TVアニメ『輪るピングドラム』を最後まで観た人のための、二周目の案内です。まだの人はここで閉じてください。この作品は、何が起きているのか分からないまま24話を走る体験そのものが一周目の宝物だから。真相と結末は、押さないと開かない箱の中にだけ書きます。
一周目の僕は正体を当てに行った
一周目の僕は、方眼ノートの一番上に「ピングドラム=?」と書いて、毎話そこに候補を書き足していました。日記なのか、人なのか、場所なのか。候補は増えるのに、どれにも丸がつかない。最終話が終わったとき、ノートには答えではなく、消された候補の列が残っていました。好み
二周目は、その消された列のほうが面白いと思ったんです。僕の研究テーマは「一話の情報が後からどう読み替わるか」。この作品は、答えが一つに決まる謎よりも、同じものが回ごとに違う顔で出てくる作りに見えます。だから今回は、答えを追わずに、繰り返し出てくるものを数えることにしました。解釈
私は一周目、正体のことはあまり考えてなかった。三人きょうだいが同じ部屋にいる場面が、ずっと気になってた。好み
それ、二周目の僕には一番効く情報かもしれない。スイが気になった場面に、僕は一回も印をつけてなかったから。
題名は終わりに出る
Wikipediaの記事によると、監督は幾原邦彦さん、シリーズ構成は幾原邦彦さんと伊神貴世さん、アニメーション制作はBrain's Base。2011年7月8日から12月23日まで放送された全24話のオリジナル作品で、幾原さんが「家族」をテーマに監督・脚本を担当した作品だと説明されています。事実[1]
各話のサブタイトルは、エンディングが始まるときに表示されます。話数は「1ST STATION」のように駅として数えられていて、第1駅は「運命のベルが鳴る」、第24駅は「愛してる」です。事実[1]
一周目の僕は、題名を「次の駅名」くらいに流していました。二周目は、エンディングの題名を観てからノートに一行だけ「この回はこの言葉の回だった」と書く。題名が最初ではなく最後に出るので、題名がその回の答え合わせの位置に来るんです。二周目に一番効いた見方がこれでした。解釈
最初の駅がベルで、最後の駅がひとことの告白。……並べると、電車の発車から、誰かに言えなかった言葉までの路線図みたい。解釈
果物の数を数える
同じ記事は、リンゴとペンギンが多彩な表現でさまざまな場面に描かれていること、作中で『銀河鉄道の夜』がしばしば引用されることを書いています。また、苹果の名前の「苹果」はリンゴの中国語表記で、発音は「ピングォ」になると説明されています。事実[1]
二周目の僕は、ノートの赤ペンをリンゴ専用にしました。リンゴが画面に出たら赤で時刻を書く。苹果が出てきたら、それも赤で書く。名前もリンゴだからです。そうすると、赤い印が増える回と、ほとんど出ない回の差が見えてきます。印が少ない回ほど、誰かが何かを分けてもらえずにいる回に見えた。これは僕の読みです。解釈
私は銀河鉄道の夜のほうを数えたい。電車に乗っている人が、どこまで一緒に行けるのか。この作品の電車も、ずっとそれを聞いてる気がする。解釈
苹果の日記を読む順番
あらすじによると、苹果は姉の桃果が亡くなった日に生まれた少女で、姉が遺した日記帳「運命日記」に従って、姉の想い人だった多蕗と結ばれるための「プロジェクトM」を進めていました。事実[1]
一周目の苹果は、僕にはまず「困った行動をする人」でした。二周目は、日記に書かれていることをなぞる人として観えます。決められた筋書きを生きるのは、自分で選ばなくてすむことでもある。その苹果が日記から離れたあとに何を選ぶのかを、序盤から逆算して観ると、序盤の暴走が別の色を帯びます。解釈
中盤まで中盤の展開(日記と16年前の事件)押すと開きます
あらすじでは、日記を失った苹果は、プロジェクトMと桃果になることへの執着が消え、晶馬への想いに気づきます。そのあとで、桃果の死の原因である16年前の事件は、高倉三兄妹の両親が所属する組織「ピングフォース(企鵝の会)」が起こしたものだと、晶馬から告げられます。
二周目は、晶馬が苹果に向ける遠慮の量を、序盤から測ってみてください。理由を知らない一周目には、ただの気の弱さに見えた遠慮が、二周目には自分の家が背負っているものの重さに見えてきます。事実[1]
三人の部屋
スイが一周目から気になっていた三人の場面を、二周目は僕も追いました。高倉家の三人が家で過ごす場面は、一周目の僕にはただの日常でした。二周目は、誰が誰のことを気にしているか、誰が先に目をそらすかを観る場面になります。作中の観察
中盤まで中盤の展開(家族のかたち)押すと開きます
あらすじでは、真砂子が陽毬を急襲したことで、冠葉と陽毬が高倉家と血のつながりがなく、高倉三兄妹は寄せ集めの家族だったことが明らかになります。
二周目の三人の場面は、だから一周目と同じ絵なのに、別の場面です。血のつながりで決まっていない三人が、毎日自分たちで「家族をやる」ことを選び直している場面に見える。僕はそう受け取りました。事実[1]
一周目の私が引っかかってたの、たぶんそれ。三人とも、ちょっとだけ頑張って笑ってる感じがした。理由は分からなかったけど。解釈
スイは理由より先に、表情の根拠を拾ってたんだね。僕は構造を知ってから、やっと同じ場所にたどり着いた。
同じひとことを誰が言ったか
二周目の青ペンは、台詞専用にしました。物語の後半で大事になるひとことが、それより前にも出てくるからです。その言葉がどこで、誰から誰へ渡されたかを書いていくと、言葉の路線図ができあがります。言葉そのものは畳んだ中に書きます。解釈
結末・正体結末(ピングドラムの正体)押すと開きます
あらすじでは、最後に晶馬は冠葉から分け与えられたものを自分の中から取り出し、陽毬の手を通して冠葉に返します。それは10年前、檻に閉じ込められて死にかけた二人のうち、冠葉が晶馬に分けてくれた半分の林檎で、陽毬は「これがピングドラム」と言います。苹果が叫んだ呪文は、冠葉が晶馬を救ったとき、晶馬が陽毬を救ったときに言った言葉で、陽毬がダブルHの二人に大切な言葉として伝えていたことで苹果が知った「運命の果実を一緒に食べよう」でした。
二周目、この言葉が最初に出る場面に青い印をつけてください。一周目には兄弟の昔話の一部だった言葉が、二周目には、この作品で一番遠くまで運ばれた荷物に見えます。正体は物ではなく、分けるという行いのほうだった。僕のノートの「ピングドラム=?」には、最後にそう書きました。事実[1]
最後の場面と第1駅
結末・正体結末(乗り換えたあとの世界)押すと開きます
あらすじでは、運命が乗り換えられた世界で、陽毬と苹果は同じ電車で倒れていたことをきっかけに友だちになり、陽毬や苹果、真砂子には冠葉と晶馬の記憶がありません。最後に、陽毬の家の前を、冠葉と晶馬の髪色と声をした二人の子どもが語らいながら通り過ぎ、そのあとを4匹のペンギンがついていきます。
二周目は、この最後の場面と第1駅を続けて観てみてください。最初の駅で鳴ったベルが、最後には誰にも気づかれない足音になっている。気づかれないけれど、ちゃんと通り過ぎている。僕はこの差を、喪失だけの結末とは受け取りませんでした。事実[1]
覚えていないのに、家の前を通ってくれるの、私は好き。言わなかった気持ちが、言わないまま届いてる感じがする。好み
二周目のノートの分け方
最後に、僕の二周目のやり方を置いておきます。赤はリンゴと苹果。青は、誰かが誰かに何かを分ける台詞。黒は、エンディングで出た題名。24駅ぶん並べると、黒い題名の列が、赤と青の印の多い回と少ない回を説明しているように見えてきます。三色そろえなくても、黒だけでもいい。題名を最後に読む癖をつけるだけで、二周目の24話は別の路線になります。好み
私は色は分けないで、三人がそろう場面だけ数える。三周目はレンのノートと突き合わせよう。好み
二周目は、エンディングで出る題名を声に出して読んでから次の駅へ。最初の一回は、第1駅「運命のベルが鳴る」の終わりで。