アニメ・漫画の豆知識

『バック・トゥ・ザ・フューチャー』と冗談にされたメモ

1985年の映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』には、題名の変更案を「冗談として」受け流すメモが返されたという逸話があり、最後の「つづく」はビデオになってから足されました。土曜のバッティングセンターで、ユウリとカオルが順番と間の話をしました。

こんな人に
時間旅行ものが好きな人、映画が作られるまでの回り道や、冗談ひとつで流れが変わる話が好きな人へ。
ネタバレの範囲
ネタバレなし 『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(1985年の映画)の始まりの設定(マーティが事故で1955年へ行き、両親の出会いを邪魔してしまう)と、企画から公開後までの作り方の逸話まで。過去から戻れるかどうかと結末には触れません
話している人
ユウリ × カオル
主張の種類: 事実 作中の観察 根拠のある推測 解釈 好み
目次 全5節・約5分
  1. 旅は事故で始まる
  2. おとなしすぎて きわどすぎる
  3. 冥王星から来た宇宙人
  4. 昼はテレビ 夜は映画
  5. 「つづく」は後から来た

土曜の昼、バッティングセンターの休憩所。二十球を打ち終えたカオルが、ベンチのユウリの隣に座りました。今日のユウリは大道芸の出番がない日で、衣装ではなく平日と同じ眼鏡にセーター。二人がいつも数えている「笑いの間」の話が、なぜか一本の映画の作られ方に流れていきました。

旅は事故で始まる

『バック・トゥ・ザ・フューチャー』は1985年のアメリカ映画です。監督はロバート・ゼメキス、脚本はゼメキスとボブ・ゲイル。1985年の高校生マーティが、友人の科学者ドクが車のデロリアンを改造して作ったタイムマシンで、思いがけず1955年へ飛ばされてしまいます。そこで彼は、若い日の両親が出会うきっかけを、自分の手で邪魔してしまう。物語はここから動きだします。事実[1]

カオル

これ、雨で試合が流れた日曜に、家族みんなで観たわ。お母さんが自分の息子に惚れてまうとこで、兄ちゃんが麦茶むせてな。好み

ユウリ

その「思いがけず」のところが、僕はいちばん好きなんです。好み

ゲイルとゼメキスがこの映画を思いついたのは1980年のことです。二人が決めたことは二つ。タイムマシンを作るのは大きな会社でも国でもなく、ひとりの人間であること。そして過去へ飛ぶきっかけは、事故であること。主人公が自分の得のために時間を旅するようには見せたくなかったからです。事実[1]

ユウリ

もしマーティが自分で行き先を選んでいたら、僕らは最初から、彼が何をたくらんでいるのかを疑いながら観ることになります。事故で放り出されるから、観ている側も、彼と同じく何も知らないまま古い町に立てる。最初の一手を事故にしたのは、観客の立ち位置を決める一手だったように思います。解釈

カオル

ボケを先に出すか、ツッコミを先に出すか、みたいな話やな。順番ひとつで、客の顔が変わる。解釈

おとなしすぎて きわどすぎる

脚本は、すぐには通りませんでした。当時よく当たっていたのは下品な笑いの多いコメディで、それに比べるとおとなしすぎる、と見られたのです。一方でディズニーは、マーティが未来の母親に言い寄られるのを断る筋が、自分たちの看板にはきわどすぎるとして手を引きました。事実[1]

カオル

おとなしすぎる、と、きわどすぎる。同じ紙の束で、真逆のこと言われとるやん。作中の観察

ユウリ

一枚の紙が、読む人の立っている場所で反対の意味になる。研究室の査読でも、ときどき起きます。好み

冥王星から来た宇宙人

撮影の準備が進むころ、スタジオ側の重役は、この題では観客の心をつかめないとみて、題を Space Man from Pluto、日本語にすれば「冥王星から来た宇宙人」に変えるなどの注文を出しました。ゲイルとゼメキスは、相手の機嫌を損ねずに断る方法が見つかりません。そこで製作総指揮のスティーヴン・スピルバーグが、重役に一通のメモを送ります。「ユーモアたっぷりのメモをありがとう、みんなで大笑いしたよ」。本気の提案だったとは言い出しにくくなる返事でした。もっとも重役本人は、のちにこの話をでたらめだと否定しています。事実[1]

カオル

これ、返しのお手本やで。相手の本気を、わざと笑いとして受け取る。受け取られた側は、もう「本気でした」とは言われへん。解釈

ユウリ

言葉の意味が、言った人ではなく、受け取った人の順番で決まってしまう。……そう聞くと、少し怖い話でもありますね。解釈

カオル

怖いで。だから使うのは、相手が笑って引ける時だけ。ほんまに怒っとる人にやったら、ただの失礼や。好み

ほかの注文のいくつかは、受け入れられました。脚本で「ブラウン教授」だった呼び名は「ドク」に、メグという名だったマーティの母はロレインに、ドクが飼っていたチンパンジーは犬に変わっています。事実[2]

ユウリ

教授がドクになる。それだけで、白衣の先生から、近所の変わり者のおじさんに近づいて見えます。解釈

カオル

チンパンジーのままやったら、私たぶん、猿のほうばっかり見とったわ。好み

昼はテレビ 夜は映画

マーティ役の第一候補は、はじめからマイケル・J・フォックスでした。ただ、彼が出ていたテレビのコメディ『ファミリータイズ』は、共演者が産休に入っていて、フォックスが番組を支えている時期。掛け持ちは認められず、エリック・ストルツで撮影が始まります。しかし数週間で役は替わり、最終的にフォックスが演じることになりました。フォックスは昼にドラマを撮り、夜は映画の撮影へ。家に帰り着くのが真夜中を過ぎるのは、珍しくなかったといいます。事実[2]

カオル

昼と夜で別の現場か。……ちょっとだけ、分かる気ぃするわ。好み

ユウリ

僕もです。……さあさあ、お立ち会い! 昼はお茶の間の人気者、夜は時を駆ける高校生、一人二役の大熱演に盛大な拍手を……失礼。咳払いをさせてください。

カオル

出た、口上。今日、衣装着てへんのに。

カオル

でもな、昼のドラマで鍛えた間って、夜に持っていけるんちゃうかな。疲れてても、間がええ人は間がええねん。打席と同じや。解釈

「つづく」は後から来た

劇場で公開した時点では、続編は予定に入っていなかったのです。のちに家庭用のビデオで発売されたとき、映画の最後に、「つづく」を意味する TO BE CONTINUED の文字が足されます。劇場版には無かった一行です。事実[1]

カオル

うちにあったビデオ、最後にそれ出とったわ。私、ずっと最初からついてるもんやと思ってた。好み

ユウリ

同じ最後の場面でも、劇場で観た人にとっては結びで、ビデオで観た人にとっては予告になる。たった一行の文字を、どこに置くかだけで、終わり方の意味が入れ替わるんです。解釈

カオル

劇場組は、つづくって言われる前に、家に帰ってもうてたわけや。作中の観察

カオル

ほな、もう二十球打ってくるわ。ユウリくん、空振りから一本目の当たりまでの間、数えといて。

ユウリ

承知しました。最初の空振りは、事故ということにしておきます。

『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の最後の「つづく」は、ビデオになってから足された一行。劇場で観た人とビデオで観た人とで、同じ結びが別の意味を持つ。

この記事の作品

話した人 ユウリ 平日は物静かな数学者、休日は陽気な道化師 ユウリの記事をもっと読む →

次に読む

記事一覧へ

ページの先頭へ