閉店後のルカーノの店。シャッターを半分下ろした店内で、作業台の上に小さなキャリーが置かれています。持ち手に結んである、チケットの半券の形をしたしおりの縫い糸が、少しほつれかけていました。夜行バスまで、まだ一時間ほどあります。ルカーノは引き出しから針と糸を出して、作業台のランプを点けました。
糸の色を聞かれて
チアキさん、そのしおり、糸がほどけかけてる。直させてくれるかい。……今日の巻き髪、帰りのバスまでちゃんともちそうだね。
助かります。お願いします。その糸、推しの色なんです。推しが変わるたびにハンカチを一枚ずつ足してきて、家の引き出しに、いま七枚あります。
七枚。服でいえば、七つの季節ぶんの見本帳だ。一枚目は、何色だったの?
一枚目は、もう持ち歩いていません。最初の推しは、舞台を降りた人なので。
おや。……聞いていい話かな。だめなら、今夜は針の話だけしていよう。
大丈夫です。ルカーノさんには、いつか話しておきたかった。ただ、その人の名前は言いません。どこの舞台の人だったかも。それでいいですか。
もちろん。名前の書いてない型紙でも、服は縫える。
休憩室の湯のみ
知らせを見たのは、夜勤の休憩のときでした。夜中の休憩室で、湯のみにお茶を入れて、いつもみたいに舞台の情報を開いたら、いちばん上に、引退という字があって。
一人だったの?
一人でした。泣きました。声は出さずに。休憩の終わりのアラームが鳴るまで、湯のみを両手で持ったまま、ずっと。アラームが鳴ったら顔を洗って、髪をひっつめ直して、病棟に戻りました。
戻ったら、もう、いつもの声が出るんです。患者さんに呼ばれて返事をする声は、何があっても変わらない。あの夜は、変わらないことが、いちばんこわかった。
朝まで、大きなことは何も起きませんでした。申し送りを済ませて、駐車場の車に乗って、エンジンをかける前に、もう一度だけ泣きました。
仕事の手は、気持ちより先に戻ってくるからね。僕も、ショーの朝に泣いた顔のまま、針だけは真っ直ぐ持てた日がある。ありがたいような、さびしいような感じだった。
その湯のみ、いまも使ってるの?
休憩室の棚の、同じ場所にあります。毎回それでお茶を飲みますけど、あの夜を思い出すのは、たまにだけです。
生身の人を観られない
そのあとは、どう過ごしていたの。
舞台の映像が、観られなくなりました。ほかの人が出ている公演でも、カーテンコールで役者さんが一列に並ぶと、つい端から顔を探してしまう。いないと分かっているのに。新しい公演の知らせも、しばらくは開かずに閉じていました。
探してしまう、か。
推しが休むのも、やめるのも、私は受け入れるのにとても時間がかかります。生身の人は、いつか舞台を降りる。頭では知っていたのに、あの日まで、本当には分かっていなかった。病棟では、退院していく人を見送るのも仕事のうちです。見送ることには慣れているつもりでした。でも、客席の側で見送るのは、まるで別のことでした。
目は正直だよ。僕も、辞めていった縫い子の作業台を、しばらく見ないようにして歩いてた。椅子を片づけることも、できなくてね。
見たことのなかった第一話
それで、何が最初のきっかけになったの。
知らせから何日かたった、公休の昼です。カーテンを閉めた部屋で、何も観られないまま横になっていて。ふと、十一歳のときに夢中になったテニスのアニメなら、と思いました。生身の人じゃなくて、絵の子たちなら、と。
テレビアニメの『テニスの王子様』は、テレビ東京とその系列で、何年も毎週続いた長いシリーズだ。事実[1]
私は子どものころ、放送の途中から観はじめたので、最初のほうの回を知らなかったんです。だから配信で、第一話から再生しました。大人になって初めて観る第一話でした。
おなじみの物語なのに、知らない一話目。新しい布を、昔の型紙で裁つみたいだね。解釈
まだ誰の名前も知らない子たちが、コートの上で、一人ずつ自分の顔を見せていく。絵の中の子たちは、どれだけ観ても、舞台を降りません。次の話を押せば、ちゃんとまたそこにいる。その日は、それだけで息ができました。解釈
休みの日に二話ずつ
長いシリーズだと、観終わるまでにずいぶんかかったろう。
それが、よかった。休みの日に二話ずつと決めました。一晩では終わらない長さがあって、明日もまだ続きがある。夜勤が続く週は、一話も観られない日もあります。でも、置いていかれない。次に再生すれば、同じところから始まる。二話観たら、閉めていたカーテンを少しだけ開ける。それも決まりにしていました。好み
カーテンを少しだけ。ちょうどいい加減だね。仮縫いも、いきなり全部は縫わない。最初は、しつけ糸で軽く留めておくだけなんだ。
それと、私が観ていたあたりでは、勝った子だけじゃなく、負けた子の試合のあとの顔も、ちゃんと映っていました。あの時期の私には、そこがいちばん効きました。終わったあとの人にも、映してもらえる時間がある。解釈
絵の服は、着ている子がどれだけ走っても、ほつれないしね。……ああ、今のは仕立て屋のひがみだよ。
ふふ。でも、ほんとうにそうでした。崩れない人たちを観ながら、少しずつ、崩れる人のほうへ戻る準備をしていた気がします。解釈
それで、生身の人のほうへは、いつ戻れたの。
アニメを半分くらいまで観たころです。そのあいだに、声だけでできた作品にも出会って、それにも助けられました。舞台の映像をもう一度開けたのは、それからまたしばらくあと。最初に観たのは、知らない人ばかりの公演でした。カーテンコールで、端から顔を探さずにいられた。
七枚まとめてアイロンを
できた。糸は、いまの推しの色のままにしておいたよ。
きれい。縫い目って、こんなにそろうものなんですね。
それで、一枚目のハンカチは?
引き出しの、いちばん下にあります。アイロンは、持ち歩く一枚だけじゃなくて、七枚まとめてかけるようにしています。外に出るのは一枚でも、しまってあるほうも、ちゃんと伸ばしておきたいので。好み
いいね。お世辞で言ってるんじゃないよ。しまってある服の手入れを欠かさない人は、着ていない時間まで大事にしてる人だ。
テニスのアニメは、いまも、誰かの休止や卒業の知らせが重なった日に、一話だけ再生します。絵の子たちが変わらずそこにいるのを確かめてから、生身の人の知らせを、もう一度ちゃんと読む。それが、いまの私の順番です。好み
夜行バスまで、あと何分?
四十分です。歩いて行けます。
生身の人を観られない日があってもいい。変わらずそこにいる絵の中の人たちのところで、少し息を整えてから戻ればいい。