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Everyday

草だんごの包みをほどいて寅さんを語る

Spoiler range Touches on the ending 映画『男はつらいよ』シリーズ(全50作)のうち、第15作『寅次郎相合い傘』・第48作『寅次郎紅の花』・第50作『お帰り 寅さん』の結末と、シリーズ後半の満男の話、テレビドラマ版の最終回まで

日曜の朝、旅の途中でゲンの家に寄った竜山の手には、柴又の草だんごの包み。台所で作り置きをこしらえるシズカを相手に、車寅次郎のどこに惚れたかを語り出す。シリーズの終わり方まで触れるネタバレありの記事で、核心は畳んであります。

This article spoils the ending

Covers映画『男はつらいよ』シリーズ(全50作)のうち、第15作『寅次郎相合い傘』・第48作『寅次郎紅の花』・第50作『お帰り 寅さん』の結末と、シリーズ後半の満男の話、テレビドラマ版の最終回まで

Written for people who have finished it and want more from a second viewing. Midway developments and the details of the ending are folded away until you tap them.

For people who
寅さんを何本か観たことはあるけれど、どこがそんなに好かれているのか、誰かの言葉で聞いてみたい人へ。旅に出る人と、待つ人のどちらの気持ちも覚えのある人にも。
Who's talking
Ryuzan × Shizuka
Family 海辺の町、ゲンの家の台所とその脇の板の間 十月の日曜、朝十時ごろから昼前まで

日曜の朝十時、勝手口の戸が二度鳴った。シズカが前掛けで手を拭いて出ると、つば広の帽子に羽織の竜山が、紙の包みを提げて立っていた。ゲンは子どもたちを連れて浜へ出ていて、家にはシズカのほかに誰もいなかった。

Ryuzan

奥方、朝から邪魔をする。ゆうべ思い立って駅へ出たら、ここまで来てしもうた。

Shizuka

竜山さん。遠いところを、ようこそお越しくださいました。うちの人は子どもたちと浜でございまして……どうぞ、お上がりになって。

Ryuzan

上がる前に、これじゃ。土産じゃ。

包み紙をほどくと、草だんごが十ほど並んでいた。きのうの昼、旅に出る前に柴又の参道まで足をのばして買ってきたのだと、竜山は言った。

Shizuka

まあ、柴又の。……どうして、また。

Ryuzan

寅の家は、草だんごの店じゃ。叔父と叔母が切り盛りしとる。[1]

Shizuka

寅さんでしたら、うちの人のビデオで何度か拝見いたしました。ただ、私、観たそばから中身を忘れてしまうんです。

Ryuzan

ほう。それなら、先の話をしても構わんか。

Shizuka

ええ、どうぞ。次に観るときには、きっと忘れておりますから。

Ryuzan

大事なところは、この包み紙みたいに包んでおく。開けるかどうかは、奥方が決めたらええ。

シズカは台所の脇の板の間に座布団を出し、茶をいれた。それから流しの前へ戻った。日曜は、作り置きをこしらえる日だ。鍋では里芋が静かに煮えている。

Ryuzan

手は止めんでええ。働いとる背中に話すほうが、俺は話しやすい。

Ryuzan

若い者の言葉で言うなら、寅は俺の推しじゃ。最初に惚れたのは、喧嘩でも口上でもない。旅から帰って、茶の間で一人しゃべりをするところじゃ。

Shizuka

一人しゃべり、でございますか。

Ryuzan

旅先で惚れた相手との話を、尾ひれをつけて家の者に語って聞かせる。噺家のような名調子でな。撮っとった者たちは、あれを寅のアリアと呼んどったそうな。[1]

Shizuka

アリア。歌うように、ということでしょうか。

Ryuzan

そうよ。俺も旅から戻ると、弟子どもに土産話をする。……話を盛るところまで、寅の真似じゃ。

Shizuka

盛るのは、ほどほどにしてくださいね。

Ryuzan

名前の由来も面白い。山田監督の話では、寅次郎という名のもとは二つ考えられる。一つは柴又の兵隊寅。もう一つは、喜劇の神様と呼ばれた斎藤寅次郎監督じゃ。[1]

Shizuka

神様のお名前をいただいた方が、あんなにしょっちゅう叱られて。

Ryuzan

映画は、もとは二本で終わるはずじゃった。それが、俺が三十手前の夏から、八十を前にした暮れまで続いた。[1]

映画の第1作は1969年8月公開、当初は2作で終わる予定だった。第50作は2019年12月公開

Shizuka

うちの上の子が生まれるより、ずっと前からですね。私が覚えているのは、寅さんの家の茶の間ばかりです。いつも誰かがお茶をいれて、何かを食べていて。

Ryuzan

奥方らしい。あの家の敷居は、寅が何べん跨いでも、低いまんまじゃった。

Ryuzan

じゃが、あの茶の間で、寅はいちばんやってはならんことをやる。俺が三十半ばの盆休みに観た一本じゃ。まず、これを包む。[2]

第15作『男はつらいよ 寅次郎相合い傘』1975年8月公開。マドンナは浅丘ルリ子が演じるリリー

Up to midway第15作の茶の間の場面Tap to open

竜山「寅の世話になった男から、とらやに上等のメロンが届く。皆でさっそく包丁を入れて、ひと切れずつ口に運んどる最中に、ひょいと寅が帰ってくる。寅の分を数に入れ忘れとったと気づいて、皆が慌てて取り繕う」

竜山「寅はそれを、心が冷たいと一方的に責める。さくらが平謝りしても、叔父さんが代金を渡そうとしても、ねちねちとやめん。とうとう叔母さんが泣き出してしまう」

竜山「見かねたリリーが、痛いところを突いて一喝する。それで二人は大喧嘩、寅は飛び出していく。リリーは大人げなかったと家の者に詫びるが、皆からは、よう言うてくれた、胸がすっとした、と礼を言われる」

竜山「俺は、ここの寅は庇わん。忘れられたのは寂しかろう。じゃが、泣かせる相手を間違えとる。それは卑怯じゃ」

竜山「ところが、その日のうちに雨が来る。寺の鐘撞き堂でふて腐れてラーメンをすすっとった寅が、夕立の音を聞いたとたん、仕事に出たリリーのことが気になって家へ戻る。さくらと叔母さんに傘を持たされて、口では文句を言いながら、柴又の駅まで迎えに行く」

竜山「駅で雨宿りして困っとったリリーは、寅を見つけて嬉しそうに駆け寄ってくる。昼の喧嘩なんぞ無かったように、二人は一本の傘に入って、夜の参道を帰っていく。題になった場面じゃ」

竜山「詫びの言葉は一つも出ん。傘を持って迎えに行く。それが寅の詫び方じゃ。道場でも、口で謝る者より、翌朝黙って相手の分まで床を拭いとる者のほうが、よう分かっとる」[1]

Shizuka

開けました。……途中で、包丁を置いてしまいました。

シズカは包丁をまな板に置いたまま、しばらく鍋の湯気を見ていた。

Shizuka

実家の祖母は、家の者が旅に出ているあいだ、その人のお膳を毎食ひとつ据えておりました。陰膳と申します。

Shizuka

うちの人が遠い海の上にいたころは、私も夕飯をひとつ多くよそっておりました。子どもたちには、お父さんの分よ、とだけ言って。

Ryuzan

据えてもらう者は果報者じゃ。寅は、それに気づかんまま旅をしとる男でのう。

Shizuka

気づかなくても、据えておくものなんです。据える側が、それで落ち着きますから。

Ryuzan

うむ。同じ一本の終わりのほうに、奥方とは読みが割れそうな場面がある。これも包んでおく。

Ending and reveals第15作の結末Tap to open

竜山「リリーはしばらく、とらやに居候する。二人があんまり仲がええので、近所の噂になるほどじゃ。さくらは思い切ってリリーに言う。兄さんと一緒になってくれたら、うれしいんだけど、と。リリーは一点を見つめたまま、真剣な顔で、こんなあたしでよければ、と答える」

竜山「そこへ寅が帰ってきて、さくらから話を聞くと、本気にせんで冗談扱いにしてしまう。リリーも顔つきを変え、笑顔をこしらえて冗談だったことにして、とらやを出ていく」

竜山「追いかけろと言うさくらに、寅は言う。あいつは頭がようて、気が強うて、しっかりした女じゃ、俺のような馬鹿と一緒になって幸せになれるはずがない。あいつも俺と同じ渡り鳥で、腹をすかせて羽根を痛めて、この家でしばらく羽を休めただけじゃ、いずれまた青い空へ飛んでいく、と」

竜山「俺はここで、寅に頭が下がった。惚れた相手の羽根を、自分の手で縛らん。引き際じゃ」

シズカ「私は、さくらさんのほうです。さくらさんは、兄の言い分に、うなずかない短い返事をします。飛ぶか休むかは、リリーさんがお決めになることでございましょう」

竜山「……奥方とは、ここで読みが割れるのう」[2]

シズカは急須に湯を足した。竜山は湯呑みを両手で受け取り、しばらく黙っていた。

Ryuzan

この歳になって俺がいちばん身を乗り出すのは、寅と甥っ子の場面じゃ。

Shizuka

甥御さん。さくらさんの坊やの。

Ryuzan

そうよ。シリーズの後ろのほうで、その坊やが大きゅうなってからの話じゃ。[1]

第42作から第48作のうち4作

Up to midwayシリーズ後半の満男Tap to open

竜山「さくらの息子の満男が、高校のブラスバンド部の後輩の泉に思いを寄せる。泉もマドンナとして出てくるようになって、寅は満男の恋の指南役にまわることが多くなる。話の真ん中に立つのは、だんだん満男のほうになっていく」

竜山「これには裏がある。渥美さんが病気で、昔のような威勢のええ芝居ができんようになった。それで満男を主にした筋を作り、満男の恋の相手として、もともと予定になかった泉が出ることになった、と書いてある」

竜山「俺はこれを知ってから見直して、胸が詰まった。前に出られんようになった者が、若い者の背中を押す側にまわる。その押し方が、またうまい。自分は恋が下手なくせにのう」

竜山「師匠というのは、自分にできんかったことまで弟子に渡そうとする。寅は満男に、自分が一度もできなんだ恋の仕方を渡そうとしとる。俺は、そう観とる」[1]

Shizuka

竜山さん、お声が少し低くなりました。

Ryuzan

ははは、ばれたか。年寄りは、渡す話になると声が落ちる。

Ryuzan

次は、俺が道場一本になって十年目の暮れに観た一本を包む。[3]

第48作『男はつらいよ 寅次郎紅の花』1995年12月公開

Shizuka

年の暮れに。

Ending and reveals第48作Tap to open

竜山「満男は、泉が見合いの相手と結婚すると聞いて、式の当日、花嫁の乗った車の行く手を自分の車でふさぎ、ぶつけて後ろへ下がらせてしまう。その土地では、花嫁の車を下がらせるのは縁起が悪いとされとって、式はその場で取りやめじゃ。……褒められたことではない」

竜山「満男は酔うたまま寝台列車に乗って、奄美の加計呂麻島まで流れていく。声をかけてくれた年配の女の人の家に泊めてもらうと、そこには、その人と夫婦同然に暮らしとる寅がおった。女の人は、リリーじゃ」

竜山「寅は満男に、男は引き際が肝心じゃと説教をする。それを聞いたリリーが、寅に食ってかかる。女は男の気持ちをちゃんと言葉にしてほしいんだ、きれいごとじゃない、男は卑怯だ、と。満男は、リリーの腹立ちが伯父さんにも向いとると見抜く」

竜山「泉が島まで追いかけてきて、どうしてあんなことをしたのかと満男を問い詰める。満男は不器用に、自分の気持ちを大声でぶつける。それを見届けた寅がみっともないと言うと、リリーは、若いんだからそれでいい、自分たちとは違う、と涙ぐむ」

竜山「そのあと寅は、ひとりで島へ帰ろうとするリリーのタクシーに乗りこむ。男が女を送るなら、その家の玄関まで送り届けるもんじゃと言うてな。正月、リリーからの手紙で、寅がまた置き手紙を残して出ていったと分かる。手紙には、そのうちまた、ふらりと戻ってくるかもしれん、とある」

竜山「最後は、正月の神戸じゃ。地震で壊れて、立ち直る途中の町を寅が歩いて、ご苦労様でした、と声をかける」

竜山「撮っとったころ、渥美さんの体はもう思うように動かんかった。この一本の寅が座っとる場面が多いのは、そのためじゃ。リリーを演じた浅丘さんは、これが最後かもしれんと思うて、二人を一緒にしてやってほしいと監督に頼んだそうな。その頼みは叶わんかった。監督は、節目の五十作までは撮りたかったようじゃ。……そして、この寅が、渥美さんの演じた最後の寅になった」[3]

シズカは鍋の火を止め、前掛けを外して、竜山の向かいに座った。

Shizuka

手を止めて、聞かせていただきます。

Ryuzan

暮れの映画館で、明かりがついても、俺はしばらく立てんかった。

Shizuka

いちばん新しい一本は、うちのテレビで、洗濯物を畳みながら観た覚えがあります。中身は、やっぱり忘れてしまいましたけれど。[4]

最新作は第50作『男はつらいよ お帰り 寅さん』。2021年3月にBSテレビ東京で無料テレビ初放送

Ryuzan

それでええ。最後に、それを包む。包んだまま置いて帰ってもかまわん。

Ending and reveals第50作Tap to open

竜山「参道の店は、カフェに建て替わっとる。裏の住まいは昔のまま。満男は勤めのかたわら書いた小説が認められて、物書きになっとる」

竜山「満男のサイン会の列に、ヨーロッパで暮らしとる泉が並んでおる。満男は泉を、小さなジャズ喫茶へ連れていく。店をやっとるのは、リリーじゃ。懐かしい顔がそろうて、皆で寅のことを思い返す」

竜山「寅は、昔の場面と、満男の胸に浮かぶ姿としてだけ出てくる。……帰ってきたのは寅ではない。寅を思い出す者たちのほうが、あの家に帰ってきた。俺には、そう見えた」[4]

Ending and revealsテレビ版の最終回と監督の言葉Tap to open

竜山「もう一つ、昔話をしとく。映画の前、寅はテレビの連続ものじゃった。その最終回で、寅はハブ酒でひと儲けしようと奄美大島へ渡り、ハブに咬まれて、帰らん人になる。見とった者から抗議が山のように来て、それが映画につながった」

竜山「気づいたか、奥方。テレビで寅が帰らんかった南の島の近く、加計呂麻島に、映画のリリーは暮らしとった。泉が満男を追いかけていったのも、奄美の島じゃ」

竜山「五十作目の寅がいまどうしとるかは、監督が、そのことには触れんようにしとる、どっちとも台詞にはしとらん、と言うとる。さくらはどこかで兄が生きとると信じとるし、さくらの前でその話はせんのが決まりになっとるんじゃろう、とも」

竜山「俺は、それでええと思う。帰ってくるかもしれん男のまま、茶の間に置いとく。奥方の言う陰膳と、同じことじゃ」[1]

シズカは食器棚から小皿を一枚出し、草だんごを二本のせて、棚の端に置いた。

Ryuzan

それは。

Shizuka

ゲンさんの分です。忘れると、あとが怖いですから。

Ryuzan

そうか。奥方の家は、数え違いをせん。

Ryuzan

次に寄るときは、相合い傘の一本を持ってくる。ゲンと子どもらと、皆で観よう。

Shizuka

ええ。そのときは私、また初めて観るような顔をいたします。

Ryuzan

それがええ。寅も、そういう客の前でいちばんよう喋る。

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