『すずめの戸締まり』を観直しました。一周目の私は、次の扉がどこにあるのか、旅がどこで終わるのかばかり気にしていました。二周目は行き先を知っています。だから今回は、道中で耳に入る言葉を聞くことにしました。最後まで観た人向けのノートで、展開と結末にふれるところは畳んであります。一緒に観たのは、旅先で聞いた話を交換し合う旅人仲間の竜山さんです。竜山さんは土産話を、私は本を増やして帰ってくるのが、二人のいつもの旅の決まりです。
二周目を始める前に
2022年に公開されたアニメーション映画で、脚本・監督は新海誠さん。日本各地の廃墟に点在する、災いの出口である「扉」を閉じていく少女の、解放と成長を描くロードムービーです。事実[1]
宮崎県が冒頭の舞台になった理由について、新海監督は、宮崎が日本神話の始まりの場所だから、と答えています。主人公の鈴芽の名前は、日向神話のアメノウズメノミコトの「ウズメ」から取ったそうです。事実[2]
神話の始まりの土地から旅に出るんじゃな。ははは、ええじゃないか。旅の始めどころとしては、これ以上ない。解釈
道中で変わる言葉
鈴芽を育てた叔母の環は宮崎弁を話します。鈴芽はフェリーで愛媛に渡り、そこで出会う同い年の千果は伊予弁を話す。神戸へ向かう手助けをしてくれるルミは、神戸に住む関西弁の母親です。旅はそのあと東京へ続きます。事実[3]
二周目の見どころの一つめは、この言葉の移り変わりです。鈴芽が土地を移るたびに、まわりの人の話す言葉が変わっていく。地図の上の線で旅をたどる代わりに、耳で旅をたどることができます。私は知らない町に着くと、まず駅や店先で人の話し声を聞くようにしています。言葉の調子が変わると、本当に遠くへ来たのだと体が分かる。この映画は、その感覚をそのまま道中に敷いているように見えました。解釈
わしも旅先では、まず土地の言葉で道を聞くことにしとる。上手に話せんでも、向こうが笑ってくれれば、それで半分は着いたようなもんじゃ。好み
愛媛の千果は、家族で営む民宿で働いていて、鈴芽の宿と食事の世話をしたうえ、別れ際には、制服では目立つからと自分の私服を譲ります。事実[9]
一周目は、旅の途中の小さな親切として通り過ぎていました。二周目は、鈴芽の服が変わる場面に気づくと、それまでの道中で誰から何を受け取ってきたのかが、服の上に重なって見えてきます。旅先で人から渡されたものは、荷物を増やすのではなく、帰り道を軽くしてくれる。私の本棚の旅先の本たちも、たぶん同じ役目をしています。解釈
扉を閉めるときに聞こえる声
扉は、人の営みが途絶えた廃墟に現れます。最初の戸締まりの場面では、草太が何かを唱えたとき、たくさんの温泉街がにぎわっていたころの人々の声が鈴芽の耳に入り、二人は扉を閉めることに成功します。事実[4]
二周目の見どころの二つめは、扉が閉まる直前に聞こえてくる声です。一周目の私は、扉を押す手の力ばかり見ていました。二周目は、その場所でかつて暮らしていた人たちの声のほうを聞きました。扉を閉めるのは、力ずくの作業ではなく、その場所の昔を一度思い出してから、そっと戸を引く作業なのだと思います。解釈
古い家を閉めるとき、わしの田舎でも、手を合わせてから雨戸を引いたもんじゃ。あの場面は、それを思い出したのう。好み
脚の欠けた椅子
鈴芽が幼いころに使っていた小さな椅子は、母の椿芽が手作りして誕生日に贈ったものです。脚が一本欠けています。旅の相棒の草太は、ある出来事でこの椅子の姿に変えられてしまいます。事実[5]
二周目の見どころの三つめは、椅子の歩き方です。三本の脚で、転びそうになりながら走る。一周目は、ちょっと可笑しい場面として笑っていました。二周目は、欠けた脚のまま旅を続ける椅子が、欠けたものを抱えたまま暮らしてきた鈴芽の姿に重なって見えます。解釈
冒頭の夢
映画は、鈴芽が見る夢から始まります。幼い少女が、廃墟も立ち並ぶ草原をひたすら歩き、母を探しても見つからず、疲れ果ててうずくまる。そこへ一人の女性が歩いてくる。鈴芽はその瞬間に目を覚まします。扉の向こうの世界には、広い草原と、すべての時間が混ざりあった空が広がっていました。事実[6]
結末・正体結末押すと開きます
旅の終わりに、鈴芽は幼いころの家の跡地近くで、日記帳を見つけます。3月11日からのページは黒く塗りつぶされていましたが、最後のページには、夢で見た光景と、かつて幼い鈴芽を常世へ導いた一枚の扉が描かれていました。扉の向こうで、鈴芽は常世に迷いこんだ幼い自分に出会い、夢で見た白い服の姿で駆け寄ります。泣きながら母を探す幼い自分に、自分は鈴芽の明日だと答えて、三本脚の椅子を手渡します。事実[7]
結末・正体結末を知ってから押すと開きます
ここまで観てから冒頭に戻ると、夢の中で歩いてくる女性が誰なのかを、二周目の私たちは知っています。一周目は答えの出ない夢だった場面が、二周目には、映画の最後の場面を先に見せていた予告に変わる。四つめの見どころは、この冒頭の夢を、結末の場面と同じ気持ちで観ることです。母を探していた子どもを迎えに来たのは、大きくなった自分自身だった。私はそこで、旅の目的地が地図の上ではなく、時間の向こうにあったのだと気づきました。解釈
出がけの言葉と帰りの言葉
結末・正体結末(続き)押すと開きます
すべてが終わり、鈴芽は「行ってきます」とつぶやいて扉を閉めます。草太と別れ、二人でたどった道を、環たちと一緒にたどって帰る。数か月後のある2月の朝、通学路で、会いに来た草太の姿を見つけた鈴芽は「おかえり」と声をかけます。事実[8]
結末・正体結末を知ってから(続き)押すと開きます
出がけの言葉で扉を閉め、帰りの言葉で人を迎える。どちらも毎日の暮らしで交わす、いちばん短い言葉です。行きの道を、帰りにもう一度同じ順にたどる旅の終え方も、旅人として深くうなずきました。帰り道でしか見えない景色があるからです。解釈
行ってきます、と、おかえり。わしも、旅から戻るたびに道場の戸を開けて、誰もおらんでも言うとる。ははは、言わんと、帰ってきた気がせんのじゃ。好み
私は旅先で買った本を一冊ずつ棚に並べて、それを自分への「おかえり」にしてる。次の旅は、竜山さんの土産話から行き先を決めようかな。好み
二周目は、旅先で耳に入る言葉を一つずつ手帳に書き出して。言葉が変わるたびに、鈴芽の旅の距離が聞こえる。