閉店後の原宿の店。ルカーノが値札を外し終えるのを待って、カウンターにタブレットを立てた。今夜の題は『薬屋のひとりごと』の二周目。私は翻訳の仕事のくせで、登場人物がどう呼ばれているかばかり気になる。ルカーノは服の人だから、誰が何を着て、どう顔を作っているかに目がいく。名前と装い。一周目は謎解きの面白さに引っぱられて走り抜けたこの物語を、今夜はその二つを手がかりに観なおした。観終えた人向けの話は、畳みの中に入れておく。
頬の点
最初に一つだけいい? 猫猫の頬の点、二周目はどう見えた?
一周目は、顔の特徴のひとつとしか思ってなかった。今夜は、そこを最初に見ようと思って。
僕もそう。顔の描き方は、服の次に気になる。職業病だね。
二周目は、第1期の序盤で猫猫の頬の点がどう描かれているかを、最初に見ておいてほしい。答えは畳みの中に置いておく。
中盤まで頬の点の秘密押すと開きます
猫猫のそばかすは、花街にいたころ、危ない目に遭わないよう、わざと器量を落として見せるために描いていたものだ。のちに壬氏からも、そのまま残すように言われる。事実[1]
中盤まで顔を作る二人押すと開きます
結末まで観てから振り返ると、この物語では、顔は生まれつきのものというより、選んで作るものとして出てくる。猫猫はわざと目立たない顔を作り、壬氏は目立ちすぎる顔を持て余している。主人公二人が、正反対の向きで、自分の顔と付き合っている。解釈
服でいえば、二人とも、人前に出るときの服がはっきり決まってる人。何を着るかで、どう見られるかが変わるのを知ってる。
近いね。でも、壬氏のほうは、その一張羅で仕事もしてる気がする。
たしかに。あの美しさで人の顔色を読んでる。武器として着こなしてる。
私が手帳の端に書いたのは、呼び名も顔と似ているということだった。この物語には、呼ばれ方を選んだり、選べなかったりする人が多い。顔を作ることと、呼び名を作ること。二周目は、その二つが一つの場面に並ぶところを探しながら観た。解釈
夜の城壁
第1期の序盤に、夜の城壁に女の幽霊が出て舞っている、といううわさが広まる回がある。猫猫は高順と一緒に、その正体を確かめに行く。事実[3]
一周目、私はこの回を、後宮の空気を伝える短い謎として観ていた。二周目に観ると、城壁という場所の置き方が気になってくる。誰が城壁にいて、誰がそれを見ているか。そこを覚えておくと、第1期の最後の回で効いてくる。根拠のある推測
中盤まで城壁の舞い手のその後押すと開きます
舞っていたのは中級妃の芙蓉で、騒ぎのあと、芙蓉は武官のもとへ下げ渡されて後宮を出ていく。城壁の上で舞った人が、そのあと後宮の外へ出ていく。二周目には、あの夜の舞が、外へ向かう道の入口に見えた。事実[1]
夜の城壁で舞うなら、遠くからでも見える服を選ぶはず。あれは、見られる前提の舞だよ。
見られる前提、か。誰に見られたいのか、まで考えると、回の題も気になってくる。
第2期にも、夜に舞う人が出てくる。異国の特使が「月の精に会いたい」と無理を言い、猫猫が策を練って、月の下に月の精を舞わせる回だ。夜、舞、それを見に来る客。第1期の城壁の回と、並びがよく似ている。事実[10]
あの回は、衣装より光の仕込みが主役。どこから照らすかで、人は精にも幽霊にもなる。
幽霊と精。呼び名が一つ変わるだけで、同じ夜の舞が、怖くも美しくもなる。
訳す仕事をしていると、この二つの呼び名の距離が気になる。幽霊という言葉には、見た人の怖さが入っている。精という言葉には、見た人の憧れが入っている。舞っている人は一人でも、呼ぶ側の気持ちで名前が変わる。この物語は、呼び名が、呼ばれる人より先に呼ぶ人のことを語ってしまう瞬間を、何度も見せてくれる。解釈
結末・正体第1期の最後の場面押すと開きます
第1期の最終話の終わり、今度は猫猫自身が城壁の上に立つ。最終話の題は「壬氏と猫猫」。最初の幽霊騒ぎの回で、猫猫は舞う人を見に行く側だった。最後の場面では、猫猫が城壁の上にいる。見る人から、見られる人へ。一期のあいだに、猫猫の立つ位置が入れかわっている。事実[6]
Bellissimo。始まりと終わりで同じ柄を使って、色だけ変える。いいコレクションの組み方だよ。
侍女頭の沈黙
後宮では、昔の出来事が今の事件の根になっていることが多い。第1期の前半の山場は、その最初の一つ。阿多妃の宮で、ずっと前に起きた出来事をめぐる話だ。根拠のある推測
二周目に胸に来たのは、阿多妃の侍女頭の風明という人の描かれ方だった。
中盤まで侍女頭のこと押すと開きます
風明は、阿多妃をひたすら慕い、一生をかけてそばに仕えてきた人で、そのために大きな秘密を抱えこんでいた。猫猫はその思いをくみ取って、ある手を打つ。事実[11]
結末・正体ずっと前の出来事押すと開きます
阿多妃が産んだ男の子は、赤子のうちに亡くなっていた。原因は、風明が与えた蜂蜜だったと猫猫は突きとめる。さらに猫猫の推理は、同じころに皇太后も子を産んでいたことに及び、二人の子の取り違えを疑うところまで行き着く。事実[1]
結末・正体二つを一つに押すと開きます
この回の題は「二つを一つに」。一周目は、二つの事件をつなぐ推理の話だと思っていた。結末を知って観なおすと、二つの命と二つの名前が、一つに重ねられた話にも読める。解釈
翻訳でもあるの。原文の二つの言葉を、訳すときに一つにまとめる。まとめた瞬間に、片方の言葉にしか無かった意味が消える。
布もそう。二枚を一枚に縫い合わせると、裏になった柄はもう誰にも見えない。……ま、それでもいいさ。表の一枚が、ちゃんと着られるなら。
一周目、私は風明の場面を、話の筋を追うだけで流してしまっていた。二周目は、風明が阿多妃のために何を黙っていたのかを考えながら観た。言わないことで守る。訳さないことで残す。私の仕事にも、ときどきそういう判断がある。解釈
黙って仕える人のたたずまいって、主人より目立たないように、でも絶対に乱れないように、できてる気がする。
そう聞くと、二周目は、あの人の立ち方まで見てしまうかも。
主人の服は季節で変わるけど、仕える人の服は、何年も同じ形をしてたりする。変わらないことが、その人の言葉なんだ。
変わらないことが言葉、か。風明の場面を観なおす前に、それを聞けてよかった。
阿多妃の装いにも目を向けてほしい。第2期には、阿多妃が男の装いで人前に出る場面がある。一周目は、さっぱりした気性の人の男装だと思って観た。二周目は、その姿が誰に似て見えるかを、どうしても考えてしまう。答えを言い切らないところが、この物語のうまさだと思う。事実[2]
髪にさす札
園遊会の日、猫猫は若い武官の李白から簪を受け取る。その簪が、あとで猫猫の小さな里帰りにつながっていく。事実[4]
髪飾りが通行証になる国。身につけるものが身分を語るのはよくあることだけど、外へ出る鍵になるのは面白いよ。
言葉にも、そういう札がある。自己紹介のときに出す、名刺みたいな言い回し。それを持っていると、門が一枚ひらく。
二周目は、誰が誰に簪を渡すかを数えながら観ると面白い。もらった簪の数は、その人がどれだけの人に気にかけられているかの地図になる。そして、受け取った人がそれを何に使うかで、その人が見える。猫猫は、飾りとしてではなく、外へ出る手段として使う。この主人公らしい使い方だと思う。解釈
私が旅先でよく思うのは、門をくぐるための札は、たいてい本人が選べないということだ。どの国の旅券を持っているか、誰の紹介状があるか。猫猫の簪も、自分で選んだものではない。それでも、手元に来た札をどう使うかは、本人に残されている。解釈
贈る側から見ると、簪は手紙みたいなもの。何を選んだかで、どれくらい本気かが分かる。
受け取った人が、それを鍵として使っちゃう。手紙を切符にするような話。ふふ、贈った人は少し寂しいかも。
第2期を観なおすときも、簪がいまどこにあるかを気にしながら観ると、もう一本の糸が見えてくる。どこへつながるかは、ここには書かないでおく。好み
美しすぎる人の変装
第1期の後半に、壬氏が猫猫に、見た目をすっかり変えてほしいと頼む回がある。美しすぎる顔のままでは目立ってしまうので、正体を隠して街を歩くためだ。事実[5]
この回、僕は何度も一時停止した。顔をいじるより先に、全体の印象を落としにいってる。本職のやり方さ。
美しすぎて、そこまでしないと隠しきれない人。困った悩み。
隠すための化粧は、作る側にいちばん腕が要る。足すより、引くほうが難しいから。
ルカーノが面白がったのは、猫猫の手つきだった。化粧の腕のある猫猫が、今度は他人の美しさを消しにかかる。化粧の腕が、ここでは身を隠す技として使われている。解釈
二周目に気づいたのは、この回の猫猫の手つきの細かさだった。誰かが誰かのふりをするとき、何を変えれば見破られないか。その手順を、猫猫が目の前で一つずつやってみせている。解釈
誰かのふりをするための服は、いちばんよく見られる服でもある。だから縫い目ひとつにも気を抜けない。
結末・正体変装の練習の先押すと開きます
第2期の終盤まで観ると、この回の見え方が変わる。後宮には、別の名前で、別の顔で、長いあいだ周りの目をくぐり抜けていた人がいた。壬氏の変装は一日だけの遊びだったが、あの人の変装は、毎日の暮らしそのものだった。どちらも「ふり」には違いないが、続けた時間の長さが、重さを変えてしまう。解釈
象棋の夜
第1期の後半の山場は、軍師の羅漢をめぐる話だ。羅漢は、人の役割が将棋の駒のように見えるという、変わった目を持つ人として描かれる。事実[2]
羅漢は、ただ盤の上で勝つ人ではない。園遊会に青い薔薇を用意せよという難題を仕掛けたのも羅漢だった。猫猫はそれに気づき、負けるものかと、季節外れの薔薇を咲かせる仕事に挑む。事実[12]
季節外れの色を咲かせる。服の仕事でも、いちばん燃える注文だよ。無理だと言われた色ほど、出したくなる。
猫猫も、たぶん似た顔をしてた。悔しいときほど、手が速くなる人。
ちなみに、羅漢のように人を駒として見る目は、翻訳の仕事で言えば、文の中の言葉を品詞で見るのに少し似ている。誰が主語で、誰が目的語か。役割だけを見れば、文の骨組みはすぐに分かる。でも、それだけでは、その言葉がどんな温度で置かれているかは分からない。羅漢は骨組みを読む天才で、温度を読むのは、たぶん苦手な人として描かれている。解釈
型紙だけ見て服を語る人みたいだ。型紙はうそをつかないけど、着た人の体温は描いてない。
二周目は、羅漢が画面に出てくるたびに、猫猫がどんな顔をしているかを見てほしい。一周目は、変わった軍師に振り回される話として笑って観た。二周目は、同じ場面で、猫猫の表情の小さな動きのほうに目が行った。解釈
結末・正体羅漢と猫猫押すと開きます
羅漢は猫猫の実の父である。猫猫は象棋の勝負を挑み、自分が勝ったら緑青館の妓女を一人身請けするよう条件をつける。勝負のあと、羅漢が身請けしたのは、かつての恋人であり猫猫の母である鳳仙だった。事実[1]
結末・正体題に隠れた名前押すと開きます
この勝負の回の題は「鳳仙花と片喰」。花の名前が二つ並んでいて、片方は猫猫の母の名と重なる。名前を伏せて生きる人の多い物語で、母の名は、花の名の中にそっと置かれている。二周目にそれに気づいたとき、私は少し声が出た。事実[7]
結末・正体似ている二人押すと開きます
羅漢は人を名前ではなく役割で読む。猫猫は、そういう見方をいちばん嫌がりながら、薬と毒の知識で人を読むという、よく似たやり方を身につけている。親子で好みが似てしまうのは、本人たちがいちばん認めたくないところかもしれない。解釈
虫を追う人
第2期で、私がいちばん好きになった人物が子翠だった。後宮のあちこちで虫を追いかけ、虫の暮らしにやたらと詳しい下働きの娘。猫猫とは、好きなものの話になると止まらない者どうしとして、少しずつ距離を縮めていく、と私には見えた。事実[1]
子翠と猫猫が並んで話す回は、一周目、ただ楽しかった。好きなものの話で、言葉の通じ方が急に速くなる二人。
虫を追いかける人なら、袖口はきっと汚れてる。次に観るときは、そこを確かめたくなる。
もう一つ、子翠らしさが出ている回がある。年季明けが近い小蘭が、後宮を出たあとの働き口に悩んでいると、子翠が、伝手を作りに湯殿へ行こうと言いだす。猫猫と小蘭と子翠の三人が、一つの悩みを囲んで動きだす。事実[13]
誰かの将来のために動くとき、子翠はいちばん楽しそうだった。
あの三人で並んでいる場面が、二周目はいちばん胸にきた。
子翠が虫の話をするときの、話の速さも見てほしい。好きなものの名前を、ためらわずに次々と口にする人。私は旅先で、言葉が通じない相手と、好きな食べ物の名前だけで盛り上がったことが何度もある。名前を知っているというだけで、人と人の距離は一気に縮む。子翠と猫猫は、虫と薬の名前で、その距離を縮めていく。解釈
二周目は、子翠が出てくる場面で、子翠が何と呼ばれているか、誰がその名前を呼んでいるかに耳を澄ませてほしい。それ以上は、畳みの中に書いておく。
結末・正体虫を追う人のこと押すと開きます
子翠という下働きは、後宮の名簿に載っていない。その正体は、上級妃の楼蘭だった。楼蘭は影武者に自分の席を埋めさせながら、子翠として後宮を歩いていた。アニメでは、二人が同じ人物だと明かされるのは第2期の終盤である。事実[1]
結末・正体名前のこと押すと開きます
「子翠」は、楼蘭の異母姉である翠苓の、もとの名前だった。楼蘭は、姉のもとの名前を借りて、別人として後宮を歩いていたことになる。翻訳の仕事では、人の名前は訳さないのが基本だ。名前は、その人のものだから。この物語には、他人の名前を借りて、ようやく自分の好きなことを話せた人がいる。事実[1]
結末・正体これからの話押すと開きます
結末まで観てから戻ると、子翠は「これから」の話をよくしている。小蘭の働き口のこと、これから先のこと。その先を、自分は見られないと知っていたかもしれない人が、先の話ばかりしている。二周目に、いちばんつらかったところだ。解釈
北の狩り
第2期の半ば、壬氏は北の地の狩りに出かけ、猫猫も付き添う。一周目の私は、この旅を、二人の小さな遠出として観ていた。二周目は、旅のあいだの壬氏の一言一言が、前より重く聞こえた。事実[8]
二周目は、この旅で壬氏が何かを言いかけてやめる場面を、一つずつ数えてみてほしい。結末を知って観ると、その一つ一つの意味が変わってくる。解釈
言いかけてやめる人は、たいてい、言ったあとの服まで用意してない。どんな顔で続きを言えばいいのか、決めきれてないんだ。
言ったあとの服。その言い方、覚えておく。
結末・正体旅の途中のこと押すと開きます
壬氏の正体は、今の帝の弟とされる皇族、華瑞月である。宦官の壬氏として後宮を取り仕切りながら、本来の身分を伏せていた。狩りの旅で壬氏は、猫猫に身分を明かそうと意を決するが、なかなか伝わらない。事実[1]
結末・正体名乗りそこねる押すと開きます
名乗れない人の話を、名乗れないままで笑わせてくれる。そこがこの物語のやさしさだと思う。いちばん大事な一言を言う日に限って、話がうまく届かない。本当の名前までの距離が、この旅のあいだ、ずっと縮まりそうで縮まらない。解釈
最後の薬
最後の節は、薬の話にしたい。題名どおり、この物語の真ん中には、いつも毒と薬がある。第1期には、翠苓という官女が出てくる。この人は「蘇りの薬」とつながる人物でもある。事実[2]
一周目、私はこの「蘇りの薬」を、猫猫の好奇心をくすぐる小道具だと思っていた。第2期の最後まで観てから戻ると、この薬の話が、物語全体の結び目に見えてくる。二周目は、薬の名前が出てくる場面に印をつけながら観てほしい。根拠のある推測
中盤まで翠苓のゆくえ押すと開きます
翠苓は、毒をあおって死んだと伝えられる。だが猫猫は、それが薬で死を装ったものだと見抜く。翠苓は姿を消し、のちに宦官に化けて後宮に戻ってくる。事実[1]
結末・正体第2期の最後に薬が守ったもの押すと開きます
子の一族の砦が落ちる前、一族の子どもたちは、毒で死んだように見える状態にされていた。罪を問われて殺されないためだった。子どもたちと翠苓は生きのびる。子どもの一人の響迂は、長い仮死の名残で記憶を失い、名を趙迂と改めて猫猫のもとで暮らすことになる。砦のあと、子翠の行方は、猫猫たちには分からない。事実[1]
結末・正体名前の話で終える押すと開きます
死んだことにされた人が、別の名で生き直す。この物語は、その筋を最後にもう一度、いちばんやさしい形で繰り返している。響迂が趙迂になる場面を、一周目の私は聞き流していた。二周目は、そこで手帳を閉じた。最終話の終わりまで、自分の目で確かめてほしい。解釈
二周目のあいだ、私は気になった台詞を、原語と日本語で並べて書きとめていった。並べてみると、一つの場面でも、言葉の選び方で受け取る温度がずいぶん変わる。この物語は、言葉を選ぶ人たちの話でもある。好み
二周目を観終えて、ルカーノと店を出るころには、もう日付が変わりかけていた。原宿の通りを歩きながら、私たちは三周目に観たい回を一つずつ言い合った。ルカーノは街歩きの回、私は夜の城壁の回。一つの物語でも、もう一度観たい回は人によって分かれる。その分かれ方が、その人の見ている場所を教えてくれる。どこを覚えてた? と聞き合うのが、私にはこの物語のいちばん楽しい続きだった。好み
一周目は謎解きの物語として観た。二周目は、名前と顔を作りかえながら生きている人たちの物語として観た。三周目には、そのどれもが、誰かを守るための手段だったのかを確かめたい。解釈
こうして並べてみると、この物語の謎は、たいてい「誰が誰なのか」という問いの形をしている。毒の正体も、事件の犯人も、最後は人の名前と顔に行き着く。だから二周目は、謎を解く楽しさより、その人がどう呼ばれたかったのかを想像する楽しさのほうが大きかった。一周目に答えを知ったぶん、二周目は、答えの向こう側にいる人を見ていられる。解釈
ねえ、ルカーノ。三周目は、薬の名前だけ追ってみようかな。
いいね。僕は袖口だけ追う。そのあと、おいしい店に行こう。
二周目は、第1期の序盤の幽霊騒ぎの回から。夜の城壁に誰がいて、誰がそれを見ているか。その位置を覚えておくと、第1期の最後の場面が、まるで違って見えてくる。