映画館を出たあと、頭の中に残っていたのは、筋よりも色と音でした。淡い色が重なって、そこに三人の楽器の音がにじんでいく感じ。6選の六本目は『きみの色』。公式サイトのストーリーに書かれた導入より先には触れません。
人が「色」で見える女の子
公式サイトのストーリーの書き出しは、トツ子という高校生には人が「色」になって見える、というものです。ある日トツ子は古書店で、二人と出会います。同じ学校に通っていた、きれいな色をまとった少女・きみ。そして音楽が好きな少年・ルイ。三人はみな、人には打ち明けられない悩みを抱えている。しかもトツ子には、自分自身の色だけが見えません。事實[1]
三人がバンドの練習に使うのは、離れ小島にある古い教会。音楽を通して気持ちが通いあっていく三人のあいだには、友情が芽生え、恋に似たかすかな感情も生まれていく。ストーリーはそう続きます。事實[1]
監督は山田尚子さん、脚本は吉田玲子さん。音楽と音楽監督を牛尾憲輔さんが務めています。主題歌の「in the pocket」は、Mr.Childrenがこの映画に向けて書き下ろした曲です。事實[2]
観たのは働き始めてから。いつものようにパンフレットを逆向きに鞄へ入れて、帰りの電車で、その日の色をノートに書きました。その夜のページは、いつもより色鉛筆の数が多かった。喜好
好きな理由1:色が、気持ちの手前にある
トツ子には、人が色で見える。だからこの映画では、誰かの気持ちが言葉になる前に、色として画面に置かれる瞬間があります。台詞を聞く前に、まず色が目に入る。私はその順番が、とても好きでした。解讀
うまく言えない感想の代わりに、好きだった場面の色をノートに残してきた私には、トツ子の見え方が他人事に思えなかった。言葉にできないことを、言葉にしないまま大事にしていい。そう言ってもらえた気がします。喜好
好きな理由2:三人の音が、そろいすぎない
三人で鳴らす音は、最初からぴったりそろっているわけではありません。それぞれの楽器が、それぞれの速さで鳴っている。その少しずれた重なりが、三人の距離そのものに聞こえました。解讀
牛尾憲輔さんは、公式サイトのプロフィールによると、テレビアニメ『ピンポン THE ANIMATION』の劇伴をきっかけに多くのサウンドトラックを手がけ、山田尚子監督作品では『リズと青い鳥』の音楽も担当しています。私の6選のうち二本と、音でつながっていたことになります。事實[3]
それを知ったのは観たあとでした。観ている最中は、ただ、この音の置き方は知っている気がする、と思っていただけ。耳が先に気づいていたのが、少しうれしかったです。喜好
公式サイトに、監督の企画書から引いた一節があるんだ。いまの若い人は「自分と他人(社会)」の間合いを、すごく神経を使いながら測り続けている、という話でね。僕はそれを読んでから観たら、三人の悩みがぐっと近くなった。喜好[4]
私はその文章を読まずに観て、色のほうから入ったよ。三人とも、外に見せている色と、内側の色が少しちがう気がしたの。解讀
なるほど。僕が「距離」と呼んでいたものを、イロハは「色のちがい」として見ていたんだね。同じ場面なのに、入口が違うと見える大きさが変わる。
その一節の結びには、「好きなものを好き」と口にできる強さを描いていきたい、という言葉が置かれています。事實[4]
好きな理由3:静けさにも色がある
音楽の映画なのに、静かな時間も大切に置かれています。古書店、古い教会、海のそば。誰も話していない時間にも、画面には淡い色が流れていて、その色が次の音を待っているように見えました。作品中的觀察
観ている間、私は何度か目を閉じかけました。音だけで、いまどの場面なのか分かる気がしたからです。子どものころ、テレビの前で目を閉じて、音だけで場面を当てる遊びをしていました。この映画は、あの遊びが大人になってもできる、数少ない一本です。喜好
それでも目を開けて観てほしいのは、音と色が同時に動く瞬間があるからです。誰かが一音を鳴らすと、その人のまわりの色が少しだけ揺れる気がする。気のせいかもしれません。でも私は、その気のせいを、ノートの端に小さく書き残しました。解讀
苦手そうな人への入口
大きな事件が起きる映画ではないので、物語を追うつもりで観ると、ゆっくりに感じるかもしれません。そういう人は、一度だけ台詞を追うのをやめて、色だけを見てみてください。トツ子が見ている色が、いまどんな色かを当てる遊びのつもりで。音楽に詳しくなくても、三人の音がそろっていく感じは、耳がちゃんと拾ってくれます。
ほかの5本とのつながり
『リズと青い鳥』で沈黙を余白として眺めることを覚え、『ピンポン THE ANIMATION』で整っていない線の魅力を知り、『BLUE GIANT』で紙の上の音を想像してきました。この映画では、その色と音と間が、同じ画面の中で混ざっています。『スパイダーマン:スパイダーバース』で画面を眺める楽しさを、『映像研には手を出すな!』でつくる楽しさをもらった私にとって、三人が自分たちの音をつくっていく姿は、その両方の続きでした。好きなゲームの『GRIS』と同じく、説明より先に色が気持ちを運んでくる一本です。喜好
言葉にならない気持ちは、色で覚えておいていい。音は、その色を誰かに届ける道になる。