日常

公園のベンチで越前リョーマを熱弁する

ネタバレの範囲 結末まで触れます テレビアニメ『テニスの王子様』(全178話)でアニメだけに足されたお話、原作漫画『テニスの王子様』の結末、続編『新テニスの王子様』原作のW杯の途中(主人公がフランス戦に出るところ)までにふれます。続編の結末にはふれません

定休日の火曜、公園でスケッチをしていたルカーノの前を、夜勤明けのチアキが通りかかる。スケッチブックの中の、ラケットを背負った二つの背中。そこから始まった、越前リョーマの話。原作の結末と続編の途中までネタバレありです。

この記事は結末までのネタバレを含みます

範囲テレビアニメ『テニスの王子様』(全178話)でアニメだけに足されたお話、原作漫画『テニスの王子様』の結末、続編『新テニスの王子様』原作のW杯の途中(主人公がフランス戦に出るところ)までにふれます。続編の結末にはふれません

観終えた人が二周目をもっと楽しむための記事です。中盤の展開と、結末・正体のくわしいところは、押すと開く部分に分けてあります。

こんな人に
『テニスの王子様』の越前リョーマが好きな人、子どものころアニメで観ていて、原作や続編の先が気になっている人へ。推しのけがの場面で、つい手を出しそうになる人にも。
話している人
チアキ × ルカーノ
帰り道 劇場街から少し離れた、大きな公園のベンチ 十月の火曜、午後二時半から四時ごろ

火曜は、ルカーノの店の定休日だ。晴れた日はスケッチブックを抱えて公園へ行き、ベンチに座って、通る人の服だけを描く。顔は描かない。

柵の外の歩道を、ラケットバッグを背負った中学生が二人、走っていった。ルカーノがその背中を描き終えたとき、小径の向こうから、小さなキャリーを引いた女の人が、誰よりも速い足取りで近づいてきた。

ルカーノ

おや、チアキさん! そのハンカチの水色、今日の空より少しだけ淡い。いい選択だ。

チアキ

ありがとうございます。今日は夜の部だけなので、開場まで歩いてました。夜勤明けで、座ると寝てしまいそうで。

ルカーノ

ベンチで少し寝るのも、立派な休み方だよ。ほら、半分あいてる。

チアキはキャリーを足もとに寄せて腰を下ろし、開いたままのスケッチブックに目を落とした。ラケットバッグの肩ひもと、ジャージの裾だけが、鉛筆でていねいに描かれている。

チアキ

テニス部の子ですね。肩ひもを、片方だけ短くしてる。

ルカーノ

そこを見るのか。職業病だね、お互い。チアキさんの最初は、テニスだったよね。

チアキ

はい。『テニスの王子様』の、越前リョーマです。

ルカーノ

主人公の子だ。僕は名前くらいしか知らない。どんな子なの?

チアキ

アメリカ育ちで、向こうのジュニアの大会で四回続けて優勝して、日本に帰ってきた中学一年生です。テニスの名門の中学に入って、一年生なのにレギュラーになる。[4]

チアキ

私がアニメで観てたのは、小学五年生の冬ごろからです。水曜の夜七時。母が夜勤の週は、居間で一人で観てました。[3]

テレビアニメはテレビ東京系で水曜19時から放送。2001年10月〜2005年3月、全178話

ルカーノ

一人で観る七時は、長かったろうね。

チアキ

長かったです。でも、あの子がコートに出てくると、急に短くなりました。

ルカーノ

最初に好きになったのは、どこ?

チアキ

名前を呼ばないところです。よその学校の人を、たいてい『アンタ』で済ませる。挑発するみたいに。目つきが鋭くて、思ったことをそのまま言うから、生意気に見られがち。でも、中は熱い子です。[1]

チアキ

病棟だと、まず名前を呼ぶのが仕事なので。いまの私なら、真っ先に気になるところです。

ルカーノ

名前を呼ばないのは、まだ相手の寸法を測ってないからかもしれない。服でいえば、仮縫いの前だ。

チアキ

仮縫いの前。いい言い方ですね。それと、本当は左利きなのに、様子を見るときや手加減するときは、右手にラケットを持ちかえて打ちます。[1]

ルカーノ

いいね。手の内を、全部は見せない子だ。

チアキ

家は、お父さんが臨時で住職をしているお寺で、庭にテニスコートがあるくらい広い。ヒマラヤンの猫も飼ってて、カルピンっていう名前。[2]

ルカーノ

お寺の庭にコート、それに猫。生意気な子の暮らしに、急に生地の手ざわりが出てきた。

チアキ

アニメは、そういう家の場面も多くて。コートの外のリョーマが見られるのが、夕飯どきの楽しみでした。

チアキ

ルカーノさん、この先の話もしていいですか。原作の結末も、続きの話も出てきます。大事なところは畳みます。

ルカーノ

どうぞ。僕は先を知ってから観る派だ。一回目は物語を、二回目は服を見るからね。

チアキ

私は逆で、先を知らずに観たい派ですけど、話す側なら平気です。

チアキ

最初の大きな団体戦で、相手の技で体がしびれたまま、無理に打とうとして、リョーマはけがをします。試合が一度止まる。再開してからも押されてたのに、最後は相手の技の弱点を見抜いて勝つ。[2]

チアキ

あとからビデオで追いかけた回で、画面の前で、手を出しそうになりました。止めて、って。十一の私はまだ何もできなくて、息を止めて祈ってただけです。

ルカーノ

けがをしても続ける子に、手が出そうになる。そのころから、看護師さんの手だったんだね。

チアキ

どうでしょう。母の手を見て育ったので。畳みますね。リョーマが、テニスをする理由をもらうところです。

中盤まで序盤の山場(原作の地区大会のあと)押すと開きます

チアキ「リョーマがテニスをする理由は、最初、お父さんに勝つこと、それひとつでした。お父さんは、昔『サムライ南次郎』と呼ばれた人。部長の手塚さんは、地区大会のあとでそれを見抜いて、その目標を果たしたあとに何が残るのかを心配する。それで、高架下のコートで野試合を挑んで、リョーマをこてんぱんに負かす」

チアキ「負かしたあとで、手塚さんは、青学の柱になれ、と言う。リョーマはそれで火がつく」

チアキ「ここで、この子は初めて、お父さんの背中じゃなくて、自分の立つ場所をもらったんだと思いました。負けた日に、役目を渡される。渡すほうも、渡されるほうも、苦しい日です」[1]

ルカーノ

重たい場面を、先に聞いちゃったね。

ルカーノは鉛筆を置いて、スケッチブックの二つの背中のうち、小さいほうの肩に、もう一本だけ線を足した。

チアキ

アニメは、リョーマと手塚さんとお父さん、この三人の関係を軸に話を進める、って放送が始まる前の話し合いで決めてあったそうです。監督さんが話してます。[3]

ルカーノ

Esatto! 最初に型紙を引いてたわけだ。そういう話を聞くと、急に画面の端まで見たくなる。

チアキ

ふだんの場面は本物らしく、試合は思わず笑ってしまうくらい派手に、漫画らしく。そう分けて作ってたそうです。[3]

ルカーノ

普段着と舞台衣装を、同じ人に着せ分けたんだ。いい仕事だ。

チアキ

アニメにしかない話もあって。そこも畳みます。

中盤まで中盤の展開(テレビアニメの関東大会のあたり)押すと開きます

チアキ「アニメのリョーマは、立海の真田さんに負けて、調子を崩してしまう。そこへ現れるのが、亜久津さん。前に都大会の決勝でリョーマと戦って負けて、テニス部をやめた人です」

チアキ「亜久津さんは、リョーマに野試合を挑んで、さんざんけなしながら活を入れる。それがきっかけで、リョーマは立ち直る」

チアキ「負けた子のところへ、昔その子に負けた人が来る。この並びに、弱くて」[2]

ルカーノ

おや。でも、けなしながら活を入れる、は僕は苦手だな。褒めてから直す派だから。

チアキ

私も、言い方は苦手です。でも、言い方より先に、来たことが効く。前に同じ部屋で過ごした人が顔を見せに来ると、それだけで顔色が戻る人がいます。

ルカーノ

来たことが先、か。仮縫いに一度でも顔を出してくれた客の服は、たしかに仕上がりが違う。

チアキ

原作の終わりのほうは、少し長くなります。

結末・正体原作の結末(全国大会の決勝)押すと開きます

チアキ「全国大会の決勝の直前、リョーマは修行の影響で、一時的に記憶をなくしてしまいます。決勝の当日、それまで戦ってきたライバルたちが、次々にリョーマと試合をして、それで記憶が戻ってくる」

チアキ「病棟では、意識が戻りかけた人に、まず名前を聞きます。名前、言えますか、って。リョーマの記憶を連れ戻したのは、名前を呼ぶ代わりの一球ずつでした。ずっと人の名前を呼ばなかった子が、今度は、戦った全員から呼び戻される」

チアキ「そのあと、立海の幸村さんとの試合で、テニスを覚えたころの楽しむ気持ちから開く『天衣無縫の極み』に目覚めて、最後の一球で優勝を決める。青学は地区の予選から全国まで、団体戦を一度も落とさずに勝ち上がっていて、その優勝が決まった試合は、全部リョーマの試合でした」

チアキ「全国大会が終わって三日後、リョーマはまたアメリカへ渡ります。物語のいちばん最後、学年がひとつ上がった春にも、リョーマの居場所は向こうのままです」[1]

ルカーノ

うん。いい布の重ね方だ。

チアキ

アニメは、途中で原作を追い越してしまって、アニメだけのお話が足されています。そこも畳みますね。[3]

結末・正体テレビアニメで足されたお話押すと開きます

チアキ「アニメのリョーマは、関東大会と日米の親善試合の活躍で、日本でいちばん若い選手として全米オープンに招かれます。でも、手塚さんの、青学の柱に、という言葉と、全国大会の前だということもあって、いったん断る。手塚さんに諭されて、出ることを決める」

チアキ「そのあと、手塚さんが不二さんとの試合に勝った、という知らせを桃城くんから受けて、リョーマは一時帰国します。高架下のコートで手塚さんに挑んで、今度は勝つ。そして、青学のレギュラーのみんなに感謝の言葉を伝えて、全員の必殺技を順番に打ってみせる」

チアキ「最初に負けた場所で、今度は勝つ。ここは何度観ても、最後の一球のあいだ息ができません」[1]

チアキ

最終回のエンディングに、いちばん最初のオープニングの歌が流れました。観はじめたころには、もう別の歌になっていたので、最初の歌を、最後の日に知りました。中学一年の終わりの水曜です。[3]

第1話〜第26話のオープニング「future」が、最終話ではエンディングとして使われた。最終話(第178話)は2005年3月30日放送

ルカーノ

始まりの布で、最後を縫ったわけだ。仕立て屋としては、うらやましい終わり方だよ。

チアキ

続きの話もあります。『新テニスの王子様』。リョーマは、全国大会のあとで、高校生も集まる選抜の合宿に、特別に加わります。ここからは、続編の原作の途中までです。[4]

結末・正体続編『新テニスの王子様』の展開(W杯の途中まで)押すと開きます

チアキ「続編のリョーマは、一度、アメリカの代表を選びます。でも、ワールドカップで日本の試合を見ているうちに、本当に倒したい相手を倒したいのか、自分に問い始める。その迷いを、アメリカの主将のラルフに見抜かれて、迷っているならこのチームにはいられない、と言われて、半分押し出されるように、日本代表に戻ってくる」

チアキ「はじめのうちは『アイツ』と呼ぶことが多かった四天宝寺の遠山金太郎くんのことも、日本代表に戻ってからは『キンタロー』と呼ぶようになります。ここで声が出ました。名前を、呼んだ」

チアキ「それから、フランスとの試合。第一セットを一ゲームも取れずに落として、第二セットは逆に一ゲームも取らせずに取り返す。でも、自分の打った光る球を打ち返されて、お腹に受けて、頭までふらついて、棄権の寸前までいく。それでも起き上がって、最後のセットを七対六で取る」

チアキ「看護師としては、ここは止めたいです。起き上がったから勝てた、という話にはしたくない」[1]

ルカーノ

僕は、本人が立つなら止めない派だな。ショーの前の晩、熱があっても針を置かなかった子がいてね。僕は止められなかった。

チアキ

そこは、私は違います。立てるかどうかは、本人じゃなくて、周りが見るものです。

チアキ

でも、止められなかった側の気持ちは、客席で何度も味わいました。舞台の上で、明らかに足を痛めてる人を、ただ観ているしかなかった夜もあるので。

ルカーノはしばらく、スケッチブックの二つの背中を見ていた。それから鉛筆を持ち直して、片方の子の肩ひもを、少しだけ長く描き直した。

ルカーノ

意見が割れたね。……割れたままでいい。同じベンチに座っていよう。

チアキ

はい。座っています。

風がひとつ吹いて、スケッチブックのページがめくれかけた。チアキは手のひらで、そっと押さえた。

チアキ

舞台のほうも、ずっと続いてます。一度ひと区切りついて、そのあと一から作り直されて、それからも何度も新しいシーズンになってる。[4]

ミュージカルは2003年〜2010年に公演されて完結。2011年から「2ndシーズン」、2015年から「3rdシーズン」、2021年から「4thシーズン」

チアキ

シーズンが変わるたびに、私はまず、カーテンコールで袖に下がる一歩を見てしまいます。今夜の舞台を、無事に終えられたかどうか。それだけ確かめて、帰ります。

ルカーノ

終わりまで見届けて、帰る。衣装もそうだよ。最後の一礼まで、ほつれないように縫っておく。

チアキ

続編の連載は、この夏で終わりました。最後の巻は、もう家の押し入れの箱の上にあります。でも、まだ開けられてなくて。[4]

『新テニスの王子様』は『ジャンプスクエア』2009年4月号〜2026年9月号に連載、全48巻

ルカーノ

開けないのは、怖いから?

チアキ

終わったと確かめるのが、です。推しのお休みや引退を受け入れるのに、いつも時間がかかるので。

ルカーノ

それなら、急がなくていい。僕のアトリエの奥にも、ずっと開けてない引き出しがある。開けないのも、大事にしてるうちだよ。

公園の時計が、三時五十分を指していた。チアキは秒針つきの腕時計を一度見て、キャリーの持ち手を引き出した。

チアキ

開場まで一時間あるので、歩いて行きます。帰りのバスで、最後の巻の一ページ目だけ、開けてみます。

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