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日常

雨宿りの軒下で急ぐ人と止まる人

劇透範圍 無劇透 どの作品も、紹介文と物語の始まりの設定で分かる範囲まで。展開と結末には触れません

剣道の稽古帰りのアカリと、配達の途中のルカが、急な雨で同じ軒下に入った。向かいのバス停で、紙袋が破れてみかんが転がる。走ったのはアカリで、先に聞いたのはルカだった。雨がやむまでの四十五分の、剣心とルイズの話。

適合這樣的人
困っている人を見ると、考える前に体が動く人へ。動く前に、つい言葉を選んでしまう人にも。
發言的人
Akari × Luka
躲雨 商店街のはずれ、シャッターの下りた店の軒下 土曜の昼すぎ

一時二十分。剣道の稽古の帰り、竹刀袋を背負ったアカリが商店街を抜けたところで、空が急に暗くなった。三歩目で、大粒の雨が来た。

いちばん近い軒下に駆けこむと、先客がいた。荷台に配達用の大きな箱を積んだ自転車と、その横で、濡れた前髪をていねいに指で整えている金髪の青年。

Akari

……あ。ルカさん。

Luka

これは、アカリさん。こんにちは。突然の雨で、まことに……いえ、お互いさまですね。どうぞ、こちらの、比較的濡れていない側へ。

Akari

いいよ、端で。

Luka

では、私が端へ。

Akari

いや、そういうのいいから。

二人は軒下の真ん中で、半歩ずつ譲り合ったまま止まった。結局、真ん中には竹刀袋が立てかけられた。

Akari

配達、間に合うの?

Luka

お届けは二時半までですので、雨がやむのを待つ余裕はございます。……正確に申しますと、余裕はあったのですが、先ほど道に迷いまして、その余裕をほぼ使い切りました。

Akari

つまり、ぎりぎりってこと。

Luka

……はい。

通りの向かいはバス停だった。屋根の下に入りきれない端のところで、小柄なおばあさんが、雨に濡れて破れた紙袋を両手で抱えていた。底から、みかんが一つ、二つと転がり出る。

アカリはもう走り出していた。

Luka

アカリさん、お待ちください、まずご本人のご希望を——

返事はなかった。アカリは雨の中でしゃがんで、側溝の手前で止まったみかんを拾っていた。ルカは配達の箱の雨よけを確かめてから、遅れて道を渡った。

Akari

おばあちゃん、これで全部? 家どこ? 持ってくよ。

おばあさん

あらまあ、ありがとうね。でもね、バスがもうすぐ来るのよ。

Akari

じゃあ、バスのとこまで——

Luka

失礼いたします。……どちらまで、どのようになさりたいか、伺ってもよろしいでしょうか。

おばあさん

袋が破れちゃっただけなの。入れるものがあれば、それでいいのよ。

ルカは上着の内ポケットから、小さくたたんだ布の袋を出した。角までぴたりとそろえて、四つに折ってある。

Luka

こちら、お使いください。お返しいただかなくて結構です。

おばあさん

まあ、きれいにたたんであること。

アカリが拾ったみかんは七つ。布の袋に入れると、ちょうどいっぱいになった。三分後にバスが来て、おばあさんは窓ぎわの席から、二人に小さく手を振った。

アカリは、道場でするのと同じ角度で頭を下げた。隣でルカも、同じ深さで頭を下げていた。

軒下に戻ると、二人とも肩までしっかり濡れていた。

Akari

……家まで持ってこうとしてた。私。

Luka

はい。

Akari

バス待ってる人に「家どこ」って。……聞く前に、もう決めてた。

Luka

ですが、アカリさんが走らなければ、みかんは側溝に落ちていました。私は、ご希望を伺う言葉を考えているあいだに、たぶん二つは見送っていたと思います。

Akari

二つ見送ってから聞くのは、遅いよ。

Luka

はい。遅いです。

Akari

でも、聞かないで持ってくのも、違った。

Luka

足して二で割ると、ちょうどよいのかもしれません。

Akari

割らなくていい。足せばいい。私が拾って、ルカさんが聞く。

Luka

……なるほど。足すだけ、ですか。

Akari

そう。割ると、どっちも半分になるじゃん。

ルカは、その言い方を気に入ったらしく、小さく二回うなずいた。

アカリは、ルカの自転車の荷台に目をやった。配達の箱の雨よけの端から、しずくが箱の角に落ちている。アカリは稽古用のタオルを鞄から引っぱり出して、手を伸ばしかけ、そこで止まった。

Akari

……それ、拭いていい?

Luka

え。

Akari

聞いてから。今日覚えたから。

Luka

……はい。ぜひ、お願いいたします。角のところだけ、少し水が入りやすいもので。

アカリは箱の角を、竹刀の手入れをするときと同じ手つきで拭いた。ルカは、そのタオルの端に小さく刺繍された竹刀の模様を、黙って見ていた。

Luka

アカリさんは、どうして剣道を。空手も続けていらっしゃると伺いましたが。

Akari

礼が先で、勝ち負けはあと、ってとこ。決まりが多いけど、全部に理由があるの。理由を聞いたら、師範はちゃんと答えてくれるし。

Akari

ルールが嫌いなんじゃないんだよね。説明もしないで従えって言われるのが嫌いなの。

Luka

……それは、よく分かります。私も、説明の機会をいただけなかったことが、昔、一度だけ。

Akari

一度だけ?

Luka

一度で、十分でした。

アカリは何か言おうとして、言葉を探して、やめた。かわりに、拭き終わったタオルを四つにたたんだ。ルカの布の袋と、同じたたみ方だった。

Akari

ルカさんってさ、るろうに剣心、知ってる?

Luka

お名前は、存じております。

Akari

それ、知らないってことでしょ。

Luka

……詳しくは、存じません。

Akari

幕末に「人斬り抜刀斎」って恐れられてた剣客が、明治になってから「不殺」……殺さないって誓って、流浪人として旅してる話。[1]

Akari

刀も、峰と刃が逆になってる、逆刃刀ってやつで。[2]

Luka

斬れない刀で、戦うのですか。

Akari

戦う。でも、斬らない。そこがかっこいいの。強いのに、強さの使い方を自分で決めてるとこ。

Luka

……力を、使わないと決めている方のお話なのですね。

ルカの声が、少しだけ低くなった。アカリは気づかずに、竹刀袋のひもを結び直していた。

Akari

使わないんじゃなくて、使い方を選んでんの。そこ大事。

Luka

はい。……そこは、大事です。

Akari

てかさ、流浪人って、家がないってことでしょ。どこで寝てたんだろ。

Luka

それは、私もいつも気になります。物語の方は、どちらで眠るのか。

Akari

ルカさんって、どこ住んでんの?

Luka

私は……その、決まった住まいというものを、目下、整えている途中と申しますか、条件の合うところをいくつか比べている段階と申しますか——

Akari

つまり?

Luka

……探しています。

Akari

ふうん。見つかったら教えて。引っ越し手伝う。運ぶのは得意だから。

Luka

……ありがとうございます。そのときは、まず私の希望を聞いていただけますか。

Akari

聞く。今日覚えたから。

Akari

ルカさんの好きなのは? 漫画でもアニメでも。

Luka

ゼロの使い魔、でしょうか。もとはライトノベルです。異世界に、ある日突然呼び出されてしまう平凡な高校生のお話でして。[3]

Luka

呼び出したのは、魔法の才能がまるでないと笑われている少女で、ゼロのルイズ、と呼ばれております。[3]

Akari

ゼロって、ひどいあだ名。

Luka

はい。ですが、私の目には、ルイズは気位が高く、意地っ張りで、誇りだけは決して曲げない人に見えるのです。私は、そこがたいへん、好きでして。

Akari

誇りを曲げないのは、分かる。

Luka

アカリさんは、少しルイズに似ていらっしゃるかもしれません。

Akari

……それ、ほめてる?

Luka

はい。たいへん、かわいらしい……

アカリの眉が、ぴくりと上がった。

Luka

……いえ、凛々しい、と申し上げるつもりでした。言葉を選び損ねました。

Akari

凛々しいなら、いい。

Akari

てかルカさん、言い直すの早くなったね。前は三行くらい前置きしてたのに。

Luka

言い直しませんと、竹刀が出てくる気がいたしましたので。

Akari

出さないよ。竹刀は礼が先。

ルカは口もとを押さえて、くるりと背を向けた。肩が小さく震えている。

Akari

……笑ってる?

Luka

笑っておりません。

Akari

笑えばいいのに。

Luka

大笑いは、その、しないことにしておりまして。

Akari

なんで。

Luka

……人さまの前で大きく笑いますと、いろいろと、その、差し障りが。

Akari

ふうん。じゃあ、小さく笑えば。

ルカは背中を向けたまま、ほんの少しだけ息を漏らした。それが、ルカの小さく笑うの、だったらしい。

雨は、来たときと同じくらい急に細くなった。二時五分。

Akari

やんだ。行きなよ、配達。二時半でしょ。

Luka

はい。……急ぎます。

Akari

急げるの?

Luka

急ぎますと、お届け先でのお詫びの言葉を考える時間がなくなりますので、急がずに、間に合わせます。

Akari

それ、どういう理屈。

Luka

私にも、よく分かりません。

ルカは自転車を押して通りに出ると、一度だけ振り返って、ていねいに頭を下げた。アカリは竹刀袋を背負い直して、片手を上げた。商店街の水たまりに、薄い晴れ間が映っていた。

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