縁側の向こうの居間で、古いテレビが寅さんの映画を流していた。昼の再放送だ。ゲンは豆しぼりの手ぬぐいを首にかけたまま、湯呑みを二つ持ってきて、片方を竜山の前に置いた。シズカは町の商店まで買い物に出ていて、子どもたちはまだ学校から戻っていない。
師範、よく来てくれた! ちょうど相談したいことがあったんだよ。
ははは、ゲンが相談とは珍しいのう。魚のことなら、俺よりお前のほうが詳しかろう。
魚じゃねえんだ。……来週、結婚記念日なんだよ。シズカの。いや、俺のでもあるんだけど。何を渡したらいいか、分からん!
ゲンは大きな手で頭をかいた。遠洋の船に乗っていたあいだ、記念日はたいてい海の上だった。陸に戻って毎年家にいるようになってから、かえって何をすればいいのか分からなくなったのだと、ゲンは言った。
海の上にいたころは、無線で「元気か」って言えば、それでよかったんだ。今は毎日顔見てるだろ。毎日顔見てる相手に、何を言えばいいんだ。
ほう。……ゲン、ちょうどええ。あれを観い。
竜山が湯呑みの先で、テレビを指した。画面の中では、旅から帰ってきた寅さんが、柴又の団子屋の茶の間で、きれいな人を前にすっかり舞い上がっていた。
『男はつらいよ』は、主演が渥美清、原作と監督が山田洋次(一部作品を除く)の、テレビドラマと映画のシリーズ。主人公は「フーテンの寅」と呼ばれる車寅次郎で、商売はテキ屋。ふらりと故郷の柴又に帰ってきては大騒ぎを巻き起こす人情喜劇で、寅さんは毎回、旅先で知り合った「マドンナ」に恋をする。[1]
寅はのう、惚れるのは上手いが、続けるのが下手な男じゃ。惚れた日の顔は、毎回ほんまにええ。じゃが、明日も同じ顔でおれるかというと、それができん。だから旅に出る。
……うっ。いや待ってくれ師範、まだ泣くとこじゃねえ。
ははは。お前はその逆じゃ。惚れた日のことは、たぶん、ろくに覚えとらんじゃろ。じゃが、二十年以上、帰ってきとる。それは寅にはできんかったことじゃ。
惚れた日のことは覚えてるぞ! 港でな、道に迷ってる、色の白いお嬢さんがいたんだ。俺、案内したんだよ。そしたら町じゅうで「ゲンがお嬢さんをさらってきた」って言われてよ。
その話は三回聞いた。ははは、何度聞いても、ええ話じゃ。
テレビの中で、寅さんがまた一人で旅の支度を始めていた。ゲンと竜山は、二人とも黙った。泣く場面が同じなのは、前から知っている。今日も同じところで、二人そろって湯呑みを持ったまま動かなくなった。
……一日だけの恋なら、俺はやっぱり、あの映画じゃのう。若いころ、映画館で観た。『ローマの休日』。
『ローマの休日』は1953年公開のアメリカ映画。グレゴリー・ペックとオードリー・ヘプバーンが主演し、ウィリアム・ワイラーが製作と監督を務めた。親善訪問でローマに来ていた某国の王女が、滞在先をこっそり抜け出す。そこで新聞記者と出会い、たった1日だけの恋をする。[2]
あの映画の二人は、一日しか持っとらん。じゃから、町を歩くのも、何かを食べるのも、全部が一回きりで、全部が贈り物になる。ゲン、お前は一日どころか、毎日を持っとる。毎日を持っとる者は、一日を贈り物にするのを、つい忘れるんじゃ。
一日を、贈り物にする……。物じゃなくて、一日か。
そうか、分かった。じゃあ記念日は、俺が一日、台所に立つ。朝から晩まで。シズカには何もさせねえ。
ほう。お前、飯は作れるんか。
魚はさばける! ……魚以外は、分からん!
ははは、正直でよろしい。ならば、献立は一つでええ。品数で勝負するな。初めて二人で食うたものは、何じゃった。
初めて……。港の食堂の、焼き魚定食だ。シズカ、魚の骨をきれいに外すんだよ。箸の先だけで。俺、見とれて、自分の飯が冷めた。
それじゃ。その日の朝に、お前が獲った魚を、お前が焼け。骨はお前が外して出せ。奥方ほどきれいには外れんじゃろうが、それでええ。
……師範、それ、ずるいって……!
玄関の戸が開く音がして、生成りのカーディガンのシズカが、買い物袋を両手に提げて入ってきた。竜山の姿を見ると、袋を置き、膝をついてきちんと頭を下げた。
竜山先生。いらしてたんですね。何もお出ししないで、失礼いたしました。
いやいや、ゲンに茶をもろうた。奥方、今日も肝の据わったええ顔じゃのう。
まあ。……ゲンさん、先生と何のお話をしていたんですか。さっきから、ずいぶん楽しそうな声が外まで聞こえていましたよ。
な、何でもねえ! 寅さんの話だ。な、師範。
ははは。寅さんと、ローマの話じゃ。
シズカは、ゲンの顔を静かに見た。それから、ふっと笑って、買い物袋から野菜を出しはじめた。
恋の映画のお話なら、私はこのあいだ、子どもたちと『おおかみこどもの雨と雪』を観なおしました。
『おおかみこどもの雨と雪』は、2012年7月公開のアニメーション映画。監督は細田守、制作はスタジオ地図。細田監督にとっては長編オリジナルの2作目で、脚本を自分で書いたのはこれが初めてだった。19歳の女子大学生が「おおかみおとこ」と出会い、恋をして、結婚し、子どもを産んで育てていく。物語はその流れで進む。[3]
若いころに観たときは、出会いのところばかり覚えていたんです。今は、台所の場面ばかり目に入ります。ごはんを作る手元とか、鍋から上がる湯気とか。……恋の映画って、観る年で、見えるところが変わりますね。
……台所の場面か。
ゲンは黙って、シズカの手元を見ていた。自分が海にいたあいだ、この台所を回していたのは誰だったか。竜山は湯呑みを置き、何も言わずに、庭の向こうの海のほうへ目をやった。
シズカ。……来週の、あの日な。一日、台所、俺に貸してくれ。
あらあら。ゲンさんが、台所を?
魚はさばける。あとは……これから覚える。
シズカは少しだけ目を丸くして、それから、子どもたちの前では見せない顔で笑った。竜山はそれを見て、満足そうにうなずいた。
庭の物干しで、子どもたちの体操服が潮風に揺れていた。もうすぐ、一番下の子が学校から帰ってくる時間だ。ゲンは立ち上がり、買い物袋の中の大根を一本つかんで、台所のほうを見た。来週までに、覚えることはたくさんある。
では、その前に、包丁の持ち方から。……でも今日は、まずは、ごはんにしましょう。先生も、召し上がっていってくださいね。
ははは、ええじゃないか。この家の飯は、どこの宿より旨い。