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My six

『からくりサーカス』笑わせることの重さ

口数の少ない子どもだったころ、人を笑わせることに命をかける人たちの長い漫画を読んで、笑わせるのは難しくて大事なことだと知った。いまは休日に子どもへ風船を渡す道化のユウリが、あの漫画の好きな所を語る、6選の三本目です。

For people who
長い漫画に手を出すのをためらっている人へ。人を笑わせる仕事や役回りを、ひそかに大事にしている人にも。
Spoiler range
No spoilers 漫画『からくりサーカス』の始まりの設定(遺産を継いで狙われる少年を、拳法家の青年と人形を操る女性が守る。人を笑わせないと息が苦しくなる病がある)まで。物語の展開と結末には触れません
Who's talking
Yuuri × Kaoru
Types of claims: Fact Observation from the work Grounded inference Interpretation Preference
Contents 9 sections, ~5 min
  1. 数字ばかり並べていた子ども
  2. 少年と二人の守り手
  3. 好きなところ1 笑わせることが息をすること
  4. 好きなところ2 笑顔のコマの苦しさ
  5. 好きなところ3 からくりと人の手
  6. 好きなところ4 道化になってから読み返す
  7. ベンチで笑いの重さを話す
  8. 長い漫画が苦手な人へ
  9. 道化の衣装につながる糸

6選の三本目は『からくりサーカス』です。休日に子どもが笑ってくれた瞬間、僕はいつもこの漫画の中の誰かのことを、少しだけ思い出します。少年と二人の守り手が出会う入口から先へは進みません。

数字ばかり並べていた子ども

子どものころの僕は、数字を並べるのが好きで、人と話すのはあまり得意ではありませんでした。休み時間には、ノートの端に素数を書きつけていた。教室で誰かが冗談を言って、みんなが一斉に笑う。その輪の外で、どうしてあんなにうまく笑わせられるんだろうと、不思議に思って見ていました。Preference

この漫画との出会いは、古本屋の棚の前です。表紙の絵の迫力に負けて一冊だけ買い、帰り道で読み始めて、次の日にはまた同じ棚の前に立っていました。巻数が多いので、お小遣いと相談しながら、少しずつ揃えていったのを覚えています。背表紙の番号が一つずつ埋まっていくのが、素数を書き並べるのと同じくらい楽しかった。番号の抜けた所が気になって眠れない夜もありました。Preference

少年と二人の守り手

『からくりサーカス』は藤田和日郎さんの漫画で、『週刊少年サンデー』で連載されました。Fact[1]

物語は、莫大な遺産を受け継いだために命を狙われる少年、勝から始まります。彼を守ろうとするのが、拳法を使う青年の鳴海と、人形を操る女性のしろがね。相手になるのは、人の手を離れて動くからくりの人形たちです。サーカスの華やかさと、からくりの不気味さが、同じ一冊の中に同居している。その組み合わせを初めて見たときの、背中がぞくっとする感じは、いまでも忘れられません。Fact[1]

そしてこの物語には、他人を笑わせることができないと、息が詰まって苦しくなるという病が出てきます。Fact[1]

好きなところ1 笑わせることが息をすること

この設定を初めて読んだとき、子どもの僕は少し怖くなりました。笑わせることは、余裕のある人が余った力でやる遊びだと思っていたからです。この漫画では、それが息をすることと同じ重さで描かれる。笑わせられなければ、苦しい。教室の輪の外から見ていたあの冗談は、もしかしたら誰かにとって、遊びではなかったのかもしれない。そう思った日から、笑いを見る目が変わりました。Interpretation

好きなところ2 笑顔のコマの苦しさ

この漫画の笑顔は、どこか必死です。口を大きく開けて笑っているのに、目の奥に別のものがある。僕にはそう見えるコマがいくつもあります。笑顔とは、楽しいから浮かぶものだけではなく、誰かのために作るものでもある。道化のメイクをするとき、口の端を少しだけ上に描き足すのですが、そのたびに、この漫画の笑顔を思い出します。描き足した笑顔で、本当に誰かが笑ってくれたら、それは描いた僕の側の救いにもなるんです。Interpretation

好きなところ3 からくりと人の手

人形を操る人と、ひとりでに動く人形。同じ人形なのに、糸の向こうに人の手があるかどうかで、まるで違うものに見えてきます。僕はこの対比が好きです。数学の授業でも、同じ式が、誰がどんな問いを持って書いたかで、違う顔をすることがある。式そのものより、式を書いた手の迷いに惹かれる。からくりの人形が出てくるたびに、その手の話をされている気がします。Interpretation

好きなところ4 道化になってから読み返す

休日に道化の衣装を着るようになってから、この漫画を読み返すと、目の置き場所がすっかり変わっていました。子どものころは、誰が勝つのか、次に何が起きるのかばかりを追っていた。いまは、誰かが誰かを笑わせようとしているコマで、手が止まります。どんな顔で、どんな言葉で、どれくらい待ってから笑わせにいくのか。その間の取り方を、街角の自分の芸と見比べてしまうんです。Preference

同じ一冊でも、読む側の立場が変わると、別の本になる。子どものころの僕にとって、この漫画は手に汗をにぎる冒険の話でした。いまの僕にとっては、笑わせる側の苦しさと喜びを、先に描いてくれていた教科書のような本です。どちらの読み方も、本当のことだと思います。研究室で、情報を受け取る側の位置が変わると意味が変わるという話を考えるとき、僕はよく、この二回の読み方の違いを思い出します。Interpretation

ベンチで笑いの重さを話す

休日の昼、大道芸の合間にカオルさんとベンチでこの漫画の話をしました。

Yuuri

笑わせられないと苦しい、という設定を、子どものころは怖いと思っていました。いまは少し、分かる気がするんです。

Kaoru

わかるわ。笑ってもろたら、それで勝ちやねん。逆に、すべった日は帰り道がほんまに長い。Preference

Yuuri

すべった日の帰り道、長いですよね。僕は電車の中で、どこで間を外したかをノートに書き出してしまいます。

Kaoru

そこまでやるんや。ほな、次の回はうちが前の列で笑い役やったろか。

長い漫画が苦手な人へ

巻数を見て、ためらう人も多いと思います。僕は子どものころ、全部読み切ろうと気負わずに、一冊ずつ買える分だけ読んでいました。途中で間が空いても、次の巻を開けば、また一座のにぎやかさの中に戻れた。僕の場合は、最初の一冊を読み終えたところで、この漫画が何を賭けて笑いを描こうとしているのかが、肌で分かりました。なお、のちにテレビアニメにもなっていますが、僕が語っているのは、古本屋で揃えた漫画のほうです。Preference

道化の衣装につながる糸

仮面ひとつで弾ける『マスク』とは、顔を作って人前に立つ人の話として隣り合っています。『インセプション』の、持ち場を分けた仲間たちとも、一座という形でつながる。休日に赤と黒の衣装で街角に立つ僕の、いちばん古い糸は、たぶんこの漫画から伸びています。Preference

笑わせることは、余った力の遊びではない。誰かの息をつなぐくらい大事な仕事だと、この漫画は子どもの僕に先に教えてくれていました。

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