薦めたい作品会議

大学1年生に薦めたい一作を同じ大学の3人で

文学部のソウマ、四つの言葉を話すエマ、4年生のゴウ。同じ大学に通う三人が、春に入ってきた一年生に一作ずつ渡すとしたら。四畳半の大学生か、絵だけで読める少年記者か、剣の道に迷う武蔵か。「迷っていい」と言うかどうかで、話は割れた。

こんな人に
大学に入ったばかりの人と、その人に一作渡したい先輩・家族へ。
ネタバレの範囲
ネタバレなし どの作品も、紹介文と序盤の設定で分かる範囲まで。物語の展開・仕掛け・結末には触れません
話している人
ソウマ × エマ × ゴウ
主張の種類: 事実 作中の観察 根拠のある推測 解釈 好み
目次 全7節・約6分
  1. ソウマは薔薇色じゃない大学生活を
  2. エマは絵だけで読める一冊
  3. ソウマはもう一つ短いものを
  4. ゴウは迷い方を
  5. それぞれの1年生の春
  6. 扉は開けるか閉めるか
  7. 最後に一人一作

後期の授業が始まったばかりの大学。図書館前のベンチで、ソウマが文庫本を閉じた。隣ではエマがスケッチブックを広げ、少し離れたところにゴウが缶コーヒーを持って立っている。座らないのかと聞くと、「……ああ、ここでいい」とだけ返ってきた。題目は、大学1年生に薦めたい一作。

ソウマは薔薇色じゃない大学生活を

ソウマ

俺は『四畳半神話大系』。大学1年が観るべきアニメだ。……入学前に観ていたら、俺の春はもう少しましだった。好み

『四畳半神話大系』は森見登美彦の小説で、2004年に太田出版から刊行された。京都市左京区を舞台に、3回生の男子学生が、1回生のときに選んだサークルによって自分の大学生活をいかに変えていったか、その可能性を描く一人称小説。2010年には湯浅政明監督、マッドハウス制作のテレビアニメ(全11話)がフジテレビほかで放送された。事実[1]

エマ

3回生って、3年生のこと? Nice、ひとつ覚えた。

ソウマ

そう。主人公の「私」は、大学入学を機にサークル活動を通じて「薔薇色のキャンパスライフ」を目論む。事実[1]

ソウマ

……俺の話じゃない。

ソウマ

1年生は、最初に入るサークルで四年間が決まると思い込む。この作品は、その思い込みを語りの勢いで笑い飛ばしてくれる。どの扉を開けても、たぶん、なんとかなる。解釈

ゴウ

……言葉の多い作品だと聞いた。

ソウマ

多いです、先輩。でも速いので、長い映画が最後まで観られない俺でも、全部いけました。好み

エマは絵だけで読める一冊

エマ

私は『タンタンの冒険』! 引っ越してすぐ、フランス語がまだ話せなかったころに、絵だけで最後まで読めたの。好み

『タンタンの冒険』は、ベルギーの漫画家エルジェによるバンド・デシネ(漫画)のシリーズ。ベルギー人の少年タンタンが相棒の愛犬スノーウィと世界中を旅し、事件に巻き込まれて活躍する。世界中に派遣されるベルギー人の少年記者を主人公にした子ども向けの週刊連載として、1929年に始まった。事実[2]

ソウマ

大学生に、子ども向けの漫画か。

エマ

大学1年って、初めて一人で知らない町に住む人も多いでしょ。言葉が通じなくても、絵を見れば分かることがある。それを最初に知っておくと、ちょっと強くなれるよ。それに、少年記者が世界中を飛び回るの、ただ楽しい!解釈

エマ

だから一年生には、知らない国の作品を一本、字幕でも翻訳でもいいから最後まで、って言いたいの。それだけで、自分の好きの地図がひとつ広がる。好み

ゴウ

……それは筋が通っている。解釈

ソウマはもう一つ短いものを

ソウマ

もう一冊。『山月記』。文学部の授業で読み直して、一行ずつ自分を言い当てられた。好み

『山月記』は中島敦の短編小説で、1942年に『文學界』に発表された中島のデビュー作。唐の時代、詩人となる望みに敗れて虎になってしまった男・李徴が、自分の数奇な運命を友人の袁傪に語る変身譚。事実[3]

ソウマ

自分には才能があるかもしれないと思っていて、確かめるのが怖い。大学1年の春って、たいていそれだ。短いから、通学の電車で一往復すれば読める。解釈

エマ

虎になる話? Cool。でも、怖くない?

ソウマ

怖い。怖いから、1年のうちに読んでおく。……今のは、ちょっと格好つけすぎた。忘れて。解釈

ゴウは迷い方を

ゴウ

俺は『バガボンド』だ。好み

『バガボンド』は井上雄彦の漫画で、原作は吉川英治の小説『宮本武蔵』。『モーニング』で1998年から連載され、2015年以降は休載している。単行本は37巻まで刊行されている。事実[4]

ゴウ

剣の道をひたすら歩く男の話だ。強くなるほど、強さとは何かが分からなくなる。……1年生は、迷っていい。迷い方を見ておけ。解釈

ソウマ

先輩、それ、たぶん1年生がいちばん言われたい言葉です。解釈

エマ

でも37巻って長くない?

ゴウ

全部でなくていい。最初の数巻でいい。続きは、迷ったときに読め。好み

ソウマ

迷っていいって言いながら、先輩自身は迷ってなさそうですよね。

ゴウ

……迷っている。稽古のときは、いつも。好み

エマ

意外。でも、ちょっと安心した。

それぞれの1年生の春

エマ

ねえ、ソウマは1年生の春、何してた?

ソウマ

……裏方。サークルの新歓で、気づいたら受付の机を一人で並べてた。目立つ場所が苦手なんだ。好み

エマ

それで、気づいたら全体を回してたんでしょ。知ってる。解釈

ゴウ

俺は1年の春に、空手の道場の門をたたいた。師範に「どう見ても堅気じゃないのう」と笑われた。好み

エマ

竜山先生、それ本人に言ったんだ?

ゴウ

……ああ。その日に入門した。それでいいと思った。好み

ソウマ

1年の春に、居場所を一つだけ決める。全部じゃなくていい。……それなら、俺も1年生に言える。解釈

エマ

私は1年のとき、学食でソウマに知らないアニメの説明を頼んで、一時間しゃべらせた。好み

ソウマ

……あれは三十分だ。

エマ

一時間。時計見てたもん。でも、あれで観たい作品が三本増えたよ。先輩に一本聞くのって、いちばん安い入口かも。解釈

扉は開けるか閉めるか

エマ

ねえソウマ。「どの扉を開けても、なんとかなる」って、本当に1年生に言っていいの? 私は、扉はたくさん開けたほうがいいと思う。開けてみないと、なんとかなるかどうかも分からないよ。解釈

ソウマ

……結局、同じことだろ。閉めた扉を悔やむなってことだ。解釈

エマ

同じじゃないよ。私は引っ越しのたびに、新しい学校で最初に「それ、なに?」って聞いてた。聞かなかった扉は、ずっと開かなかった。好み

ゴウ

開けるのも、閉めるのも、自分で決めたなら筋は通る。決めずに流されるのが、いちばん後で効く。解釈

ソウマ

……まあ、なんとかなる。

エマ

ほら、また言った。

最後に一人一作

ソウマ

『四畳半神話大系』。大学生活は、一つの選択じゃ決まらない。好み

エマ

『タンタンの冒険』! 知らない国の作品を一本、最後まで。好み

ゴウ

『バガボンド』。迷っていい。押忍。好み

ベンチを立つとき、ゴウはソウマの重いトートバッグを黙って持ち上げた。ソウマは「……別に、持てますけど」と言いかけて、やめた。1年生に「サークル選びは大事だ」と言うかどうかは、三人とも最後まで言わなかった。解釈

大学1年生には「迷っていい」と言ってくれる物語を。扉は開けても閉めても、自分で決めたなら筋は通る。

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