二周目

『おおかみこどもの雨と雪』を雨の夜にもう一度

一周目のテンは、ちいさなおおかみたちの毛並みに夢中だった。二周目は、二人の子の名前が空模様から来ていること、そしてこの物語をだれが語っているのかが気になった。雨の夜、スイの膝の上で観直した話にゃ。

この記事は結末までのネタバレを含みます

範囲映画『おおかみこどもの雨と雪』(2012年)の結末まで(畳んだ部分のみ。原作小説・漫画版には触れません)

観終えた人が二周目をもっと楽しむための記事です。中盤の展開と、結末・正体のくわしいところは、押すと開く部分に分けてあります。

こんな人に
映画を最後まで観て、もう一度最初の場面から観たくなった人へ。二周目は、空模様と、名前と、物語を話している声に耳を向けてみませんか。
ネタバレの範囲
結末まで触れます 映画『おおかみこどもの雨と雪』(2012年)の結末まで(畳んだ部分のみ。原作小説・漫画版には触れません)
話している人
テン × スイ
主張の種類: 事実 作中の観察 根拠のある推測 解釈 好み
目次 全7節・約6分
  1. 語っているのはだれか
  2. 二つの名前と空模様
  3. 「狼」を使わない題
  4. 姉と弟の最初の冬
  5. 畑の向こうの見守る人
  6. 名前の書かれていない人
  7. おしまいの朝

この話は、映画『おおかみこどもの雨と雪』を最後まで観た人のための、二周目の案内にゃ。まだの人は、ここで閉じて観てほしいにゃ。展開に触れるところは、押さないと開かない箱に入れたにゃ。今夜は雨。スイの膝の上で、窓をたたく音を聞きながら話すにゃ。テンがスイに拾われたのも、雨の日だったにゃ。

語っているのはだれか

2012年公開、細田守さんの監督作にゃ。細田さんがはじめて自分で脚本も手がけた作品で、出会いから子どもたちの成長と自立までの13年間を描いてるにゃ。そして物語は、娘の雪が、母の花の半生を語る形で綴られるにゃ。事実[1]

一周目のテンは、雪の声を「むかし話の入り口」くらいに聞いてたにゃ。二周目は、語り手が雪だと知ったうえで観ると、ふしぎな場面が出てくるにゃ。雪が生まれる前の、母と父の出会いの話。雪は、それをだれから聞いて、どう受け取ったのか。母の話を子が語る、という形そのものが、二周目のいちばん大きな手がかりにゃ。解釈

スイ

私も、二周目は語りのほうが気になった。語っている人が、どこまで知っていて、どこから先は想像で埋めているのか。その境目に、雪の気持ちがある気がするの。私はそう受け取った。解釈

テン

スイはいつも、だれが黙ってるかを見てるにゃ。テンは、だれが毛づくろいしてるかを見てるにゃ。二人で観ると、ちょうどいいにゃ。

二つの名前と空模様

雪は雪の日に生まれたから雪。雨は雨の日に生まれたから雨。名前は、生まれた日の空から来てるにゃ。母の花という名前にも、花自身の父親が裏庭に咲いたコスモスを見て、花のように笑顔を絶やさない子に育ってほしいと願った、という由来があるにゃ。花はそれを聞いてから、つらいときでも笑っていようと決めてるにゃ。事実[2]

一周目は、かわいい名前だなあ、で終わってたにゃ。二周目は、この映画の空模様が気になって仕方なくなるにゃ。雨が降る場面、雪が積もる場面。そのたびに、だれかの名前が呼ばれている気がするにゃ。それから、花の笑顔。二周目は、花がどんなときに笑っているかを数えてほしいにゃ。うれしいときより、つらいときのほうが多いことに気づくにゃ。解釈

「狼」を使わない題

この作品の中では「狼」という漢字は使われず、ひらがなとカタカナの表記だけにゃ。事実[1]

テンはこれを、やわらかくするためだと思ってたにゃ。でも二周目は、もう少しちがって見えたにゃ。漢字の「狼」は、こわい獣の顔をしてるにゃ。ひらがなの「おおかみ」は、だれかの子どもの顔をしてるにゃ。この映画のおおかみは、ずっと、だれかの家族として描かれてるにゃ。もふもふは世界を救うにゃ……と言いかけて、今日はやめておくにゃ。解釈

スイ

ひらがなの「おおかみこども」は、声に出すとやわらかいね。子どもが、自分の家族を呼ぶときの言い方みたい。解釈

姉と弟の最初の冬

田舎に移ってすぐのころ、蛇や猪もこわがらない活発な雪に対して、弟の雨は内気で、すぐ逃げ出す子だったにゃ。事実[2]

一周目のテンは、雪の走りっぷりに大よろこびしてたにゃ。雪の中を転げまわるちいさなおおかみたちの毛並みは、何度観てもしっぽが揺れるにゃ。二周目も、テンはこの最初の冬の場面で、いちばん長く止まってしまったにゃ。どっちが前を走って、どっちが後ろにいるか。走り方ひとつに、二人の性格がそのまま出てるにゃ。解釈

中盤まで中盤の展開押すと開きます

雨が生まれて間もない、ある雨の日に、二人の父である「彼」は亡くなるにゃ。そして雨のほうは、ある雪の日に、獲物へのこわさが消えたのを境に、おおかみの本能に目覚めていくにゃ。小学校で友だちができた雪は、人間の女の子としてふるまおうと決め、雨は山に惹かれて、山を治めるアカギツネを「先生」と慕うようになるにゃ。

雨の日に父を失った子の名前が雨で、その雨が目を覚ますのは雪の日。二周目は、空模様が二人の名前を入れ替えるように降ってくるにゃ。最初の冬の並び方は、ここでくるりと反対になるにゃ。それから、先生がキツネなのも、テンはうれしかったにゃ。事実[3]

畑の向こうの見守る人

花は自給自足を目指して田畑に取り組み、だんだん村の人たちと打ち解けていくにゃ。近所の韮崎のおじいちゃんは、こわい顔でぶっきらぼうだけど、やさしくて、花に農業の助言をしてくれるにゃ。事実[2]

テンの研究テーマは、人のそばにいる小さな生きものは何を見守っているのか、にゃ。この映画では、見守る側にも順番があるにゃ。花が子どもたちを見守り、その花を、畑の向こうから村の人たちが見守ってる。一周目は、韮崎さんのぶっきらぼうさにびくっとしてたにゃ。二周目は、あの人が来るたびに、テンは背筋を伸ばして聞いてしまうにゃ。言葉は短いのに、ちゃんと花のほうを向いてるにゃ。解釈

スイ

口がぶっきらぼうな人のやさしさは、一周目だと、届くのが少し遅れるよね。二周目で、やっと受け取れることがある。解釈

名前の書かれていない人

二人の父は、作中では「彼」と呼ばれるにゃ。運転免許証に氏名は載っているけれど、ほとんど書き潰されていて読めないにゃ。事実[3]

スイ

名前が出てこない人のことを、子どもが語っている。呼ばれない名前の分だけ、空白が残る。私は二周目、その空白のほうを見ていた。解釈

おしまいの朝

結末・正体結末押すと開きます

大雨の日、先生がもうすぐ死ぬと知った雨は、山を守る役目を継ぐと決めて山へ入っていくにゃ。花は雨を追い、同じころ雪は、迎えの来ない学校で草平と二人きりで夜を過ごすにゃ。雪は自分の正体を打ち明けて、おおかみの姿を見せる。草平は、本当は知っていたこと、だれにも言わないことを約束するにゃ。山で滑落した花は、雨に運ばれて目を覚まし、山へ消えていく雨を見送るにゃ。中学生になった雪は寮で人間として暮らし、雨はおおかみとして山で生きていくにゃ。

雨の日に生まれた子が大雨の日に山へ行き、雪の日に生まれた子が、その夜に人の前で正体を明かす。二人の名前は、最後にそれぞれの空の下で、自分の道を選んだにゃ。花は泣き崩れたあと、雄叫びを聞いて「しっかり生きて」と声をかける。テンには、その顔が名前の由来どおりの笑顔に見えたにゃ。二周目は、草平が雪を見る目を、草平が出てくる場面から追いかけてほしいにゃ。事実[4]

スイ

テンは、どっちの子に近いと思う?

テン

どっちでもないにゃ。テンは、雨の日に傘をさしてもらった猫にゃ。だから、ここにいるにゃ。

二周目は、雨が降るたび、雪が積もるたびに、だれの名前が呼ばれているかを数えてみるにゃ。

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