四本目は『レンズマン』じゃ。弟子どもには意外じゃと言われる。古典と時代劇の爺さんが、なんで宇宙の話を、と。ところがのう、俺はこれの話になると、自分でも分かるくらい早口になる。先に謝っとく。長うなる。展開は書かん。第1巻の入口のところまでじゃ。
本屋で見かけた宇宙
若いころ、本屋の棚で翻訳もののSFが目に入った。表紙には宇宙船。それまで読んどったのは軍記ものや剣豪小説ばかりで、宇宙なんぞ縁がないと思うとった。何の気なしに立ち読みして、そのまま一冊買うて帰った。その晩、布団の中で読み終えるまで眠れんかった。銀河をまたいで、善と悪が正面からぶつかる。道場で教わっとる勧善懲悪が、そのまま宇宙の大きさになっとった。好み
いま本屋で手に取りやすいのは、東京創元社の創元SF文庫じゃろう。出版社の紹介によると、小隅黎による完全新訳で、スペース・オペラのシリーズ全7巻。第1巻『銀河パトロール隊』の初版は2002年1月25日じゃ。事実[1]
同じページの著者紹介では、E・E・スミスはアメリカの作家で1890年生まれ。1928年に発表した長編第1作は『宇宙のスカイラーク』とある。俺より五十年も前に生まれた人が書いた宇宙の話を、86の俺がいまだに夜更かしして読んどる。物語というのは、ほんまに年をとらんもんじゃのう。事実[1]
好きな理由1:悪がはっきり悪い
第1巻の紹介文は、こう始まる。銀河系に跳梁する正体不明の宇宙海賊ボスコーン。それに立ち向かうのが、銀河文明を守るパトロール隊と、その精鋭であるレンズマンじゃ。事実[1]
どうじゃ、この分かりやすさ。悪は悪、善は善。近ごろの物語は、悪い者にも事情があって、善い者にも影があって、と複雑なのが多い。それはそれで面白い。じゃが、たまには腹の底から「行け!」と言える話が読みたいんじゃ。『レンズマン』は、それを一切ためらわずにやってくれる。読んどると、稽古のあとみたいに汗が引いていく気がする。好み
好きな理由2:正義の側が策を練る
ただの勧善懲悪で終わらんのがこの話のええところでのう。正義の側が、ちゃんと頭を使う。正体の分からん敵を、少しずつ、根気よく追いつめていく。力押しだけでは勝てん相手に、情報を集め、仲間を信じて手を打つ。善い者が策を練る話は、俺の大好物じゃ。解釈
善い策と卑怯な策の違いは何か。俺はずっとそれを考えとる。いまのところの答えは、「誰のために打つ手か」じゃ。自分の得のために相手を騙すのは卑怯。守るべきもののために相手の裏をかくのは策。この小説の正義の側は、いつもその線の内側におる。だから安心して、手に汗を握れるんじゃ。解釈
好きな理由3:新人が育っていく
紹介文によると、新人レンズマンとなったキムボール・キニスンが、新兵器を積んだ最新鋭艦で出撃するところから物語が動く。事実[1]
俺のいちばん好きな人物が、このキニスンじゃ。最初は新人。まっすぐで、度胸はあるが、まだ青い。それが戦いの中で、判断を任され、人を率いるようになっていく。道場で白帯の子が黒帯になるまでを、銀河の大きさで見せてもろうとる気分じゃ。若い者が育つ話には、どうしても身を乗り出してしまう。師匠や先輩が、若い者に何を渡し、何を渡さんのか。そこばかり読んでしまうんじゃ。好み
俺の見方:古典と同じ骨
古典好きがなんでSFを、とよう聞かれる。答えは簡単じゃ。骨が同じなんじゃ。軍記ものも、剣豪小説も、宇宙の大戦争も、人が何を守り、どう戦い、何を次に渡すかの話じゃ。舞台が戦国の山城か、銀河のかなたかの違いだけ。俺には、宇宙船の艦橋が、戦国大名の本陣と同じに見えるときがある。解釈
それに、宇宙の話は年寄りにええ。足腰は衰えても、頭の中では光より速う飛べる。八十を過ぎて遠くへ行くのが少し億劫になった日でも、この本を開けば銀河の端まで行ける。……すまん、また早口になっとった。好み
古いSFが苦手な人へ
古いSFは、言葉が硬かったり、出てくる機械が古めかしかったりして、とっつきにくいかもしれん。そういう人は、時代劇を読むつもりで読んでみなされ。宇宙船は軍船、光線銃は刀、銀河パトロールは奉行所じゃ。そう置き換えると、すっと入ってくる。
それと、全部を一気に読もうとせんでええ。まずは第1巻だけ。新人のキニスンが出撃するところまで読んで、「こいつを見届けたい」と思えたら、次へ進めばええ。俺は何度目かの読み返しのとき、一晩に一章ずつと決めた。そのほうが、銀河が広う感じられる。好み
ほかの5本とのつながり
『独眼竜政宗』で策士の美学を、『平家物語』で驕りの怖さを学んだ俺にとって、『レンズマン』は、その両方を銀河の大きさでもう一度見せてくれる本じゃ。『昭和元禄落語心中』では芸を継ぐ者の話に泣いたが、新人が育つ話という点では、キニスンも同じ棚に並んどる。古い話も新しい話も、俺は同じ物差しで読んどるんじゃな。好み
時代劇だと思って読めば、宇宙船は軍船で、銀河は戦国じゃ。骨が同じなら、どこまでも飛べる。
