6選の四本目は『弱虫ペダル』。自転車で、チームのために走る話だ。救助も同じで、一人じゃ誰も運べない。消防に入ったばかりのころに観て、チームで運ぶということを、もう一度考えさせられた。話は始まりの設定までにしておく。レースの結果には触れない。
訓練明けの体で観た
消防に入って最初の年は、とにかく訓練だった。ロープを張って、担架を組んで、重い資機材を担いで階段を上がる。体には自信があったが、一人で速くても意味がない仕事だと、毎日思い知らされていた。そのころ、同じ班の先輩に勧められたのがこのアニメだ。「お前、走るの好きだろ。これは走るのが好きなだけじゃ勝てない話だぞ」。好み
原作は渡辺航さんの漫画だ。高校の自転車競技部を舞台にした話だ。主人公の小野田坂道は、アニメと漫画が大好きな高校一年生。同級生たちと出会って、自転車で速く走る楽しさを知り、総北高校の自転車競技部に入る。事実[1]
上り坂に強い素質を見込まれた坂道は、先輩のクライマー巻島の指導を受けることになる。事実[1]
一人で速くても届かない
ロードレースは、チームで走る競技だ。誰かが前で風を受けて、誰かが後ろで脚をためる。最初に観たとき、そのやりとりが、俺たちの担架の運び方にそっくりに見えた。前を持つやつは道を読む。後ろを持つやつは、前の背中を見て足をそろえる。誰か一人が勝手に速くなると、担架は揺れる。ロープで人を引き上げるときも同じで、号令に合わせて全員が同じ長さだけ引く。強いやつが一人で引っぱると、かえって危ない。力は、そろえて初めて力になる。解釈
このアニメでいちばん胸が熱くなるのは、誰かが仲間を前に押し出すために、自分の脚を使い切るところだ。どの場面かは言わない。けど、観ればすぐ分かる。脚を使い切ったやつは、そこから先は前に出られない。それを分かっていて、出し切る。俺は毎回、そこで前のめりになる。好み
脚を使い切った人は、最後まで走れないんですよね。……それでも、出し切るんですか。
出し切る。自分がゴールに届かなくても、チームの誰かが届けばいい。救助も同じだ。最初に降りるやつと、最後に引き上げるやつは、たいてい別の人間なんだ。解釈
メカニックみたいです。乗る人の後ろで、ずっと準備をしている人。好み
そうだな。ハヤテはそっちも見てるのか。いい目だ。
主将の背中
総北の主将は、三年生の金城真護だ。どこでも走れるオールラウンダーで、チームのエースでもある。サングラスをかけて、口数は少なく、厳しく見える。それでも、後輩一人ひとりの力を引き出そうと、ずっと気を配っている。事実[1]
俺は金城が好きだ。厳しいことを言うのに、その理由を全部は説明しない。説明しない代わりに、自分が一番きつい所を走る。うちの隊長にも、そういう人がいる。訓練で無茶に見えることを言うが、本番でいちばん重い所を持つのは、いつも隊長だ。年上の人には、俺はどうしても背筋が伸びる。金城を観ていると、画面の前でも背筋が伸びる。解釈
俺は後輩には、つい兄貴面をしてしまうほうだ。走り方から飯の食い方まで、口を出す。だから、金城の、黙って背中で見せるやり方に少し憧れている。口で言うより先に、自分が走る。言葉は少なくても、後ろを走るやつにはちゃんと伝わる。好み
借りた自転車で坂を一本
観ている途中で、どうしても体で確かめたくなった。非番の日に、自転車に詳しい同僚からロードバイクを一台借りて、近くの峠道を一本だけ上った。走るのには自信があったのに、脚の使う所がまるで違う。太ももの前ばかりが先に焼けて、息は余っているのに、脚が回らなくなった。好み
頂上で自転車を降りて、しばらく動けなかった。そのとき分かった。画面の中で、誰かが仲間のために脚を使い切る、というのは、こういう感覚の、もっと先にあるものなんだ。それ以来、あの場面を観ると、自分の太ももまで熱くなる。自転車は、借りた日のうちに丁寧に拭いて返した。チェーンの油の匂いが、しばらく手から抜けなかった。その匂いを嗅ぐたびに、あの坂の脚の焼け方を思い出す。好み
先輩の勧め方がうまかった
勧めてくれた先輩は、俺が観終わるまで何も言わなかった。最後の話を観た次の当番で、「どうだった」とだけ聞かれた。「……よかったです」と答えたら、先輩は笑って、俺の肩を一回叩いた。それで全部通じた気がした。あとで聞いたら、先輩は新人が入るたびに、このアニメを勧めているそうだ。好み
自転車に乗らない人の入口
自転車に興味がなくても、たぶん大丈夫だ。俺もロードレースの決まりは、ほとんど知らずに観始めた。誰が前を走って、誰が後ろにいるか、それだけ追っていけば話は分かる。むしろ、チームで何かを運ぶ仕事をしている人のほうが、胸に来るかもしれない。現場の人間は、ああいう場面に弱い。俺の班でも、観た連中はみんな同じ所で黙りこんだらしい。好み
担架とペダルと山
6選の二本目の『GATE』は、知らない土地で人を助けて全員で帰ろうとする話だった。『弱虫ペダル』は、そこへ向かう途中の、仲間の背中の話だ。そして六本目の『神々の山嶺』は、一人で山に挑み続ける男の映画。あれを観ると、俺はやっぱりチームのほうを選ぶ人間なんだと思う。その気持ちの根っこには、この自転車のアニメがある。好み
一人で速くても、誰も運べない。仲間を前に押し出すために脚を使い切る背中が、担架を持つ手の重さを思い出させてくれる。