昼の二時すぎ、開店前のカオルの店。カウンターの端に、魔王の映ったタブレットが立てかけてあります。音を絞った野球中継を背に、カオルはグラスを拭いていました。魔王は『ゲーム・オブ・スローンズ』を一気に観終えたばかりで、話したいのは筋ではなくオープニングのことだと言います。
昼の店で先に断ること
カオル殿、先に断っておく。この物語は大人向けだ。荒い場面も、肌を見せる場面も多い。余は夜更けに一人で観た。昼の店で筋を語る話ではないゆえ、今日は名乗りの話だけにする。Preference
ほな、名乗りだけ聞くわ。中身は、私が自分で観るかどうか決める。
『ゲーム・オブ・スローンズ』はHBOが作ったテレビドラマで、原作はジョージ・R・R・マーティンの小説シリーズ『氷と炎の歌』です。ドラマの原案は、D・B・ワイスとデイヴィッド・ベニオフの二人。放送は2011年4月17日から2019年5月19日まで。全部で8シーズン、73話あります。Fact[1]
余はこれを、寝所の隣の部屋で、画面を一台だけ点けて観た。じいやが茶を替えに来た回数は覚えておるが、何晩かかったかは帳面にも書いておらぬ。Preference
地図が名乗りを上げる
オープニングでは、物語の世界の立体の地図が、中心に光源を置いた球の内側に映し出されます。カメラが地図の上を進み、その回に出てくる土地に寄ると、地図から建物が立ち上がってきます。主な出演者とスタッフの名が出たあと、最後にその回の題と、脚本家・監督の名が表示されます。このタイトル映像は、エミー賞(プライムタイム)のメインタイトルデザインの部門で、2011年に受賞しています。Fact[1]
名乗りを飛ばさぬ余にとって、これほど話の早い名乗りはない。ふつう名乗るのは人だが、この物語は土地に名乗らせる。第一に、どこで何が起きるかを、筋より先に地図で見せる。第二に、回ごとに寄っていく土地が違う。毎回聞いておれば、戦がどこへ動いたか、地図だけで察しがつく。Interpretation
球場の電光掲示板みたいやな。試合の前に、今日どこで誰が投げるか、先に出るやつ。あれ見たら、もう半分試合が始まってる気ぃするもん。Interpretation
うむ。その掲示板とやら、城にも一枚ほしいものだ。……じいやに、また普請かと言われるな。
椅子一脚をめぐる家々
舞台は、海を隔てて向かい合う二つの大陸、ウェスタロスとエッソスです。物語の大きな筋の一つは、ウェスタロスの七王国を治める〈鉄の玉座〉をめぐる、名家どうしの争いです。Fact[1]
王の目で観ると、これは椅子一脚の話だ。座る者より、座らせようとする者、座らせまいとする者のほうがずっと多い。余が見ていたのは、玉座の前で誰が口を開き、誰が黙っていたか。黙っている者のほうが、たいてい多くを知っておる。Interpretation
椅子一脚て。うちのカウンター八脚あるけど、取り合いになったことないで。
それは、この店に掟があるからだ。誰も口には出さぬが、皆が守っておる。Interpretation
なまりと新しく作られた言葉
ウェスタロスの人々は共通の言葉を話す設定ですが、俳優たちは、出身の地方に合わせてなまりの違うイギリス英語を話します。北部の人物の多くは北部の、南部の人物の多くは南部のアクセントです。Fact[1]
言葉そのものも新しく作られました。制作陣は言語の作り手デイヴィッド・J・ピーターソンに頼み、原作にわずかに出てくる言葉をもとに、ドスラク語とヴァリリア語を作り上げています。これらの台詞には、たいてい英語の字幕が付きます。Fact[1]
なまりで出身が分かるの、ええな。私、夜の店では標準語にしてるけど、昼はこれやから。北の人が北の言葉のまま偉い人の前に立つって、ちょっとかっこええわ。Preference
余は字幕を必ず出す。役者の声を、そのまま耳に入れたいからだ。作られた言葉でも、字幕を追えば意味は分かる。だが聞こえてくる音は、本当に知らぬ国の音だ。そのあいだ余は、遠い国に招かれた客の心持ちになる。Preference
名乗りの最後に出る名前
原作者のマーティン自身も脚本に加わり、第4シーズンまでは、各シーズンで1話ずつ脚本を書いています。Fact[1]
見たか! 名乗りの最後まで観ておれば、物語を最初に書いた者が、自分の地図の上をもう一度自分の足で歩いた回に出会える。どの回かは言わぬ。名乗りの終わりの一行で、そなたが自分で見つけるとよい。Interpretation
打席に入る前のアナウンスやな。名前呼ばれてから、バッターが立つ。Interpretation
カオルは返事の代わりに、タブレットの前へ水を一杯置きました。
名を呼ばれてから立つ。礼である。……カオル殿、続きは定休日に頭から話させてくれ。今日は城へ戻って、もう一話だけ観て寝る。
『ゲーム・オブ・スローンズ』のオープニングは、その回の舞台を地図で先に見せ、最後に書いた人の名を出す。飛ばさずに観ると、広い世界の地図が少しずつ頭に入ってくる。