この文章は、TVアニメ『3月のライオン』を第2シリーズの終わりまで観た人のための二周目の案内じゃ。まだの人はここで閉じてくれ。主人公が少しずつ顔を上げていく一周目の手触りは、先を知らんうちにしか味わえん。中盤からあとの出来事は、押さんと読めん箱に入れた。箱の外では書かん。
時代劇を下敷きにした主人公
まず俺が膝を打った話から。原作者の羽海野チカは、主人公の桐山零を描くとき、時代劇『居眠り磐音 江戸双紙』のシリーズを資料として渡され、つらく厳しい闘いでも終われば優しく迎え入れてくれる人がいるとまた頑張れる、という男の姿を参考にしたという。事実[1]
これを知って、腑に落ちた。この作品の骨は、時代劇の骨なんじゃ。外で斬り合いをして、帰る家で飯を食う。零にとっての斬り合いは盤の上で、夕飯の席は川向こうの明かりの中じゃ。二周目は、対局の場面と食卓の場面が、どう交互に置かれとるかを見てみなされ。一周目は対局の回を山場、食卓の回を息抜きだと思って観とった。二周目は逆に見える。食卓があるから、零は次の対局へ出て行ける。解釈
師範、それって剣道の試合のあと、家でごはん食べてやっと手が震えなくなる、みたいなこと?
そうじゃ。稽古場と飯の場、両方そろって一人前の暮らしじゃ。好み
川の両岸の地図
TVアニメはNHK総合で、第1シリーズが2016年10月から2017年3月まで、第2シリーズが2017年10月から2018年3月まで放送された。監督は新房昭之、アニメーション制作はシャフトで、話数は各22話じゃ。事実[2]
17歳の零は、中学でプロになり、六月町で一人暮らしをしとる。橋向かいの三月町に住む川本家と出会い、三姉妹と夕食を共にするようになる。事実[3]
第1話の副題は「桐山 零」と「河沿いの町」、第2話には「橋の向こう」という副題がある。事実[4]
二周目は、零が橋を渡る場面を数えてみなされ。どっちの岸からどっちへ渡るか、行きと帰りで足取りがどう違うか。一周目は風景として流しとった川が、二周目には零の心の境目に見えてくる。六月と三月。暦の上でも、二つの町は離れとる。題名の「3月」とつながる町に、零の夕食の席がある。解釈
契約という題の回
第5話には「契約」という副題がついとる。事実[4]
一周目は、題を気にせず観た。二周目は、この題を頭に置いて第1話から観てみなされ。零が将棋を指す顔を、一周目よりよう見ておきたくなる。解釈
中盤まで中盤の展開(幸田家のこと)押すと開きます
幼いころに交通事故で家族を失った零は、父の友人で棋士の幸田に内弟子として引き取られる。幸田は、実の子の香子と歩も弟子として育てるが、零がわざと手を抜いて負けとることにも気づかん二人に、勝負の世界で生きる資質がないと感じ、奨励会を無理やりやめさせる。夢を断たれた香子は深く傷つき、零は自分が幸田家を壊したという思いから、中学卒業を機に家を出る。
師匠が弟子に渡さんかったものの話じゃ。幸田は、零には将棋の道を渡し、実の子からは同じ道を取り上げた。俺はここで湯呑みを置いた。道場で、続けられん子に「やめてええ」と言うたことは何度もある。じゃが「やめろ」とは一度も言うとらん。言われたほうは、一生その声を抱えるからじゃ。二周目は、香子が零の部屋に上がりこんで毒づく場面を、この事情を知った目で観てみなされ。とげの一本一本に、取り上げられた道の重さがある。事実[5]
川向こうの年寄り
三姉妹の祖父の相米二は、和菓子屋の三日月堂の主で、将棋ファンでもあり、零の対局を気にかけとる。事実[6]
一周目は、口うるさくて孫に甘いじいさまとして笑って観た。俺と同じ年寄りじゃからのう。二周目は、この人が零を見るときの目つきに気をつけてみなされ。孫の客人を見る目とは、少し違う。作中の観察
中盤まで中盤の展開(相米二の昔)押すと開きます
相米二は、戦後の少年時代に両親と弟を亡くし、懸命に生きてきた。だから境遇の似た零に思い入れがある。
俺も、戦争が終わったばかりの下町で育った。あのころ、親を亡くした子は珍しくなかった。二周目に、川本家の食卓に零が座る場面で相米二の顔を観ると、あれは孫の友だちへのもてなしではなく、昔の自分に飯を食わせとるように見える。年寄りが若い者に渡せるのは、たいてい飯と、黙って座っとれる場所じゃ。事実[6]
盤の向こうの師匠たち
零の前に現れるA級棋士の島田開は、山形県の天童市近くの過疎化が進む山村の出身で、果実の収穫や酪農を手伝って奨励会への交通費を稼ぎ、プロになった苦労人。自他ともに認める努力の人じゃ。事実[7]
努力の人、って自分で認めるの、ちょっと好き。才能ないって言われても、やめない理由があるってことでしょ。好み
中盤まで中盤の展開(第1シリーズ)押すと開きます
零は、義姉の香子をめぐる因縁を持つ後藤との対局に気を取られるあまり、格上の島田を侮ってしまい、それを島田本人に見透かされて大いに恥じる。その後、島田と後藤の対局を見た零は、ひとつ殻を破って島田の研究会に加わる。
二周目に島田との最初の対局を観ると、島田は零を言葉で叱るより先に、盤の上で見透かしてみせとるように見える。恥じるのは零自身じゃ。そのあとで研究会という居場所がひらく。教えるより先に、席を用意する。俺が弟子に茶を出すのと同じ順番じゃと思うた。事実[7]
善い手と卑怯な手
俺の研究テーマは、善い策と卑怯な策の違いはどこにあるか、じゃ。この作品の第2シリーズには、その答えに近い場面がある。中身は箱の中に書く。好み
中盤まで中盤の展開(第2シリーズ)押すと開きます
新人王トーナメントの対局中に二海堂が倒れ、重い腎臓の病気を隠しながら将棋を指し続けていたことが分かる。零は、相手の山崎が自分の力を尽くさず、千日手に持ちこんで二海堂を棄権に追いやったことに怒りを燃やし、決勝で山崎を破って新人王になる。
千日手は、ルールの内の手じゃ。反則ではない。じゃが、自分の力を尽くさず、病を抱えた相手を棄権に追いやった。ルールの内でも、力を尽くさん勝ち方は卑怯じゃ。零の怒りは、勝ち負けの怒りではなく、筋の怒りじゃった。二周目は、二海堂がいつも執事の花岡を連れとる場面を、第1シリーズから拾い直してみなされ。何も言わずに付き従う人が、ずっと画面の端におる。事実[8]
……その話、私、剣道で同じこと思ったことある。ルールの中ならいいって顔されるの、一番むかつく。好み
むかついてええ。じゃが、自分はやらん、と決めとけばそれでええ。礼が先、勝ち負けはあとじゃ。好み
最初の副題と最後の副題
最後に、副題をもう一度。第1話の最初の副題は主人公の名前そのもの、「桐山 零」じゃった。最終話の副題は、箱の中に書いておく。作中の観察
結末・正体最終話押すと開きます
第2シリーズの最終話、第44話の副題は「もうひとつの家」と「三月町の子」。
第1話で、零は自分の名前だけで呼ばれとった。どこの子でもない、ひとりの棋士じゃ。最終話の副題は、川向こうの町の名前を持つ子、という題じゃ。もうひとつの家、という言い方もええ。幸田の家を消して、新しい家に乗り換えたのではない。家がもうひとつ増えた。二周目は、最初と最後の副題を並べてから観始めるとええ。俺には44話が、名前だけだった少年が町の名前を持つまでの道のりに見える。事実[4]
二周目は、第1話で画面に川が映るたびに一度止めて、向こう岸に何があるかを確かめておきなされ。この物語は、あの川を何度渡るかの話じゃ。