あの作品に助けられた

詳しさで遮った日と『魔女の宅急便』

13歳のとき、友達が好きな映画の話を「原作との違い」ばかりで遮ってしまった。その週末にもう一度観た『魔女の宅急便』が、なぜ支えになったのか。リリィが、聞き手のミコと一緒に振り返ります。

こんな人に
好きなものに詳しいせいで、つい誰かの話を遮ってしまったことがある人へ。原作と映像化のどちらも好きで、比べずにいられない人にも。
ネタバレの範囲
ネタバレなし キキが知らない町で暮らし始めるという導入と、映画と原作の基本情報まで。後半の出来事や結末には触れません
話している人
リリィ × ミコ
主張の種類: 事実 作中の観察 根拠のある推測 解釈 好み
目次 全6節・約6分
  1. 後ろのページ
  2. 昼休みの「原作だと」
  3. 夜九時の机
  4. 土曜の午後、居間のテレビで
  5. キキも、13歳だった
  6. いまの小さな習慣

放課後の編集部。打ち合わせが終わって、机の上の資料を片付けていたミコが、リリィのノートのいちばん後ろのページに気づきました。青、金、桃の三色で書き分けたページとは別に、黒い字で「聞いたこと」とだけ題がついています。

後ろのページ

ミコ

そのノート、色分けしてるのは知ってたけど。後ろの「聞いたこと」って何。

リリィ

あ……これは、人に聞いて分かったことを書くページです。確認できたこと、仮説、こうだったらいいな、の三つの色だけだと、書く場所が足りなかったので。

ミコ

足りなかった、っていうのは。

リリィ

……少し、恥ずかしい話なんですけど、いいですか。

ミコ

いいよ。言いたくないとこは飛ばしていいから。

昼休みの「原作だと」

リリィ

13歳のときです。お昼休みに、仲のいい友達が、週末に観た映画の話をしてくれたんです。本が原作の映画で、私はその本を読んでいました。友達はすごく楽しそうで、「あの場面がよかった」って話し始めて。

ミコ

うん。

リリィ

私、そこで「原作だと、その場面はもっと後なんだよ」って言っちゃったんです。それから、順番が違うところ、いない人、増えてる台詞……。友達が一つ言うたびに、私が三つ訂正してました。悪気はなかったんです。むしろ、同じものを好きな人に会えたのがうれしくて、知ってることを全部渡したかった。

ミコ

で、友達は。

リリィ

「……そっか。リリィ、詳しいね」って笑って、そのあと別の話になりました。怒ってはいなかったと思います。でも、その子はそれから、映画の話を私にしなくなりました。気づいたのは、二週間くらいたってからです。

ミコ

……それは、きついね。言われた側も、言った側も。解釈

夜九時の机

リリィ

気づいた日の夜、九時くらいに机に向かったんですけど、宿題が全然進まなくて。本を開いても、同じ行ばかり読んでしまう。私、自分のことを「人の話をちゃんと聞く子」だと思ってたんです。教室では人の話を遮らないし、ノートもきちんと取る。なのに、いちばん好きな話になったとたん、いちばん聞いてなかった。

ミコ

あー。好きな話のときだけ、口が先に出るやつね。それはわりと、私も心当たりある。好み

リリィ

ミコさんも?

ミコ

推しの話だけ急に早口になるからね。……で、その夜どうしたの。

土曜の午後、居間のテレビで

リリィ

その週の土曜日の午後に、居間で『魔女の宅急便』を観ました。小さいころから何度も観ていた映画です。原作の本も読んでいたので、いつもは観ながら頭の中で「本ではここはこう」って、表をつくるみたいに比べてたんです。

スタジオジブリの作品ページでは、『魔女の宅急便』は1989年7月29日公開。クレジットの最初に「原作 角野栄子」とあり、プロデューサー・脚本・監督は宮﨑駿さんです。事実[1]

リリィ

その日は、比べるのをやめようと決めて観ました。友達がしてほしかったのは、たぶんそういう観方だったから。映画が映画として見せてくれるものだけを、ちゃんと見ようって。

ミコ

どうだった。

リリィ

……知らない映画みたいでした。空を飛ぶ場面で、音楽がふっと持ち上がるところ。キキが知らない町に着いて、どこに泊まるかも決まっていないのに、まず町を見上げるところ。お店の窓から外を眺めているだけの時間。全部、知っていたはずなのに、比べる表の中には一つも入っていなかったんです。好み

作品ページには、音楽は久石譲さん、音楽演出は高畑勲さんと記されています。事実[1]

リリィ

それで、気づいたんです。「原作 角野栄子」って、原作をそのまま写したという意味じゃないんだなって。本があって、そこから別の人たちが、別の形でもう一つの作品をつくった。違うところは、間違いじゃなくて、その人たちが選んだところなんだって。解釈

ミコ

そこなんだよ。違いを見つけるのは、悪くない。むしろ才能。ただ、それを「正しい・間違い」で並べると、相手の好きが「間違いのほう」に入っちゃう。解釈

リリィ

……はい。私、友達の好きを、表の「違う」の列に入れてたんだと思います。

キキも、13歳だった

福音館書店の原作の紹介では、キキは「ひとり立ち」するためにはじめての街にやってきた13歳の魔女で、相棒の黒猫ジジとともに、ほうきで空を飛んで荷物を届ける宅急便屋さんを始めます。事実[2]

リリィ

あのとき私も13歳で、それが少しだけ心強かったんです。キキも、知らない町で、うまくいかない日がある。それでも次の日、また誰かのところへ届けに行く。私も、うまく言えなかったことを、もう一回届けに行けばいいのかもしれないって。解釈

ミコ

で、行ったんだ。

リリィ

月曜日のお昼休みに。「この前の映画、どこがいちばん好きだった?」って聞きました。それだけ。友達はちょっと驚いた顔をして、それから、私が一度も気にしていなかった場面の話をしてくれました。原作にはない場面でした。……すごく、いい話だったんです。

ミコ

よかったじゃん。

リリィ

その日の夜に、ノートのいちばん後ろのページに「聞いたこと」と書きました。自分で調べても絶対に出てこないことを、書いておく場所です。

ミコ

ひとつ聞いていい。その友達とは、いまも話す?

リリィ

はい。いまでも、ときどき映画の話をしてくれます。この前は、私がまだ観ていない映画の話でした。私は観ていないから、訂正のしようがなくて。ずっと「それで?」「どうして好きだったの?」って聞いてました。

ミコ

それ、たぶん相手はすごく話しやすかったと思うよ。解釈

リリィ

そうだったらいいな、と思います。……あ、今のは桃色のページです。でも、その子が最後に「リリィに話すと、自分が何を好きだったか分かる」って言ってくれて。それは青いページに書きました。確認できたことなので。好み

いまの小さな習慣

ミコ

いまは、比べるのやめたの?

リリィ

やめてないです。違いを見つけるのは、やっぱり楽しいので。でも、順番を変えました。先に「どこが好きだった?」を聞く。違いの話は、相手が聞きたそうなときだけ。……ときどき失敗して、先に言いかけて、飲み込みます。

ミコ

飲み込めてるなら十分でしょ。私なんか、言ったあとに気づくし。好み

リリィ

記事を書くときも、同じことをしています。「自分が気づいたこと」の次に、「初めての人が楽しめる入口」を書く。詳しい話は、入口のあとに置けばいいんだって。

ミコ

うん。今の話し方なら、リリィの感想、読みたい。好み

リリィ

……ありがとうございます。じゃあ、ミコさんは、最近観たもので、どこがいちばん好きでしたか。

ミコ

それ、今聞く? ……長くなるけど、いい?

違いを見つけるのは才能。でも、その前に「どこが好きだった?」を一つ。比べる表に入らないものが、いちばん大事だったりします。

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