レンが持ってきた手順の紙は、前に渡したものより半分の長さになっていた。イツキは鉛筆で一か所だけ丸をつけ、そこで手を止めた。入口のほうから、張りのある声がした。
おう、朝のゴミ拾いの兄ちゃんじゃないか。今日は本を抱えとらんのう。
竜山さん。稽古の帰りですか。よかったら、ここ空いてます。こちら、店の常連のレンさんです。
竜山は座るなり、上着のポケットから小さなゲーム機を出して、テーブルに置いた。画面には、古い酒場の絵が映っていた。
いま、ルイーダの酒場で仲間を選んどるところでな。四人で旅に出るんじゃが、誰を連れていくかで、もう三日迷うとる。[1]
『ドラゴンクエストIII そして伝説へ…』はファミリーコンピュータ用で、日本では1988年2月10日発売。仲間は酒場で登録して、最大4人のパーティーを組む
すみません、いま、ルイーダって聞こえて……! ドラクエですか。
隣の二人席で一人でオムライスを食べていた若い人が、スプーンを持ったまま振り向いていた。竜山は笑って、空いている椅子を引いた。
おう、座りなされ。旅は道連れじゃ。
ハルです。僕はXIが好きで。酒場で選んだことがないんです。旅をしてたら、勝手に増えていくので。
そこ、仕組みがまるで違うんですよ。IIIは、物語に出てくる人じゃなくて、自分で作った仲間を連れていく。[2]
そうじゃ。だから、出かける前に勝負の半分は決まっとる。勇者のほかに選べるのは三人。俺は戦士と僧侶と魔法使いじゃ。建付けがいい家は、あとで直さんで済むからのう。
思ったより、まっすぐな組み方なんですね。竜山さんなら、もっと変わった組み方をするのかと思ってました。
策じゃよ。しかも途中で神殿に寄って、魔法使いを戦士にする。呪文を覚えたまま、重い剣も振れる。強い者ほど、手の内を二枚持っとるもんじゃ。[1]
ダーマの神殿で、勇者以外の仲間は別の職業に「転職」できる。魔法使いが戦士に転職すると、呪文と重い武器の両方を使える
うわ、ずるい。いや、ずるくないです。賢いです。
竜山さんのやり方は、人選と配置で先に勝つ型ですね。ハルさんは?
僕は、とりあえず進みます。勇者の生まれ変わりだって言われる主人公なので、もう行くしかないというか。[3]
『ドラゴンクエストXI 過ぎ去りし時を求めて』は2017年7月29日発売。主人公は、勇者の生まれ変わりとされる若者
それで、レベルは足りてるんですか。
足りてないです。ボスで全滅して、戻って、また行く。高校のとき、受験勉強の合間にそれを毎晩やってました。戦闘がじっくり選べるターン制だから、負けても考え直せるんです。[4]
ほう。負けてから作戦を立てる口か。
はい。それに、寄り道した村で、思ってもない人が仲間になったりする。選んでないのに、出会っちゃうんですよ。それが好きで。
イツキさんは? ポケモンだと、また話が変わりそうだけど。
僕は、仲間は選ぶより捕まえる側でした。草むらで出会った子に、ボールを投げる。最初に三匹から一匹だけ選ぶ以外は、ほぼ出会い任せです。[5]
『ポケットモンスター 赤・緑』はゲームボーイ用で、1996年2月27日発売。最初のポケモンは3匹から1匹を選ぶ。野生のポケモンにはボールを使って捕まえる
酒場もなしに、草むらで仲間集めか。川で魚をすくうようなもんじゃな。
最初のころのポケモンは、一本だけだと全部の種類が集まらないように作ってあるんです。図鑑を埋めたいなら、別の版を持っている人と交換するしかない。[6]
そうなんです。集めて、育てて、交換して、対戦する。ひとりで完成しないゲームなんです。小学生のころ、友だちとケーブルをつないで、教室の後ろで交換しました。[5]
シリーズの柱になる「収集・育成・交換・対戦」は、この作品の時点でそろっていた
交換に出す子、迷いませんでした? 僕、育てた子を手放すの無理かも。
迷いました。でも、手放した子が向こうで強くなってると、ちょっとうれしかったんです。いまの仕事も、そんな気がします。読み終えた本を、次に読む人へ回すので。
手放したもんが、よそで強うなる。弟子と同じじゃ。うちを出ていった者が、よその町で子どもらに型を教えとる。……それは内緒じゃ。本人には言うとらん。
えっ、言ってあげたら絶対喜びますよ。……いまの、なし。言わないで見てるのも、応援ですよね。
レンさんは、どっち派なんですか。
僕は、どっちも先に全部調べるほうだった。数字を表にして、いちばん無駄のない順番を決めてから旅に出る。中学のころ、それで友だちに「遊んでるのか働いてるのか分からない」って言われた。
工程を組んでから家を建てる職人じゃな。悪うない。段取りのええ者は、現場で慌てん。
レンが紙ナプキンを一枚取って、ペンで三本の線を引いた。それぞれの先に、小さく「選ぶ」「出会う」「交換する」と書いた。
並べると、性格が出てる気がするんです。竜山さんは、旅の前に人を選ぶ。IIIは職業がたくさんあって、控えの仲間も酒場に置いておける。だから、選ぶ人の腕がそのまま出る。[1]
IIIの職業は、戦士・武闘家・僧侶・魔法使い・商人・遊び人・盗賊・賢者など。酒場に控えの仲間を置いておける
ふむ。ところが道場は来る者拒まずじゃ。どう見ても堅気じゃない男も、黙って受け入れた。人生で選べんぶん、ゲームくらい選ばせてくれ。
あ、それ逆なんだ。僕は普段こそ計画を立てるんです。旅の計画はノート一冊ぶんあります。で、当日はだいたい計画どおりに行かない。
それは計画じゃなくて、出会いの準備ですね。
ポケモンって、強い子を一匹そろえるより、相手を見て出す子を替えるのが面白いんです。全部に勝てる子なんていないっす。だから、いろんな子を連れていく。
それ! 僕、そこはずっと一番強い子で押し切ってました。
僕は最初に仕組みを全部読む派です。でも最近は、読まないで進む区間を一つだけ残すようにしてる。知らないまま驚ける場所って、あとから作れないから。
ええ質問じゃ、と言いたいところじゃが、質問じゃなかったのう。お前さん、それは手順書の空欄の話じゃろう。
……どうして分かるんですか。
さっき竜山さん、レンさんの紙をずっと見てました。答えを書いてない欄があるの、すぐ気づいてましたよ。
料理が来ても、話は終わらなかった。ハルは、仲間が勝手に増える旅の楽しさを、オムライスの残りを食べるのも忘れて話した。竜山は、四人の職業をどう組むかを、ハンバーグを切りながら真剣に考えていた。
決めた。このテーブルで組むなら、ハルは勇者じゃ。前に出て、全滅して、また来る。レンは賢者。イツキは僧侶じゃな。人のぶんまで抱えて歩く。
竜山さんは?
武闘家に決まっとろう。今朝も稽古してきたばかりじゃ。
じゃあ今度の土曜の夕方、店でカードのほうのポケモンを一戦やりませんか。デッキは僕のを貸します。四人ぶん、あります。
行きます! ……あ、日にちを忘れないように、いまメモします。
ハルはスマートフォンに時刻を打ちこみ、念のため、レンが三本線を引いた紙ナプキンの端にも書いた。竜山はその紙ナプキンをたたんで、ゲーム機と一緒に上着のポケットにしまった。