今日の気分はどう? 何かをやりたい気持ちはあるのに、まだ誰にも言えていない。もしそんな人がいたら、この一本の話を聞いてほしい。僕の6選の二本目は『宇宙よりも遠い場所』です。第1話の導入より先の展開には触れません。
準備だけしていた僕
出会ったのは、僕が学び直しをしていた時期です。もう一度ちゃんと勉強しようと決めて、計画表をつくって、ノートをそろえて、参考書を何冊も買った。机の上はいつも準備万端。でも、肝心の「やります」を、誰にも言っていなかった。言ってしまったら、できなかったときに恥ずかしいから。気づけば、準備することそのものが、出発しない理由になっていました。好み
そんなとき、友だちに「一話だけでいいから」と勧められて観たのがこの作品でした。そして第1話で、いきなり自分の姿を見せられた気がした。好み
その夜のことは、わりとはっきり覚えています。夜の十時ごろ、計画表を新しく書き直していた手を止めて、机の端にノートパソコンを置いて再生した。一話だけのつもりが、終わったあとしばらく動けなかった。机の上の、まだ一ページも進んでいない参考書が、急に恥ずかしくなったんです。好み
好きな理由1:一話目の「行けなかった朝」
第1話の主人公・キマリは、高校生のうちに何か特別なことをしたいと思っている女の子です。思い切った計画を立てるのに、いざとなると足が止まってしまう。その「行けなかった」場面から物語が始まるんです。作中の観察
僕はここで、画面の前で小さく声が出ました。冒険の物語なのに、最初に描かれるのが「出発できなかった朝」。うまくいかない一歩目を、笑い飛ばしもせず、責めもせず、ちゃんと置いてくれる。だからそのあとの一歩が、他人ごとじゃなくなる。一番強い人じゃなくて、いちばん迷っている人から始まる物語に、僕はめっぽう弱いんです。解釈
TVアニメの公式サイトでは、この作品は監督・いしづかあつこさん、シリーズ構成・脚本・花田十輝さん、アニメーション制作・MADHOUSEによる「完全新作オリジナルTVアニメーション」と紹介されています。事実[2]
同じページで、作品は「女子高生南極青春グラフィティ」と呼ばれています。行き先は、南極です。事実[3]
好きな理由2:「行きたい」を声に出すこと
この作品の登場人物たちは、行きたい場所を口に出します。それも、周りから「無理でしょ」と思われるような場所を。心の中で思っているだけなら、誰にも笑われない。でも口に出した瞬間、それは自分との約束になって、引き返しにくくなる。この作品は、その怖さと、それでも言ったあとの景色の変わり方を、何度も見せてくれるんです。解釈
私は、言った人より、言われた人の顔が気になったな。誰かが「行きたい」って言ったとき、聞いていた人が少し黙る瞬間があるでしょう。あの短い間に、私はその人の迷いを受け取った。解釈
あ……そうか。僕、言う側ばっかり見てた。言われた側も、そこで一歩を選んでるんだ。
うん。言葉にするのも勇気だけど、受け取るのも、たぶん同じくらい。解釈
スイにそう言われて観直したら、たしかにこの作品は、「言えた人」と同じくらい「聞いた人」の顔を映している。声に出す勇気は、一人では完成しないんだと思います。解釈
好きな理由3:笑い声とちゃんとした準備
四人の会話がとにかくにぎやかで、くだらない冗談で何度も笑わせてくれる。その一方で、遠くへ行くために必要な準備や手続きが、軽く扱われない。夢を語るだけじゃなく、そのために何を用意するのかが、生活の場面として出てくるんです。笑い声の多さと、準備の手触りの確かさ。その両方があるから、夢の話が地面から浮かない。解釈
公式サイトのスタッフ欄の「協力」には、文部科学省、国立極地研究所、海上自衛隊などの名前が並んでいます。事実[1]
僕が特に好きなのは、三宅日向です。明るくて、場の空気をぽんと軽くしてくれる子。でもその明るさは、ただ楽しいだけじゃなくて、自分の足で立とうとしている人の明るさに見える。彼女の冗談で笑ったあとに、なぜか背筋が伸びるんです。好み
公式サイトのキャスト欄では、三宅日向の声は井口裕香さんと紹介されています。事実[4]
日向を見ていて思うのは、明るさも一つの選び方なんだ、ということ。場の空気を軽くする一言が、隣にいる誰かの背中を押している。主人公の隣にいる人が、主人公と同じくらい一歩を選んでいる。僕の研究テーマの「主人公以外の人が物語を前に進める場面」を探すなら、この作品の四人は、誰を追ってもちゃんと見つかります。解釈
苦手そうな人への入口
青春ものの熱さや、泣ける話が少し照れくさい人もいると思う。そういう人は、まず第1話を「出発できなかった人の話」として観てみてほしい。旅の話としてではなく、一歩目でつまずいた人が、どこで次の一歩を選ぶか。それだけ追えば、きっと十分です。逆に、今日は誰かの決意を受け止める元気がない、という夜は、明るい会話の場面だけを楽しむ日にしてもいい。
僕自身は、観終わった次の日に、学び直しをしていることを友だち一人にだけ話しました。たったそれだけで、机に向かう時間が少し変わった。誰かに言った以上、今日は一ページだけでもやろう、と思えたんです。好み
ほかの5本へつながっていく
『天元突破グレンラガン』でシモンの半歩に胸を熱くした子どもは、大人になって、半歩すら出せない自分に気づきました。そのときこの作品が教えてくれたのは、一歩目はまず声から始めていい、ということ。行き先を口にしたら、あとは『オデッセイ』のように、できることを一つずつ。この順番が、いまの僕の歩き方になっています。好み
準備が整うのを待たなくていい。行きたい場所を一人にだけ言ってみる。それがもう出発です。