毎週同じ曜日、同じ時間に、続きのアニメがやってくる。ガクが今回とり上げたのは、国産の30分アニメが「毎週」やってくる仕組みが、どうやって始まったか、という話です。
毎週同じ時間に、続きの動く絵が届くんですか? 吟遊詩人でも、そんなに毎週新しい歌は作れません!
元日の夕方に始まった
元日なんだ。お正月の夕方に、家族でテレビの前にいたのかな。
放映はフジテレビ系。制作は虫プロダクションで、モノクロ、1話24分。1963年は火曜の18時15分から、1964年からは土曜の19時からの放送になり、1966年12月31日までに193本が作られました。事実[1]
4年間、ほとんど毎週。193本って、数えるだけで息切れしそう。
毎週間に合わせるという発明
そこなんだよ。公式の紹介によると、手塚治虫は当時一般的だったアニメの作り方を見直して、徹底的な省力化をはかった新しい制作システムを考え出した。さらに、すでに子どもたちに人気だった漫画『鉄腕アトム』を原作にした。それで、それまで不可能と思われていた30分のシリーズを実現したんだ。事実[2]
町内会の回覧板でたとえるとね。年に一度の立派な記念誌をつくるのと、毎週かならず届く回覧板をつくるのとでは、必要な段取りがまるで違う。一度きりの豪華さより、続けられる仕組みのほうを先に設計した。僕はそこに制度の面白さを感じる。解釈
それって、ふるさとの魔法使いが、毎晩の幻術のために、使い回せる呪文の型を先に用意しておくようなものですか?
近いけど、ここが違って。呪文を一つ使い回すというより、作り方の段取りそのものを組み替えたところが大きいんだと思う。だから毎晩じゃなく、毎週を続けられた。解釈
毎週届くものって、安心するよね。今日は何曜日だから、あれがある、って。好み
そうか。作る側の仕組みの話ばかりしていたけど、受けとる側にとっては、暮らしのリズムが一つ増えたってことなんだな。解釈
虫プロダクションの最初の一本
漫画『鉄腕アトム』の作品ページには、1963年から、手塚治虫が設立した虫プロダクションの商業アニメ第1号として、毎週30分のテレビアニメの放映が始まったと書かれています。原作の漫画は、1952年から1968年まで月刊の少年誌で連載されていました。事実[3]
漫画の連載が続いているあいだに、アニメも毎週動いていたんだ。
そう。同じ主人公が、月に一度は誌面で、週に一度は画面で暮らしていたことになる。読者にとっては、アトムに会える回数がぐっと増えたんじゃないかな。根拠のある推測
観るならどこを
ガク、もし私がいま一話だけ観るなら、何を見ればいい?
背景の説明は置いといて……絵が「どれくらい動いているか」より、「どこで止まっているか」を見てほしい。止めても伝わるように組み立てた工夫が、省力化の正体の一つだと僕は思っている。解釈
止まっているところを探すアニメ鑑賞。それなら、疲れた夜でもできそう。
うん。知識はなくていい。止まった一枚の絵の前で、ナギが何を感じたかを、あとで僕に教えてほしい。
止まっている一枚を探すアニメ鑑賞。シオルも、ナギさんと一緒にやってみたいです。
国産初の「毎週30分のテレビアニメ」は、1963年の元日に始まった。続けるための仕組みを先に考えた人がいたから。