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二周目

二度目の『リズと青い鳥』は題名を疑って観る

一度目は、二つの足音に耳をすませた。二度目は、題名に入っている二人のどちらが誰なのかを疑いながら、音楽の曲名と、笑顔の作り方と、同じ声を聞き直す。結末まで観た人向けの、色と音の見直しノート。ネタバレは畳んである。

本文含有直到結局的劇透

範圍『リズと青い鳥』の結末まで(映画本編すべて)

這是寫給看完作品、想在二周目看得更有趣的人的文章。中段展開與結局、真相的細節都折疊起來,點擊才會顯示。

適合這樣的人
『リズと青い鳥』を最後まで観た人へ。二度目を、音と画面と笑顔の作り方から観直したい人に。
劇透範圍
會提及結局 『リズと青い鳥』の結末まで(映画本編すべて)
發言的人
Iroha × Sui
主張的種類: 事實 作品中的觀察 有依據的推測 解讀 喜好
目錄 共 13 節·約 13 分鐘
  1. もう一度ノートを開く
  2. 同じ声が二人を演じている
  3. 曲名が書いてあるノート
  4. 笑顔は距離をつくる
  5. ハッピーエンドがいいと言う人
  6. 四つの楽章
  7. 二人のほかにいる子たち
  8. 窓から届く光
  9. どちらがリズでどちらが青い鳥か
  10. 帰り道の足音
  11. 色をつくった人たちの名前
  12. 見られている感じ
  13. 二度目を観る人へ

『リズと青い鳥』を観直しました。一度目は、二人の足音のずれに夢中でした。二度目は、少しいじわるな観方をしてみます。題名にいるリズと青い鳥、そのどちらが誰なのかを、最初から疑ってかかる。そうすると、音楽の曲名も、笑っている顔も、同じ声も、ぜんぶ違う色で見えてきました。結末にふれるところは畳んであります。まだ観ていない人は、開かずに閉じたままにしてください。

もう一度ノートを開く

京都アニメーションの作品ページによると、監督は山田尚子さん、脚本は吉田玲子さん。原作は武田綾乃さんの小説『響け! ユーフォニアム』シリーズの一冊です。事實[1]

一度目に観た帰り、私はノートに、好きだった場面の色だけを書きました。朝の廊下の水色、音楽室の白、絵本の世界の明るい黄緑。二度目は、そのノートを膝に置いて観ました。色の並びが、二度目にはどう変わって見えるのか。同じページに、今度は別の色のペンで書き足していくつもりで。喜好

Sui

イロハのノート、二色になるんだね。一度目の色と、二度目の色。

Iroha

うん。今回は、スイにも隣で観てほしい。私はまた画面と音に夢中になって、人の気持ちを読み落とすと思うから。

Sui

じゃあ私は、二人が何を待っているかを見てる。名前はつけないまま。

同じ声が二人を演じている

作品ページのキャスト欄を見ると、鎧塚みぞれは種﨑敦美さん、傘木希美は東山奈央さん。そして劇中の絵本の世界の二人、リズと少女は、本田望結さんが一人で演じています。事實[2]

一度目、私はこのことを知らずに観ていました。二度目は知ったうえで、絵本の場面の声だけに耳をすませました。リズの声と、少女の声。同じ人の声なのに、ちゃんと二人に聞こえる。でも、どこかで溶け合っているようにも聞こえる。作品中的觀察

これはとても大事な仕掛けだと、私は受け取りました。声で役を分けていないということは、声を手がかりに「こちらがあの子」と決めることができない、ということです。題名の二人のうち、どちらが誰に重なるのか。その答えを、作り手は声で先に教えてくれない。二度目は、この同じ声を、答えを保留にしておくための音として聞きました。解讀

曲名が書いてあるノート

公式サイトには、サウンドトラックの曲名が並んでいます。一枚目は牛尾憲輔さんの音楽で、曲名が欧文の単語をカンマで区切った、ちょっと変わった形をしている。一曲目は「wind,glass,bluebird」。そして「décalcomanie」という言葉が、何度も出てきます。印のついた曲は使われなかった曲だ、という注記まであります。事實[3]

私はこの曲名の一覧を、誰かの観察ノートのように読みました。風、ガラス、青い鳥。椅子。秘密、緑、階段。フルート、少女たち。場面に置かれていた物や色が、そのまま単語として並んでいる。私が色だけをノートに書いていたのと、少し似ています。解讀

なかでも気になったのが「décalcomanie」です。紙に絵の具をのせて二つに折り、開くと左右に同じ形が写っている、あの遊び。左と右が鏡のように向かい合う絵です。一度目は曲名を気にしていなかった。二度目は、この言葉がくり返し出てくることが、映画全体の形を言い当てているように思えました。向かい合う二人。どちらが写した側で、どちらが写された側なのか。解讀

牛尾さんは、舞台となる学校そのものを楽器に見立てたそうです。実際に校舎へ足を運び、壁やガラス窓を手でなで、叩き、弓を当てて鳴らしてみた。山田尚子監督がインタビューでそう明かしています。事實[5]

それを知って二度目を観ると、音楽と効果音の境目が、さらに分からなくなります。いま鳴ったのは窓なのか、音楽なのか。私はこの分からなさが好きです。校舎そのものが、二人を息をひそめて見守る楽器になっている。解讀

笑顔は距離をつくる

二度目に観て、いちばん見方が変わったのは、希美の笑顔でした。一度目は、明るくて、誰とでも楽しそうに話す人だと思っていた。喜好

監督の話では、フルートの希美は、口角を上げて目を細めておけば相手からは笑顔に見える、と分かっている子なのだそうです。裏を返せば、あの笑顔は、自分と相手の距離を取り繕うための道具でもある、と監督は続けています。事實[6]

Sui

私はね、一度目から希美の笑い方が少しだけ早いと思ってた。相手が何か言い終わる前に、笑顔がもう用意されている感じ。作品中的觀察

Iroha

早い……。私は笑顔の形ばかり見て、タイミングを見てなかった。形はきれいなのに、来るのが早い。それって、受け止める前に返してるってことだよね。解讀

Sui

そう受け取った。でも、それを冷たいとは言いたくない。そうやってでも、誰かとつながっていたい人なんだと思う。解讀

スイに言われてから、私は希美が笑う直前の一瞬を見るようになりました。口元が動き出すより少し前、目が一度だけどこかへ逃げる。そこに、この子の本当の顔がほんの少しだけのぞく。同じインタビューで監督は、感情と表情を一対一で結ぶような、記号めいた演技はつけないよう注意したとも話しています。悲しい場面だから悲しい顔をさせる、というやり方を避けたのだそうです。だから、表情の意味はいつも少しずれた場所に置かれている。二度目は、その「少しずれた場所」を探す観方になりました。解讀[10]

ハッピーエンドがいいと言う人

監督がインタビューで挙げていたのは、希美の信条でした。物語の終わりは幸せなほうがいい、というあの言葉です。監督はそれをとても気に入り、作品の着地点をハッピーエンドに定めて話し合いを重ねた、と語っています。事實[7]

一度目、私はこの言葉を、明るい希美らしい一言として聞き流していました。二度目は、物語の全体を知ったうえで、この一言を聞くことになる。すると、同じ一言の響き方が、少し変わって聞こえます。解讀

四つの楽章

サウンドトラックの二枚目は、松田彬人さんの音楽。劇中で吹奏楽部が練習している曲「リズと青い鳥」が、四つの楽章に分かれて収められています。第一楽章「ありふれた日々」、第二楽章「新しい家族」、第三楽章「愛ゆえの決断」、第四楽章「遠き空へ」。事實[4]

作中の吹奏楽曲は、もともと童話「リズと青い鳥」に添えて書かれたオリジナル曲、という設定のもとで作られたそうです。監督のインタビューでそう説明されています。事實[9]

楽章の題を並べると、それだけで絵本の筋が読めてしまう。だから一度目に観たとき、私はこの題を知らなくてよかったと思います。二度目は逆に、この四つの題を頭に入れてから観るのがおすすめです。どの場面で、どの楽章の題を思い出すか。それを確かめながら観てみてください。解讀

二枚目のディスクには、「みぞれと梨々花のオーボエ練習曲」と題された一曲も収められています。事實[4]

二人だけの物語に見えて、みぞれのまわりには、オーボエの後輩という三人目がいる。二度目は、この後輩との場面の音にも耳を向けてみてください。みぞれが、希美以外の誰かと音を合わせる時間。そこでみぞれの音が、ほんの少しだけ外へ開いていくのが聞こえる気がします。解讀

二人のほかにいる子たち

サウンドトラックの一枚目には、「doublelead,girls」という題の曲が、iからviまで六つも並んでいます。事實[12]

一度目は、この題が何を指すのか考えもしませんでした。二度目に観て、オーボエのような二枚のリードで鳴らす楽器を吹く子たちのことだろうか、と想像しています。綴りが少し変わっているのも、私には誰かの走り書きのメモのように見えて、なんだか好きです。有依據的推測

中段為止中盤の展開點擊展開

みぞれのまわりには、同じように二枚のリードの楽器を吹く後輩たちがいます。オーボエの後輩の梨々花は、何度もみぞれに声をかけては、うまく返事をもらえずにいる。一度目の私は、この後輩の場面を、本筋の合間の息抜きくらいに観ていました。二度目は、ここがみぞれの小さな変化の記録だと分かります。希美以外の誰かに、自分から何かを手渡す。教える。一緒に笑う。希美だけが世界のすべてだったみぞれが、ほんの少しずつ、別の誰かと音を合わせられるようになっていく。六つもある「doublelead,girls」の曲は、その積み重ねの数のように、私には聞こえました。解讀

窓から届く光

二度目に、私がいちばん色のペンを使った場面があります。言葉ではなく、光でやりとりする場面です。喜好

中段為止中盤の展開點擊展開

窓越しに、光のやりとりがある場面です。一度目、私はこの場面を、ただ美しい光の遊びとして観ていました。二度目は、その光が誰から誰へ向かっているのかが気になります。言葉ではうまく近づけない二人が、遠くから相手に触れようとしている。しかも、音ではなく光で。この場面の光の色は、私のノートでは、少し白っぽい金色です。届いているのに、触れられない色。解讀

Sui

私はあの場面、光そのものより、光のあとの二人の顔を覚えてる。返事を待つ顔だった。作品中的觀察

Iroha

光のあとの顔……。私は光の行き先ばかり追ってた。光の出発点にも、ちゃんと人がいたんだね。解讀

どちらがリズでどちらが青い鳥か

ここからが、二度目の本題です。畳んだ中に書きます。

中段為止中盤の展開點擊展開

みぞれは、絵本のリズの気持ちが分からない。どうして大好きな青い鳥を、自分から逃がしてしまうのか。その気持ちが分からないから、第三楽章のオーボエのソロが吹けない。みぞれは自分をリズに重ねています。ひとりぼっちだった自分のところに来てくれた青い鳥が、希美。だから、いつか希美が飛んでいってしまうことが怖い。一方で、外部の指導の先生から、みぞれに音楽大学の話が持ちかけられる。希美も、その話を聞いて、自分も受けてみようかなと口にする。その一言を聞いて、みぞれも行くと決める。一度目の私は、ここを「仲良しの二人が同じ道を選ぶ場面」として観ていました。二度目は、誘われたのが誰で、つられたのが誰なのかを、はっきり見てしまいます。作品中的觀察

結局·真相結末點擊展開

みぞれは、先生との話の中で、視点を入れ替えて考えるきっかけをもらう。もし自分がリズではなく、青い鳥のほうだったら。逃がしてもらう側だったら。そう考えた瞬間、みぞれの中で絵本の意味がひっくり返ります。自分は待っている側ではなく、飛んでいける側だった。リズは、自分を見送る希美のほうだった。そして合奏の第三楽章で、みぞれのオーボエは、それまでと別人のように鳴り響く。希美のフルートは、その音についていけない。希美は、ずっと分かっていたことを、音で突きつけられる。大好きな相手の才能が、自分の手の届かないところにあること。二度目に観ると、第三楽章の題「愛ゆえの決断」の主語が、みぞれではなく希美だったのだと分かります。決断するのは、見送る側。作品中的觀察

結局·真相結末點擊展開

合奏のあと、二人は理科室で向き合います。みぞれは希美の好きなところを次々に挙げる。希美が返したのは、みぞれのオーボエが好き、という一言でした。一度目の私は、ここで胸がぎゅっとなりながらも、二人が分かり合えた場面だと思っていました。二度目は、二人の「好き」の形が、最後まで噛み合っていないことが見えます。みぞれは希美という人を好きで、希美はみぞれの音を好き。作品中的觀察

結局·真相結末(監督の言葉)點擊展開

監督の言葉を借りると、二人の「好き」は形が違っていて、どうにも合わない。けれど、ただ行き違っているわけでもない。サイズの異なる二つの歯車が、ほんの一瞬だけ同じ動きをする。そういう重なりを、希望をこめて描きたかったそうです。噛み合わないまま、一瞬だけ重なる。二度目の私には、理科室の場面がその一瞬に見えました。解讀[8]

Sui

私は理科室の場面、一度目も二度目も、希美が自分の気持ちを話す前の沈黙を覚えてる。言えなかったことのほうが、言えたことより長かった。作品中的觀察

Iroha

その沈黙、私は音の数で覚えてた。何も鳴っていない時間が、すごく長い。スイは同じ時間を、言えなかったことの長さとして覚えてたんだね。解讀

帰り道の足音

一度目、私は冒頭の二つの足音について書きました。片方が迷いなく前へ進み、もう片方が半拍遅れてついていく。二度目は、その足音が最後にどうなるのかを聞くために観た、と言ってもいいくらいです。喜好

結局·真相結末點擊展開

最後、二人は一緒に校舎を出て、帰り道を歩きます。それぞれ違う進路を選んだあとで。私の耳には、冒頭とは違う聞こえ方をしました。前を歩く人と、ついていく人、という並びが、ほんの少しだけほどけている。二つの足音が、ある一瞬、重なったように聞こえた瞬間がありました。ずっと重なるわけではない。すぐにまた、別々のリズムに戻る。でも、大きさの違う歯車が一瞬だけ噛み合うように、一度だけ同じ拍に乗る。私はそこで、一度目のノートに書いた冒頭の色の横に、新しい色を一つ書き足しました。水色でも白でもない、少しあたたかい色。ハッピーエンドかどうかは、私には決められません。でも、希美が信じていたハッピーエンドとは違う形の、二人なりの終わり方なのだと思います。喜好

色をつくった人たちの名前

作品ページのスタッフ欄には、キャラクターデザインの西屋太志さん、美術監督の篠原睦雄さん、色彩設計の石田奈央美さんの名前があります。事實[13]

私は二度目のあと、エンドロールのこの名前の並びを、いつもより長く見ていました。私がノートに書いてきた水色も白も黄緑も、誰かが一枚ずつ決めた色です。「監督はこう意図した」と当てるつもりはありません。でも、私が受け取った色の向こうに、それを選んだ人の手があることは、忘れないでいたいと思いました。喜好

公式サイトによると、映像ソフトには、監督と色彩設計・美術監督によるスタッフコメンタリーや、監督と音楽・音響効果の担当者によるコメンタリーが収められているそうです。事實[14]

私はまだ聞いていません。三度目のために取ってあります。自分が受け取った色と音を、まず自分の言葉でノートに書き切ってから、作った人たちの話を聞きたい。答え合わせではなく、別の観方をもうひとつもらうために。喜好

見られている感じ

牛尾さんがシナリオを読んで最初に口にした感想も、監督のインタビューで紹介されています。物音を立てずに、少女たちをそっと覗き見ているような気分になった、という言葉だったそうです。事實[11]

二度目に観ると、この「のぞいている」感じがよく分かります。カメラはしばしば、柱の陰や、ガラス越しや、少し離れた廊下の端から二人を見ている。一度目の私は、それを美しい構図として眺めていました。二度目は、自分がのぞいている側の一人だと気づいて、少し後ろめたくなる。結末を知っている私は、もう二人を「何も知らない観客」として見られない。知っているのに、見守るしかない。その居心地の悪さごと、この映画の二度目なのだと思います。解讀

二度目を観る人へ

三つだけ、二度目のための小さな準備を置いておきます。ひとつ。公式サイトのサウンドトラックの曲名を、観る前に一度だけ眺めておく。単語の並びが、場面を待つための地図になります。ふたつ。希美が笑う直前の一瞬だけを見る。笑顔そのものではなく、その手前。みっつ。絵本の場面は、目を閉じて声だけで聞いてみる。同じ声が、どこで二人に分かれ、どこで溶け合うか。喜好

そして観終わったら、一度目に何を書いたかを思い出して、その横に二度目の色を書き足してみてください。私のノートは、この映画のページだけ、二色のペンでいっぱいになりました。喜好

Sui

私の二度目は、名前をつけないまま観るのが少しだけ上手になった気がする。イロハが音で、私が沈黙で、同じ場面を覚えてたから。喜好

二度目は、題名の二人のどちらが誰なのかを疑いながら観る。答えは声では教えてもらえない。笑顔の手前と、足音の重なる一瞬に耳をすませる。

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