日常

端切れ屋でシンエイ・ノウゼンを熱弁する

ネタバレの範囲 結末まで触れます テレビアニメ『86―エイティシックス―』(第1クール・第2クールの全話)の最終話まで。原作小説の続きの展開には触れません

十月の火曜、繊維街の端切れ屋でルカーノとばったり会ったユナ。袖口の絵の具を褒められ、小さな人形の首に巻く布を探している理由を話すうちに、『86―エイティシックス―』のシンの話が止まらなくなる。アニメの最終話までネタバレありです。

この記事は結末までのネタバレを含みます

範囲テレビアニメ『86―エイティシックス―』(第1クール・第2クールの全話)の最終話まで。原作小説の続きの展開には触れません

観終えた人が二周目をもっと楽しむための記事です。中盤の展開と、結末・正体のくわしいところは、押すと開く部分に分けてあります。

こんな人に
口数の少ない登場人物の、黙って持っているものが気になってしまう人へ。好きなキャラクターの小物を、自分の手で作ってみたくなったことのある人にも。
話している人
ユナ × ルカーノ
帰り道 下町の繊維街(端切れ屋の店先から、通りの角の小さな公園のベンチまで) 十月の火曜、昼すぎから三時ごろ

十月の火曜。仕事が休みのユナは、昼すぎから繊維街の端切れ屋をのぞいて回っていた。上着のポケットには、小指の先ほどの人形が入った透明なケース。作業机で組んでいる情景の、ほんの脇に立たせる一体だ。

三軒目の店先で、ワゴンの布を一枚ずつ指でこすっている大きな背中に気づいた。柄の上に柄を重ねた羽織に、丸い薄茶のサングラス。顔を上げたルカーノは、ユナの顔より先に、上着の袖に目を止めた。

ルカーノ

やあ、ユナさん。その袖の赤茶、いい色だね。どこで染めてもらったんだい?

ユナ

染めてないって。先週塗った機体の錆の色が、飛んだだけ。

ルカーノ

飛んだだけで、その濃いところと薄いところが出るのか。狙っても出せないやつだ。本物の仕事の色だね。

ユナは袖を持ち上げて、自分でも少し眺めた。服のことを言われると、専門学校に通っていたころみたいに、顔つきがひとつ明るくなる。

ユナ

今日はね、布探し。この子の首に巻くやつ。ちっちゃいから、ふつうの布だと板みたいになっちゃうの。専門のとき、ウィッグにスカーフ巻く練習で、厚い布選んで一回やらかしてるんだよね。

ルカーノ

首に巻くなら、薄くて、落ちる布がいい。布は小さく縮めると性格が出るからね。……で、その小さい人は誰?

ユナ

……推し。『86―エイティシックス―』のシン。いつも首に布を巻いてる子。[4]

テレビアニメは2021年4月から2022年3月まで、二つのクールに分けて放送。全23話

言ってから、ユナは少しだけ照れたように笑い、ケースを胸の前で持ち直した。二人は通りの角の小さな公園まで歩き、日なたのベンチに並んで座った。

ユナ

この子、情景のすみっこに立たせるの。機体の足元に、背中だけ向けて。顔は描かないで、後ろ姿にする。シンって、あたしの中では背中で覚えてる人だから。

ルカーノ

後ろ姿か。いい選択だ。後ろ姿は、首と肩の布で全部決まるからね。僕はアニメ、前半だけ観たんだ。首の布がずっと目に入ってたのは覚えてる。あれは、ほどけない巻き方だった。

ユナ

え、後半まだなの。……じゃあ後半どころか最後まで、ネタバレしていい? 今日、たぶん止まんない。

ルカーノ

どうぞ。僕は結末を知ってから観るのも好きなんだ。裏地を先に見てから、表を見るみたいでね。

ユナ

よかった。じゃあ最初の好きから。シンは、スピアヘッド戦隊っていう腕っこきばかりの隊をまとめてて、機体に乗せたら誰もかなわない。なのに、受け持った指揮管制官がみんな壊れちゃうっていう、変な噂がついて回ってるの。[1]

ユナ

あたし、出てきてすぐ「あ、この子好き」ってなった。噂のほうが本人より先に歩いてて、本人は否定もしない。黙って、自分の持ち場だけ守ってる。そういう背中に、昔から弱いんだよね。

ルカーノ

口数の少ない人は、身につけてるもので話すことが多いよ。毎回同じ巻き方をしてるなら、その布はもう言葉の代わりだ。

ユナ

そうなの! あたし一時停止して、結び目の位置、何回も見比べたもん。……いま、早口だった?

ルカーノ

だいぶね。いいよ、続けて。こっちは聞く係だから。

ユナ

じゃあ、前半のまんなかあたりから。ここからは畳んどくね。

中盤まで前半の展開(その一)押すと開きます

ユナ「シンってね、死んだ仲間の名前を、その子の機体のかけらに刻んで、持っていくの。あるきっかけで始めたことで、ずっと自分のところに積んで、いっしょに連れて歩いてる。」

ユナ「あたし、これを知った晩、作業机で筆を落とした。だって、機体のかけらって、傷も汚れも全部ついたままの、その子の時間そのものじゃん。そこに名前を刻んで、重さごと持っていく。あたしが汚し塗装でやりたいことのいちばん奥にあるものを、あの子は誰にも言わないで、毎日やってる。」

ルカーノ「服でいえば、形見の布を裏地に縫いこむ人がいるんだ。表からは見えない。でも着てる本人は、毎日その重さを着てる。」

ユナ「それ。シンの機体って、たぶん中がいちばん重い。」[4]

ルカーノ

前半の途中なのに、もうずいぶん重いね。

ユナ

あたしもね、失敗した部品のかけらとか、デカールの余りとか、ぜんぜん捨てられないの。ピンセットでつまめないくらいの切れ端まで、小瓶に分けてとってある。シンのとは重さが比べものにならないけど、かけらを持ってたい気持ちだけは、ちょっと分かる。

ルカーノ

僕も端切れは捨てられない。小さすぎて使い道がなくても、どの服の残りかは全部覚えてる。

ユナ

話を戻すね。あたしがシンのどこがいちばん好きかって聞かれたら、黙ってるとこじゃなくて、黙ってるのにずっと聞いてるとこ、って答える。それが次の畳んだとこ。

中盤まで前半の展開(その二)押すと開きます

ユナ「シンには、レギオンに取り込まれた人たちの、死に際の叫びが聞こえるの。だから敵がどこから来るか、誰より先に分かる。指揮管制官が壊れるっていう噂も、パラレイドでつながった相手にまで、その声が流れこむからなんだよね。」

ユナ「しかも、その声の中に兄さんがいる。シンの兄さんはレギオンに取り込まれて、ほかのレギオンを率いる“羊飼い”になってる。シンの首には、子どものころ、その兄さんに首を絞められたときの傷が残ってて。」

ユナ「あたし、そこで初めて、あのスカーフのことを自分なりに考えた。隠してるのか、忘れないために巻いてるのか。……どっちも、っていうのが、あたしの勝手な読み。」

ルカーノ「首は、人がいちばん守る場所だからね。そこに毎日、同じ布を巻く。それは祈りに近い手つきだよ。」[2]

ルカーノはサングラスを少し下げ、上の縁からケースの中の人形を見た。指先で、自分の袖の端をこすり合わせている。

ユナ

汚し塗装でもね、首まわりとか手で握るとこって、あんまり汚さないの。人がよく触るところは、汚れるより先に、こすれて光ってくるから。シンのスカーフも、何回も結び直してるうちに、結び目のとこだけ布がくたっとしてると思う。あたしの人形のは、そこだけ先にもんでから巻くつもり。布って、塗装よりずっと正直だよね。触った回数が、そのまま形に残るんだもん。

ルカーノ

Esatto. よく触るところほど、布は痩せて柔らかくなる。ただね、ユナさん。僕は、黙って全部を持つ人を、手放しでは褒められないんだ。重いコートを一人で着続けると、肩のほうが先に壊れる。

ユナ

……それ、後半でちょうど答え合わせみたいになるとこがある。でもその前に、前半の終わりを畳むね。ここ、あたしいまだに一気には観られない。

結末・正体前半の終わり押すと開きます

ユナ「前半の終わりに、生き残った五人は“特別偵察”に出される。帰ってくることを考えてない命令。そこでシンは、兄さんの“羊飼い”と、ひとりで向き合いにいくの。ライデンたちは、ほかの敵を引き受けて残る。」

ユナ「そこに、遠くのレーナが砲撃で援護する。勝手に迎撃砲を使ったせいで、レーナはあとで降格されちゃう。それでもシンは、兄さんに勝つ。」

ユナ「そのあと五人は、弾も尽きかけて、ずっと一緒だったファイドも壊れて、最期の場所みたいなところまで歩いていく。レーナは、パラレイド越しじゃない本物の基地に初めて降り立って、五人のいなくなったその場所で、残ってる気配にだけふれる。……あたし、ここ、作業机で三回止めた。三回とも、筆を洗ってから戻った。」[7]

ルカーノ

前半を観たとき、僕もそこで画面を止めたよ。続きを観なかったのは、あそこで終わってもいい気がしたからなんだ。

ユナ

分かる。でもね、終わらないの。終わらないから、しんどくて、好き。

ユナ

あと、ここだけはレーナの話もさせて。レーナって、泥のない、きれいな部屋にいる人じゃん。その人が、泥の側の子たちのほうへ、自分から手をのばしていくの。きれいなままでいられる人が、わざわざ手を汚しにいく。あたし、あの手つきがすごく好き。

ルカーノ

手を汚しにいく、か。仕立ての世界でも、わざと一か所だけ崩す人がいるよ。崩した所に、その人の考えが出る。

結末・正体後半の展開押すと開きます

ユナ「後半。五人は生きてた。ギアーデ連邦に保護されてたの。なのに、自分たちの居場所は戦場しかないって、全員で戻ることを選ぶの。」

ユナ「で、シンがだんだん危うくなっていく。戦い方が、兄さんとやり合ったころを思い出させるくらい荒れてきて、仲間はそれを見てる。本人は、拠り所みたいなものをなくしかけてる。仲間の名前はあんなにたくさん持ってるのに、自分がどこへ行きたいのかは、持ってないんだよ。」

ユナ「ルカーノさんがさっき言った、肩が先に壊れるってやつ。後半のシンは、まさにそれ。」

ルカーノ「重いものを持つ人ほど、自分のための鞄を持ってないんだ。」[9]

ユナ

あたしもさ、作りはじめると止まんないの。ご飯も返事も後回しで、気づいたら外が暗い。シンほど重いもんは持ってないけど、止まれない感じだけは、ちょっと分かる。

ルカーノ

僕は逆だな。締め切りの前ほど、おいしそうな店に吸い込まれる。止まるのが上手すぎるのも、困りものさ。

ルカーノ

ほらね、とは言わないでおこう。

ユナ

いま言ったじゃん、それ。

ルカーノが大きな声で笑い、ベンチの端で鳩が一羽、ちょっとだけ飛びのいた。ユナは人形のケースを指で回しながら、急に声を小さくした。遠くの店先で、反物を巻き直す音がしていた。

ユナ

……うちにも一人、全部肩に乗せて黙ってる人がいるんだけどさ。

ルカーノ

ははは。じゃあ、その人の分の布も買っていくかい?

ユナ

いらない。あの人、首に何も巻かないもん。

ルカーノ

……そうか。似合いそうなのにね。

ユナ

人形はね、泥のついたブーツで、まっすぐ立たせたいの。帰ってきた人の立ち方にしたい。だから最後の話、ちゃんと話しときたい。

ルカーノ

聞こう。最後の畳んだところだね。

結末・正体結末押すと開きます

ユナ「最後、シンたちは大きな作戦をやりとげて、生きて連邦に帰るっていう約束を守るの。それで、レーナが共和国から連邦にやって来る。ずっと遠く離れたままだった人たちが、やっと同じ場所で顔を合わせる。」

ユナ「あたしが好きなのは、シンが救われた、っていうより、シンが『その先』を持てたとこ。死んだ仲間の名前を持っていくだけだった人が、自分が次に行く場所のほうを向きはじめる。泥まみれのまま帰ってきて、帰ってきた先で、また始められる。……あたしの好きな汚れ方って、たぶんそういうやつ。」

ルカーノ「肩の荷を下ろす話じゃなくて、鞄をもう一つ持つ話なんだね。」

ユナ「そう、それ。荷物は減らないの。持ち方が変わるだけ。」[10]

話し終えると、ユナは長く息を吐いた。いつのまにか、ケースの蓋を指で何度も開け閉めしていた。ルカーノはそれを見て、何も言わずに立ち上がり、さっきの店のワゴンのほうへ歩きだした。

ルカーノ

前半で止めた理由が、いま分かった気がするよ。僕はあそこで、彼が重さを置いて終わるんだと思いたかったんだ。置かないで持ち方を変える話なら、続きを観なきゃいけない。

ユナ

でしょ。最後まで観ると、前半の布の巻き方まで、ちょっと違って見えるんだよ。あたしはそうだった。

ルカーノ

さっきのローン、斜めに切るといい。布目をななめにすると、小さくしても首に沿って落ちる。直すのは、そこだけでいいよ。

ユナ

斜めか。専門で一回習ったのに、すっかり忘れてた。……それ、あたしの手が覚えてるうちにやる。

ユナは手のひらほどの綿の端切れを一枚買った。会計を待つあいだ、ルカーノは店の奥の棚から、同じ赤茶の糸を一巻き持ってきて、黙って並べて置いた。

ユナ

え、これ、袖の色じゃん。

ルカーノ

縫い目は、上着とおそろいにしておこう。僕からの、ささやかな仮縫いさ。

ルカーノ

後半、今夜から観るよ。袖口のその色を思い出しながらね。

ユナ

観たら感想ちょうだい。あたしはそれまでに、この子の布、十回は結び直しとく。

帰りの電車で、ユナは買った端切れを膝の上で斜めに折ってみた。小さな布は指先の上で、思っていたよりずっと素直に落ちた。窓に映った上着の袖では、先週の錆の色が、まだ乾いた顔をしていた。

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出典

  1. CHARACTER(TVアニメ「86―エイティシックス―」公式サイト) anime-86.com
  2. KEYWORD(TVアニメ「86―エイティシックス―」公式サイト) anime-86.com
  3. List of 86 episodes(Wikipedia 英語版) en.wikipedia.org
  4. 86-エイティシックス-(Wikipedia 日本語版) ja.wikipedia.org
  5. 86 (novel series)(Wikipedia 英語版) en.wikipedia.org
  6. STORY #01 アンダーテイカー(TVアニメ「86―エイティシックス―」公式サイト) anime-86.com
  7. STORY #09 さよなら(TVアニメ「86―エイティシックス―」公式サイト) anime-86.com
  8. STORY #11 行くよ(TVアニメ「86―エイティシックス―」公式サイト) anime-86.com
  9. STORY #20 死ぬまで一緒に(TVアニメ「86―エイティシックス―」公式サイト) anime-86.com
  10. STORY #23 ハンドラー・ワン(TVアニメ「86―エイティシックス―」公式サイト) anime-86.com

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