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タクシーに乗ると、運転手さんとどこまで話すか、ちょっと迷う。この作品は、その「ちょっと迷う距離」の会話でできている。6選の2本目は『オッドタクシー』。展開には触れず、僕が耳をすませた場所だけを書きます。
どんな作品か
企画・原作はP.I.C.S.、監督は木下麦さん、脚本は此元和津也さん。事実[1]
音楽はPUNPEEさん、VaVaさん、OMSBさん。アニメーション制作は、P.I.C.S.とOLMの二社です。事実[2]
主人公はタクシー運転手の小戸川。彼の車に乗ってくるのは、どこかクセのある客ばかりだ。作中の観察
小戸川は口数が少なく、人とあまり関わろうとしない。仕事中はラジオを聞き、落語も好んで聞く。作中の観察
出会いは深夜の帰り道のあと
観はじめたのは、働き始めて何年かたったころ。残業で終電を逃し、めずらしくタクシーで帰った夜があった。運転手さんと天気の話を二言三言だけして、あとは黙って窓の外を見ていた。家に着いてから、なんとなく「タクシーの話」を探して、この作品に行き着いた。
登場人物はみんな動物の姿で描かれている。最初は、正直に言うと、ゆるい雰囲気の作品だろうと思っていた。一話目の会話を聞いているうちに、その思いこみは静かに消えた。ゆるいのは絵の輪郭で、会話の温度はかなり低くて、乾いている。作中の観察
好きな理由その一:車内という閉じた舞台
タクシーの中では、二人は横に並ばない。運転手は前を向き、客は後ろに座る。顔を見て話さない会話は、言葉の選び方がどこか正直になったり、逆に取りつくろったりする。ルームミラー越しの視線や、信号待ちの沈黙が、そのまま会話の一部になっている。解釈
僕が惹かれるのは、この作品が車内の会話を「情報の受け渡し」としてだけ扱わないところだ。客が降りたあとの、小戸川ひとりの車内。そこに流れるラジオの声まで含めて、一つの場面になっている。作中の観察
小戸川が聞くのが、落語とラジオだというのも、僕にはうれしい設定だ。どちらも、目ではなく耳で受け取る語りだから。仕事中は客の話を聞き、休みの時間も誰かの語りを聞いている。この作品の主人公は、何よりもまず「聞く人」なんだと思う。だから観ている僕も、自然と耳のほうから作品に入っていける。解釈
その二:車の外でも街は動いている
物語の多くは小戸川の車の中で進むけれど、彼が乗せていない時間にも、ほかの人たちの暮らしは動いている。視点が車の外に出ると、さっきまで後部座席にいた人にも、それぞれの暮らしがあるのが見えてくる。同じ街を、運転席からと歩道からと、二つの高さで眺めている感じがする。解釈
群像劇って、人が多くて名前を覚えるのが大変そう。私、途中で誰が誰だかわからなくならないかな。
それ、僕もなった。二周目に整理したくなったのは、まさにそれが理由で。……でも一周目は、覚えなくていいと思う。小戸川が覚えている人だけ覚えておけば、だいたい足りる。
主人公と同じ量だけ覚える、ってことか。それなら、私でも乗れそう。
うん。むしろ、そのほうが彼の車に乗っている感じがすると思う。いま言われて気づいた。
その三:会話の「間」と音
返しの間合いが、人物ごとに違う。すぐに受ける人もいれば、一拍おいてから返す人もいる。その置き方の違いで、誰が話しているか、目を閉じてもわかる気がしてくる。作中の観察
それから、僕はこの作品の会話に、漫才の掛け合いに近いリズムを感じる。同じ返しが少しずつ形を変えて戻ってくると、それだけで嬉しくなってしまう。複雑な話の中に、単純な繰り返しの気持ちよさがある。僕が一番弱いところを、ちゃんと突いてくる。好み
二周目は乗車記録をつけた
二周目では、話ごとに「誰が乗って、どこからどこまで行ったか」だけを一行ずつ書いた。会話の中身は書かない。乗車記録だけを並べると、街の地図の上に線が引かれていく。小学校のころ、読んだ物語の場所と出来事を線でつないで地図をつくっていたのと、同じことをしている自分に笑った。
一周目は小戸川と同じ席で聞いた会話を、二周目は少し上から、地図として眺める。どちらが正しい見方ということはなくて、同じ会話を、席を変えて二度聞けるのが、この作品の贅沢さだと思う。解釈
これから観る人へ
動物の絵柄に気が向かなくても、一話目の車内の会話だけ聞いてみてほしい。ながら見より、イヤホンで、台詞の間に耳をすませるのがおすすめです。人の多さに疲れたら、小戸川が覚えている人だけ覚えておけば大丈夫。好み
ほかの5本とのつながり
同じ部屋の会話を楽しむ感覚は『STEINS;GATE』の研究所から、日常の小さな引っかかりを手放さない感覚は『氷菓』から続いている。この作品は、その二つを夜のタクシーに乗せてくれた。
一周目は運転席の隣で聞き、二周目は乗車記録だけを地図に書いてみる。