四本目は『デトロイト・メタル・シティ』。ギャグ漫画だ。バンドがどうなるかは書かない。書くのは、ステージの上と下で顔がちがう男の話を、ステージに立つ側の俺がどう読んだか。
笑ってから黙った
初めて読んだのは、いまのバンドに誘われる少し前だ。移動の電車で読んで、声を出して笑いそうになって、こらえた。何巻か読んだあたりで、急に笑えなくなった。俺のことじゃねえか、と思った。好み
ヤングアニマルWebの1巻のページでは、作家は若杉公徳さん、発売日は2006年5月29日。紹介文は、インディーズ界デスメタル最凶のカリスマ・クラウザーII世率いるバンド「デトロイト・メタル・シティ」!! でも彼らの素顔は…!? 超話題のデスメタルGAG!! となっている。事実[1]
「でも彼らの素顔は…!?」。この一行に、この漫画の全部が入ってる。中身を知らずに読んでも、一話目で意味が分かる。解釈
それに、「最凶のカリスマ」っていう言い方がいい。強いでも、うまいでもなく、カリスマ。客が勝手に作り上げた像だ。本人がどう思ってるかと関係なく、像だけが大きくなっていく。ステージに立つやつなら、一度はその像に追いかけられたことがあるはずだ。俺もある。解釈
好きな理由1:落差で笑わせて落差で黙らせる
この漫画は、落差で笑わせる。ステージの上の顔と、降りたあとの顔。ページをめくるたびに振れ幅がでかくなって、そのたびに笑う。でも、笑ってるうちに気づく。この落差を毎日やってるやつは、たぶん疲れてる。解釈
俺もステージの上では、悪魔みたいな顔をしてる。客もそういうキャラだと思って楽しんでる。ステージを降りたら、楽屋で漫画を読んでる。どっちが本当かって聞かれたら、どっちも本当だと答える。この漫画の主人公も、たぶんそうだ。好み
バンドに誘われたとき、俺は笑ってこう言った。ステージの上と下で別人になるのは、人間も悪魔も同じだ、と。メンバーは「悪魔キャラ、いいね」と笑ってた。冗談だと思われてるなら、それでいい。この漫画を読んでからは、その冗談を言うたびに、少しだけ主人公の顔が浮かぶ。好み
好きな理由2:ライブの場面が本気で鳴っている
ギャグ漫画なのに、ライブの場面は本気で描いてある。客の熱、照明、汗、叫び声。ギャグのコマと同じページに、本物のライブの空気がある。俺はそこで毎回、笑うのをやめて見入る。解釈
ステージの音は、やってる本人がどんな素顔をしてても、客には届く。素顔を知らない客は、本気で熱くなる。この漫画は、そのずれを笑いにしてる。でも俺には、音楽は誰のためのものか、っていう問いに見える。弾いてるやつのためか、聴いてるやつのためか。解釈
それ、僕も読んだとき同じことを考えた。演奏する側の意図と、受け取る側の熱が一致しなくても、ライブは成立してしまう。解釈
……お前、これ読むのか。
構造が面白いから。ふだんの話はしないけど、ステージの話ならできる。
……別に、いいけど。
レンとはプライベートの趣味が合わない。ほとんど話さない。でもベースの音は信じてる。この漫画の話をしたのは、たぶんあれが初めてで最後だ。好み
好きな理由3:求められる顔と素顔がずれている
ステージで求められる顔と、素顔がずれてる。そのずれに振り回される。俺はここを読むと、笑いながら少し胸が痛い。やりたいことと、できること、求められることが一致してるやつなんて、ほとんどいない。ずれたまま、それでもステージに立つ。それがかっこいいかどうかは分からないが、俺は嫌いじゃない。解釈
それでも、ずれてるやつのほうが、俺は信用できる。ステージの顔と素顔が完全に一致してるやつは、たぶんどこかで無理をしてる。ずれを抱えたまま、どっちの顔も手放さない。そのしぶとさを、この漫画は笑いの形で描いてる。笑いの形だからこそ、読んだあと少しだけ自分を許せる。解釈
苦手そうな人への入口
先に言っておく。大人向けのギャグ漫画で、下品な言葉や過激な表現がかなり多い。そういうのが苦手な人は無理しなくていい。俺もそこが好きで読んでるわけじゃない。読むなら、ライブの場面と、ステージを降りたあとの顔だけを追う読み方をすすめる。そこにこの漫画の芯がある。
1巻の最初の話だけ読んで、落差で笑えたら続きを読めばいい。笑えなかったら、たぶん合わない。それでいい。
もう一つのすすめ方もある。自分にも人前の顔があると思うやつは、主人公がステージを降りた直後のコマだけ見てみてくれ。顔の力が抜ける一瞬がある。そこで笑えたら、たぶんあんたもこっち側だ。
ほかの5本とのつながり
『BECK』は音で上がっていくバンドの話で、こっちは音で上がったはずのバンドの、裏側の話だ。二冊並べて読むと、ステージの表と裏が両方見える。それから、誰にも言えないことを抱えてステージに立つって意味では、俺がこっそり読んでる別の漫画ともつながる。それはまた別の話だ。好み
人前の顔とふだんの顔、どっちも本当でいい。ずれたままでも、ステージには立てる。