TVアニメ『サマータイムレンダ』を最後まで観た人向けの、二周目の案内です。未見の人はここで閉じてください。何度も繰り返す夏の謎は、知らずに迷いこむのがいちばん面白いから。黒幕と結末に触れるところは、押さないと開かない箱に入れてあります。
ルール表を閉じる
一周目の僕は、方眼ノートに「周回」「死んだ場所」「持ち越せたもの」の三列の表を作っていました。ループものを観ると、ルールを先に把握したくなる癖があるんです。表は最後まで埋まりました。でも埋まった表を見返すと、慎平が何を考えて次の周に入ったのかが一行も書いていなかった。好み
……別に、表でいいだろ。俺は一周目、題名ばっかり見てた。「メメント」って回があって、レンが好きそうだなって思った。好み
それは気づいてた。でも二周目は、その題名がどの周回のどこに置かれているかを確かめたい。ソウマの印と僕の印を重ねてみよう。
島と題名の地図
Wikipediaの記事によると、原作は田中靖規さんの漫画。TVアニメは監督が渡辺歩さん、シリーズ構成と脚本が瀬古浩司さん、アニメーション制作がOLM TEAM KOJIMAで、2022年4月15日から9月30日まで放送された全25話です。事実[1]
あらすじでは、2018年7月22日、網代慎平は幼なじみの小舟潮の訃報を聞き、葬儀のために2年ぶりに故郷の日都ヶ島へ戻ります。各話の題名は、第1話「さよなら夏の日」から始まり、第4話「未視感(ジャメヴ)」、第8話「メメント」、第9話「流れよ我が涙」と続いて、第25話は「「ただいま」」です。事実[1]
最初が「さよなら」で、最後が「ただいま」。……別に。題名だけ並べると、ずいぶん素っ気ないな。素っ気ないのに、並べると何か言いたそうに見える。解釈
二周目の一つ目の見どころは、この最初と最後の題名です。最初の題名は別れの言葉で、最後の題名はあいさつの言葉。しかも最終話の題名だけ、かぎかっこがついています。誰かが口に出した言葉として置かれている、と僕は読みました。誰が、誰に言うのか。それを確かめるために最終話まで観る、という二周目の観方ができます。解釈
フカンという癖
人物紹介によると、慎平は普通の少年ですが、動揺で余裕を失いそうなときに「フカン(俯瞰)」と称して三人称の視点を想像し、状況を客観視する習慣があります。その思考の冴えが、作中で大きな武器になると説明されています。本作は視点人物の慎平と、戦う力を持つウシオのバディものとして描かれている、とも書かれています。事実[1]
二つ目の見どころがこれです。僕の研究テーマは「視点の外で起きた出来事」。慎平は、自分で自分を視点の外に置こうとする主人公なんです。二周目は、慎平がフカンに入る瞬間に一時停止して、その直前に画面に映っていたものを書き出してみてください。何を見て、何を見ないことにしたのか。フカンは客観になるための道具であると同時に、見たくないものから少し離れるための道具にも見えます。解釈
自分を三人称で見る、か。……昔、俺もやってた。ノートに自分のこと「彼は」って書いてた時期。……今のは忘れて。
忘れないでおくよ。慎平のフカンも、たぶん同じ種類の距離の取り方だと思うから。自分を「彼」と呼ぶと、少しだけ怖さが遠くなる。解釈
持ち越すものと持ち越せないもの
原作の人物紹介では、慎平は帰郷の途中、夢の中に現れたウシオからハイネの右目を継承し、自分の死をきっかけに意識が過去へ戻るループの力を、制限つきで使えるようになります。一方ウシオは、慎平のタイムリープについていける力を持ちますが、影としての体ごと移動するため、前の周での損傷を持ち越してしまうと書かれています。事実[1]
三つ目の見どころは、この非対称です。慎平が持ち越すのは記憶で、ウシオが持ち越すのは体の傷。一周目の僕の表には、これが同じ「持ち越し」の列に入っていました。二周目は列を分けてください。記憶だけを持って戻る人と、傷ごと戻る人が並んで走っている。二人が同じ場面にいるとき、どちらが何を背負っているかを意識すると、バディの会話が一段重く聞こえます。解釈
第8話の題名
四つ目は、ソウマが最初に気づいた第8話「メメント」です。僕の好きな映画と同じ題名で、一周目の僕は嬉しくなっただけでした。二周目は、この回の前後で慎平が何を覚えていて、何を忘れかけているかを確かめてください。記憶が武器になる物語の真ん中に、記憶についての言葉が題名として置かれています。解釈
結末・正体黒幕の正体押すと開きます
原作の人物紹介では、本作のすべての黒幕・シデの正体は、紙垂彦の記憶を受け継いだクローンだと書かれています。約300年前、島に漂着した鯨の影が漁師の娘・雁切波稲を喰らう場面を目撃した人物で、ハイネの名字「雁切」を名乗っていた、とされています。
二周目は、島の古い家や神事に関わる人が出てくる場面で、名前の漢字に注意してみてください。名字の由来が分かったあとで観ると、島の人間関係の線が、300年前から引かれた線に見えてきます。事実[1]
第1話をもう一度
結末・正体結末(最後の戦いのあと)押すと開きます
原作の人物紹介では、慎平は最後の戦いに勝利するものの、体は致命傷を負い、影として消えるウシオとともに死を免れない状況になります。最後には、ウシオの力によるものか、気がつくと本編が始まったときの場面に戻っていて、そこは「影」にまつわる出来事がなかったことになった世界でした。それまでの記憶は夢のようにあいまいになっていましたが、潮と再会して交流を重ねたことで、改めて思い出します。
最終話の題名が誰かの帰りを迎える言葉だったことも、ここで腑に落ちます。二周目の第1話は、だから最終話の続きとして観ることもできます。同じ場面から始まる二つの世界。第1話の慎平の表情と、最終話で戻ってきた慎平の表情を並べてみてください。フカンの高さから見れば、この作品は25話かけて、同じ場面にもう一度たどり着く話です。事実[1]
……忘れてたのに、会って思い出すのか。まあ、なんとかなるもんだな。記憶って、たぶん人のほうに預けてあるんだ。解釈
人のほうに預けてある。それ、ノートに書いていい? 僕の表には、その列がなかった。
二周目は、慎平がフカンに入る瞬間で一時停止を。その直前に画面に映っていたものを一つだけ書き出してから、続きを再生してみてください。