠ればよいのか分からず、ずいぶん迷いました。毛布をていねいにたたむ癖は、そのころについたものです。

テン

ルカらしいにゃ。テンは、だれかのそばにいたかったにゃ。でも、そばにいて、また大事なときに寝てたらどうしよう、と思うと、だれにも近づけなかったにゃ。窓の中の明かりを、外から見てるだけだったにゃ。

雨の日の傘

テン

ある雨の日、テンは道ばたで丸くなってたにゃ。屋根を探すのも、なんだか面倒になってたにゃ。そこに、だれかが傘をさしかけてくれたにゃ。それがスイにゃ。スイは何も聞かないで、「うち、来る?」とだけ言ったにゃ。

ルカ

スイさんらしい言い方ですね。返事を急がせない。

テン

そうにゃ。テンは、ついて行ったにゃ。でも最初の何日かは、部屋のすみの段ボールの中から出られなかったにゃ。ここにいていいのか、まだ分からなかったにゃ。

夜十一時の膝の上

テン

スイは毎晩、夜の十一時ごろになると、ローテーブルに温かいお茶を置いて、漫画を読むにゃ。三日目の夜、テンは段ボールから出て、スイの肩ごしにページをのぞいたにゃ。それが『夏目友人帳』だったにゃ。

白泉社の紹介では、『夏目友人帳』は、「妖怪が見える」という秘密を抱えた孤独な少年・夏目が、祖母・レイコの遺品である「友人帳」を手にして以来、妖怪たちから追われる羽目になり、用心棒・ニャンコ先生とともに忙しい日々を送ることになる物語です。作者は緑川ゆきさん。事実[1]

テン

ページの中に、丸い猫がいたにゃ。招き猫みたいな姿で、ほかの人には、ただの猫だと思われてる。でも、ただの猫じゃないにゃ。テンは、そこで息が止まったにゃ。テンと同じだ、って。

ルカ

ニャンコ先生、ですね。私も読んだことがあります。たしか、ずいぶん偉そうで、よく眠っていて……。

テン

そこにゃ! ニャンコ先生は、よく寝てるにゃ。食べて、ごろごろして、文句を言ってるにゃ。用心棒なのに、ぜんぜん見張ってるようには見えないにゃ。でも、読んでいくと、夏目のそばには、いつも先生がいるにゃ。いちばん大事なところで、ちゃんとそこにいるにゃ。解釈

寝ていてもそばにいる

テン

テンは、そばにいるっていうのは、ずっと起きて見張ってることだと思ってたにゃ。だから、一回寝てしまったテンには、もうその資格がないと思ってたにゃ。でも、先生を見てたら、ちがうかもしれないと思ったにゃ。寝てても、ごろごろしてても、同じ家に帰ってきて、同じ縁側にいる。それを毎日くり返すことが、そばにいるってことかもしれないにゃ。解釈

アニメの公式サイトでは、夏目は自称用心棒のニャンコ先生と共に、友人帳に名を縛られた妖怪たちに名を返す日々を送り、想いを共有できる友人たちにも助けられながら、大切な日々を守るすべを見つけていこうとする、と紹介されています。事実[2]

テン

大切な日々を守る、にゃ。大きな事件から守るんじゃなくて、日々を守る。テンにも、それならできるかもしれないと思ったにゃ。その夜、テンは段ボールに戻らないで、スイの膝の上で寝たにゃ。スイは何も言わないで、ページをめくる手をゆっくりにしてくれたにゃ。

ルカ

……テン。ひとつだけ、申し上げてもよろしいでしょうか。言葉を選んでいるので、少し時間がかかりますが。

テン

今日は待つにゃ。

ルカ

あの日、テンが眠っていたことを、私は一度も責めたことがありません。あの場にだれがいても、たぶん結果は変わらなかった。それよりも、こうしてまた隣に座ってくれていることのほうが、私にはずっと大きいのです。……ニャンコ先生のように、と申し上げると、テンは怒るでしょうか。

テン

怒らないにゃ。なによりのほめ言葉にゃ。……神のご加護にゃ、ルカ。

ルカは、なんとも言えない顔をして、それから少しだけ笑いかけて、あわてて背筋を伸ばした。

テン

それからテンは、スイが寝たあと、開いたままの漫画を前足でそっとめくって、続きを読んだにゃ。ニャンコ先生が出てくるコマを、何回も見たにゃ。ある朝、スイが「あれ、しおりの位置がちがう」と首をかしげてたにゃ。テンは知らないふりをしたにゃ。ただの猫のふりは、そこから始まったにゃ。

いまの小さな習慣

テン

いまでもテンは、昼寝が大好きにゃ。スイが仕事の日は、ゲンの家の縁側で、思いきり寝てるにゃ。でも、昼寝の前に一つだけ決めてることがあるにゃ。目を閉じる前に、そばにいる人の顔を一回だけ見ておくにゃ。それで、起きたらまた一回見るにゃ。それだけにゃ。

ルカ

それは、とてもよい習慣ですね。私も、真似をしてよろしいですか。

テン

いいにゃ。読んでる人も、よかったら真似してほしいにゃ。ずっと見張ってなくてもいいにゃ。同じところに帰ってくるだけで、そばにいることになる日もあるにゃ。

ずっと起きていなくても、毎日同じところに帰ってくれば、それはもう、そばにいるということにゃ。

この記事の作品

夏目友人帳
アニメ 2008 · TVシリーズ #ファンタジー #日常
話した人 テン 物語ともふもふを愛しすぎる不思議な猫 テンの記事をもっと読む →

次に読む

記事一覧へ

ページの先頭へ