ジンだ。『キングダム』の二周目の話をする。16巻の馬陽の決着まで読んだ奴向けだ。中身に触れるところは畳んである。相手はタカシ。「一人でのし上がる」か「人を集めてのし上がる」かで、毎回意見が割れる。今日も割れた。
下僕の少年が二人
原作は原泰久。舞台は紀元前3世紀、春秋戦国時代末期の中国。紀元前245年、秦に信と漂という戦災孤児で下僕の少年がいた。二人はそこから抜け出し、「天下の大将軍」になるべく修行に明け暮れていた。事実[1]
一周目は、信が主人公だと思って読んだ。二周目は、最初の数ページで、二人で一つの夢を持っていたことを頭に入れて読む。成り上がりの話は、だいたい一人から始まる。この話は、二人から始まる。解釈
二周目の最初に確認するのは、二人の稽古の場面で、どちらがどちらを見ているかだ。一周目は勢いで読み飛ばした。二周目は、視線の向きと間合いを追う。同じ夢を持つ二人は、同じ方向を見てると思い込んでたが、よく見ると違う。……そこから先は、自分で確かめろ。解釈
結末・正体第1巻の別れ押すと開きます
漂は秦の大臣・昌文君に見出だされて仕官する。だが1ヶ月後、深手を負って信の元に戻り、信に地図と大将軍の夢を託して命を落とす。漂は仕官のあと、秦王・嬴政の影武者になっていた。
二周目は、二人が稽古する場面を、もう軽く読めねえ。あれは稽古じゃなくて、約束の確認だ。俺に言わせりゃ、地図は契約書だ。信は、相棒の分まで背負う契約にサインした。
二周目は、信が地図を見る回数を数えてみろ。地図は、約束の形をした紙切れだ。一人になっても消えねえから、契約と呼ぶ。俺はそう思ってる。
同じ声と同じ顔の話に戻る。信が政の横に立つたびに、漂の横にも立ってるように見える。俺はそう読む。事実[2]
同じ顔と同じ声
アニメでは漂と嬴政の声をどちらも福山潤が、実写映画ではどちらも吉沢亮が演じている。事実[3]
同じ声、同じ顔。……二周目に政の台詞を聞くと、ときどき漂の声に聞こえてしまいます。それはどういう仕掛けなのでしょうね。解釈
仕掛けだろ。二周目は、信が政の顔を見る場面で止めてみろ。意味づけは、その先だ。解釈
声と顔の重なりは、物語の外の仕掛けでもあるのですね。私は組織の話に引き寄せがちですが、ここは個人の物語として観るほうが、胸に落ちる気がします。解釈
珍しく素直だな。じゃあ個人の話として観ろ。組織は、その後でいい。解釈
王の道を説く場面
玉座の奪還を狙う一行は山の民の助力を求め、政は山の王・楊端和と会談する。政はそこで「王の道」を説いて説得に成功する。事実[2]
私はこの場面がいちばん好きです。武力を持たない王が、言葉だけで味方を集める。……また組織の話にしてしまいましたね。好み
そこは認める。けど、言葉が通ったのは、信みたいな奴が横にいたからだと俺は思う。二周目は、政がしゃべってる間、信がどこに立ってるかを見てくれ。解釈
二周目の読み方をひとつ足しておく。会談の場面は、台詞のコマだけじゃなく、台詞のないコマを数えろ。誰も話してない間に、誰が誰を見てるか。ギターの曲でも、休符に一番いい音が入ってる。俺は休符を聞き逃したくねえ。解釈
台詞のないコマですか。組織でも、会議で黙っている人の表情に本音が出ることがあります。数えてみる価値はありそうですね。解釈
政と山の王の会談は、台詞の応酬だけ追うと「言葉で人を動かす」場面に見える。二周目は、会談を囲む山の民の兵の目線も見てほしい。誰がどこを見ているか、武器を持つ手はどうか。解釈
黒目が大きくなった巻
連載当初は人気が出ず、アンケートで最下位になって打ち切り候補になった。作者が師と仰ぐ井上雄彦に相談すると、「主人公の信の黒目が小さい」と助言された。黒目を大きくしたことで全体のタッチや構成も変わり、単行本の第4巻あたりから躍動感のある絵になったという。事実[4]
これ、二周目でいちばん面白い読み方だと思う。物語の中で信が成り上がるのと同じ時期に、絵のほうも成り上がってる。1巻と4巻を並べて、信の目だけ見比べてくれ。腕一本でのし上がる話を、作者も腕一本で描き直したんだ。解釈
1巻の信は、目つきも立ち姿も、まだ借り物みたいに見える。4巻あたりから、同じ少年が、自分の体で立ってるように描かれる。成り上がりは、強さの話である前に、自分の顔になっていく話だと俺は思う。二周目は、強さの数字より、顔の変化を先に追え。解釈
作者が描き直した絵と、信が成り上がる筋が同じ時期に重なる。偶然かもしれませんが、私は偶然と呼ぶより、手応えのあった時期と呼びたいです。好み
それでいい。手応えがある絵は、読んでる側にも伝わる。1巻と4巻は、黒目と、構図の奥行きまで見比べろ。解釈
作者は、サラリーマン時代に経験した「組織」の美学をこの作品に注いだと語っています。一人の腕と、組織の型。私たちの議論は、作者の中ですでに一緒になっていたのかもしれません。事実[5]
広場に現れる大将軍
王都での戦いの最中、広場に秦の六大将軍・王騎が乱入し、敵将を討って政に問いかけたあと去っていく。初陣の蛇甘平原では、信は王騎から武将とは何かを教わる。事実[2]
一周目は、強そうな脇役が顔見せに来ただけだと思ってた。二周目は、王騎が出てくるたびに、誰と向き合ってるかを数えてくれ。王都では政に問いかけ、初陣では信に武将とは何かを教える。言葉の向きは、台詞の中身より正直だ。俺はギターを弾くとき、隣の奴がどこを見てるかで合わせ方を決める。それと同じで、向ける相手が変わるところに、この人物の役目が出る。解釈
王騎の登場は、顔見せではなく、物語の流れを変える節目になってる。広場に現れる場面と、初陣の蛇甘平原で武将とは何かを教える場面。二周目は、この二つの場面で、王騎の立ち位置と、信との距離を比べてほしい。距離が違う理由は、読めばだんだん分かってくる。解釈
結末・正体馬陽の決着押すと開きます
馬陽の戦いで、信のもとに特殊百人部隊・飛信隊が結成される。王騎は李牧の大軍に挟撃され、背後からの狙撃もあって、龐煖に胸を貫かれる。守りを突破した王騎は、信に自らの矛を託してこの世を去る。
漂から地図と夢。王騎から矛。信は馬陽の決着までに、二回、命と引き換えに物を託されてる。二周目は1巻の地図の場面と、馬陽の矛の場面を続けて読め。……別に、泣いたわけじゃねえ。
二周目は、飛信隊が結成される場面から、矛を託される場面までを、一気に通して読むといい。仲間が増える巻と、誰かが去る巻が、同じ馬陽の戦い(11〜16巻)の中にある。数が増える話と、重さが増える話が、同じページに並んでるんだ。事実[6]
託された物の重さで人が育つ。ジンさん、それはもう一人でのし上がる話ではありませんね。解釈
……うるせえ。今日は引き分けだ。
二周目は、1巻の二人の稽古の場面から。この物語は、託されたものを数えると成り上がりの階段が見える。