平日の夕方、小さなライブハウスの近くの喫茶店。遠征の荷物を足もとに置いたチアキの向かいに、出番を二時間後に控えたカノンが座りました。テーブルの上には、チアキが持ってきた一枚のDVDのケース。カノンは身を乗り出して、ジャケットの題名を読み上げました。
スタァライト! チアキさん、これ、アニメのほうじゃなくて舞台のですよね。
はい。舞台の映像です。私、この作品はアニメより先に舞台のほうから入りました。地方に住んでいると、こういう入り方が多くて。Preference
幕が先に上がった
『少女☆歌劇 レヴュースタァライト』は、ミュージカルとアニメが互いにつながりながら進む企画として、2017年に発表されました。先に幕を開けたのは舞台です。最初のミュージカルは2017年9月に東京で上演され、テレビアニメはその翌年、2018年7月から放送されました。Fact[1]
物語の出どころは舞台のほうです。ミュージカルで役を演じた中心の俳優たちが、アニメになっても交代せずに、同じ役へ声をあてています。Fact[1]
私は先に舞台の映像を観ていたので、アニメで同じ人の声が聞こえたとき、知っている人に別の場所でばったり会ったような気持ちになりました。夜勤明けの朝ごはんの途中で、しばらく箸が止まったんです。Interpretation
えっ、同じ人なんですか! じゃあアニメの子たちの声って、舞台で歌って踊った人の声なんですね。Interpretation
九人の名前のユニット
主な登場人物は、名門の演劇学校・聖翔音楽学園の99期生の9人。演じるメインキャストの9人は「スタァライト九九組」というユニットとして、歌の活動もしています。Fact[1]
役の学年が、そのままユニットの名前になってる。……いいなあ。私、ユニットを組んだことがないので、名前を並べて呼んでもらえるの、すっごくうらやましいです。Preference
映像で観ていても、九人が一列に並んで礼をすると、役の学年と、演じている本人たちの年月が重なって見えます。名前を一緒に背負っている人たちの礼だな、と思いました。Interpretation
99期生は、前の年に続いて、学園祭「聖翔祭」で戯曲『スタァライト』を上演しようとしています。物語の中に、もう一つの舞台が入っている作りです。Fact[1]
同じ演目を、何度も。私も持ち歌は同じなのに、ライブのたびに転ぶ場所が違います。転んだ場所の数だけ、その曲に詳しくなりました。Preference
地下の劇場とポジションゼロ
物語が動き出すのは、主人公・愛城華恋の幼なじみ、神楽ひかりが海外から転入してきてからです。ひかりのあとを追った華恋は、学園の地下に、見たことのない劇場を見つけます。その舞台の上で、一部の舞台少女たちが「レヴューオーディション」という秘密の公演を行い、歌い踊りながら刃を交えていたのです。オーディションを取り仕切るのは、言葉を話す一頭のキリンです。Fact[1]
あのキリン、初めて観たとき、私、思わず姿勢を正しました。誰が観ているのか分からない客席って、いちばん緊張するので。Preference
分かります! ……あ、でも私の客席は、ちゃんと顔が見えます。チアキさんの字も。
レヴューの舞台のいちばん真ん中、スポットライトの中心は「ポジションゼロ」と呼ばれます。床にはその印が貼られていて、そこは主役のための場所です。Fact[1]
床の目印、ライブハウスの小さい舞台にもあります。リハーサルで足もとを見ると、テープがはがれかけてて、でもそこに立つと急に客席が全部見えるんです。私、その場所の名前を初めて知りました。ポジションゼロ。今夜は、その目印を踏むたびに思い出しそうです。Preference
舞台の映像では、役者さんが本物の床の上で、その真ん中を自分の足で取りにいきます。物語の決まりごとが、板の上では一歩ぶんの重さになる。そこで私は、毎回少しだけ息を止めてしまいます。Interpretation
じゃあ今夜、私が真ん中に立つとき、チアキさんも息、止めてくれますか。
息は止めません。仕事柄、それだけは決めているので。……開場まで、あと一時間四十分。今夜は床の目印じゃなくて、カノンさんの足もとを見ています。
『少女☆歌劇 レヴュースタァライト』は、アニメより先にミュージカルの幕が開いた。舞台に立った9人が、そのままアニメでも同じ役の声を担当している。