日常

観ながら何してる日曜の昼

ネタバレの範囲 ネタバレなし 『ARIA The ANIMATION』の、舞台と主人公の始まりの設定(紹介文の範囲)まで。物語の展開には触れません

日曜の正午、四つの部屋で同じアニメの再生ボタンが押された。ミナトは周回、シズカは煮物の番、レイはAIへの指示書き、ガクは焼きそば。手を動かしながら観るはずだったのに、水の上を舟が進むうちに、誰かの手がひとつずつ止まっていく。

こんな人に
アニメを観ながら、つい手を動かしてしまう人へ。動かしていた手が、いつのまにか止まっていたことのある人にも。
話している人
ミナト × シズカ × レイ × ガク
チャット グループ「日曜昼の同時視聴」(ミナト・シズカ・レイ・ガク) 日曜の昼

同じ作品を同じ時刻に再生して、感想だけを文字で流すグループ。作品を選ぶのは持ち回りで、今週はシズカの番だった。

ガク

そろそろ時間だね。今週はシズカさんの番でしたね。

シズカ

はい。ARIAのアニメの、最初のシリーズの最初の回にしました。洗濯物の山の前で、いちばんよく流している作品です。

了解です。横でゲームの周回、回しててもいいですか。手が空いてると落ち着かないんで。

既読
ミナト
ガク

どうぞ。僕も昼ごはんを食べながら観るよ。今日は焼きそば。キャベツが多すぎて、麺が見えない。

シズカ

キャベツの多い焼きそば、うちの子たちは喜びます。麺は、あとから足せばいいんですよ。

シズカ

私は台所で煮物の番をしながらです。タブレットを食卓に立てかけました。子どもたちは部活と遊びで出払っていて、今日は静かです。

レイ

私はモニターの片方で観て、もう片方でAIに指示を出します。作りかけの小さなツールのコードを書かせて、動かして、直して、また指示。週明けに使う予定です。

AIに指示を書きながらアニメ。俺の周回より、だいぶ頭を使ってる。

既読
ミナト
レイ

同じ。どっちも、決まった手順を回してるだけ。

ガク

押すよ。せーの。

四つの部屋で、同じ水の音が鳴りはじめた。

シズカ

舞台は、遠い未来の火星です。水の惑星になっていて、アクアと呼ばれているんですよ。

原作は天野こずえの漫画。テレビアニメ『ARIA The ANIMATION』は2005年10月に放送開始

ガク

町はネオ・ヴェネツィア。地球のヴェネツィアの建物や暮らしを、まるごと移した町なんだって。水路が道の代わりなら、回覧板も舟で回るのかな。

シズカ

回覧板の舟。ガクさんらしい見方ですね。

主人公、ゴンドラを漕ぐ人の見習いなんですね。ウンディーネ、っていう呼び名の。

既読
ミナト

すみません、いまボス戦で画面見てなかったです。……でも、音だけでも話に置いていかれない。

既読
ミナト
シズカ

そうなんです。だから私、中身がすぐ抜けてしまって。何度観ても、毎回初めてみたいに観ています。

ガク

毎回初めて観られるのは、ちょっと贅沢だね。

俺、ふだんは分かった所を倍速で飛ばすんです。でもこれは、周回が勝手に間を埋めてくれるから、等速のままでいける。

既読
ミナト
レイ

間を埋める、で思いました。AIへの指示、いつもは急ぎの言葉が多いんです。「至急」「必ず」「最優先」。いま書いてるのは、それが一個も入ってない。返ってくるコードも、なんだか落ち着いてます。

ガク

観てる作品で、指示の文の温度が変わるのか。食堂でいうと、店内の音楽がゆっくりだと、注文を通す声まで丸くなるのに似てる。

レイ

近いかもしれません。……これは私の感覚ですけど、急いでない画面を見てると、急いでない言葉で考えるようになる。

シズカ

煮物の火、少し弱めます。お料理の場面が出てくる作品だと、私は手が止まってしまうんですけれど、この作品はいつも手が止まらないんです。止まらないのに、観終わると肩の力が抜けている。

ガク

僕は逆だな。重い話のときほど、箸が止まる。これは箸が進む。キャベツはまだ減らないけど。

周回、三周目。

既読
ミナト

この町、地図に起こしたら面白そう。仕事柄、つい道の形ばっかり見ちゃう。

既読
ミナト
シズカ

ミナトさんは、地図のお仕事でしたね。

はい。空から撮った写真で、地形の図を作ってます。ここは住所より、舟の通り道で覚えたほうが早そう。

既読
ミナト
ガク

道の名前より、通り道で覚える町か。決まりを作る側は困りそうだけど、住む側は楽しそうだ。

レイ

指示、送りました。返ってきたら、動かして直します。

ガク

みんな、ふだんもこうやって何かしながら観るの? 僕は平日の朝、トーストを焼きながら一話だけ。焦がすのは、だいたい法律の用語が出てくる回。

シズカ

私は夜です。子どもたちが寝たあと、居間に洗濯物を広げて、畳みながら流しています。疲れている日は、タオルを握ったまま眠ってしまうこともあって。

レイ

休みの日は、片方のモニターでアニメ、もう片方で衣装の型紙。気になる二人が目を合わせる回が来ると、ミシンが止まる。

俺は夜、雑談配信を流しながら、スマホで縦読みを一話。読み終わったら一コマだけスクショして、誰にも見せない場所にしまってます。

既読
ミナト
ガク

誰にも見せない場所。いいね。僕の年表のノートも、たぶん誰にも見せないまま増えていく。

似てる。たぶん。

既読
ミナト
シズカ

ゲンさんは、観ながら何もしない人なんです。何もしないで、泣くところで必ず泣きます。

ガク

何もしないで観るのが、実はいちばん難しい気がするな。

俺には無理です。三秒でスマホを触る。

既読
ミナト

それからしばらく、グループには何も流れなかった。四つの画面の中で、舟が水路の角をゆっくり曲がっていった。

周回、終わってた。

既読
ミナト

終わってたのに、次のを始めてない。ずっと水路のほう見てた。

既読
ミナト
レイ

待ってください。私もです。AIから返ってきたコード、三分前に届いてたのに開いてません。

ガク

僕は箸を持ったまま止まってた。焼きそば、冷めた。

シズカ

まあ。皆さん、手がお留守になりましたね。私の煮物は、ちょうどいい具合に煮えました。

ガク

シズカさんだけ、ちゃんと両方こなしてる。

シズカ

こちらは毎日のことですから。でもガクさん、冷めたままは召し上がらないで、温め直してから続きにしてくださいね。

ガク

はい、電子レンジに入れてきます。……戻っても、画面の舟はまだ同じ角を曲がっていそうだ。

俺、間の長い作品は少し苦手なんです。すぐ次の動画を探しちゃう。でも今日のは、間が長いっていうより、手を置いておく場所がある感じでした。

既読
ミナト
レイ

手を置いておく場所。……それ、いいです。私の感覚より、そっちのほうが正しいと思う。

ガク

観ながら何かするのって、作品から目をそらしてるようで、実は自分の持ち場を一個だけ残しておくやり方なのかもしれない。洗濯物も、焼きそばも、周回も、AIに書かせたコードの手直しも。

シズカ

持ち場。献立ノートに書いておきたい言葉です。

この回の終わりの曲が流れはじめた。グループに、短い文がまた流れだした。

レイ

AIが書き直したコード、いま動かしました。一回で通りました。週明け、このまま使います。

ガク

AIの書いたコード、レイはどのくらい直すの?

レイ

八割はそのまま使います。書き方が私より丁寧なときは、ちょっと悔しいです。

AIに任せたら、周回も勝手に回してくれますかね。

既読
ミナト
レイ

できる。でもそれ、ミナトは楽しいの?

……楽しくない。自分の指で回すから、今日もログインした気になるんで。

既読
ミナト
ガク

来週の当番は、ミナトだったね。

はい。短いのにするつもりでした。……どうするかは、今週考えます。

既読
ミナト
レイ

了解です。来週も、片方のモニターは空けておきます。

ガク

僕は焼きそばを食べ終えたら、次の回の題だけ確かめておくよ。中身は来週の楽しみに。

シズカ

楽しみにしています。私はこれから、畳みかけの洗濯物の続きです。

俺は、四周目を回してから、この回の最初の水路だけもう一回観ます。今度は、ゲーム抜きで。

既読
ミナト

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