6選の五本目は『トップガン マーヴェリック』です。この映画のことを思い出すとき、私の頭に最初に浮かぶのは、空ではなく、客席に並んだたくさんの背中です。
大人たちが戻ってきた年
劇場で働きはじめて何年かたったころでした。長いあいだ足が遠のいていた大人のお客さんたちが、少しずつ劇場に戻ってきた年です。初日の初回、私は客席のいちばんうしろに立っていました。飛行機が飛び立つ場面で、前に並んだ背中が、いっせいに背もたれへ押しつけられる。客席全体が、ひとつの体みたいに沈んだんです。その光景を、私は暗がりの中でずっと見ていました。終映後、ロビーへ出てくるお客さんの顔も、いつもと違って見えました。少し疲れていて、でも妙に晴れやかで、何人もの人が首や肩を回しながら歩いている。映画の感想を言うより先に、体のほうが何かを済ませてきた、という顔でした。喜好
どんな映画か
『トップガン』の続編にあたるアメリカの映画で、監督はジョセフ・コシンスキーさん。前作に続いて、トム・クルーズさんが主人公のマーヴェリックを演じています。事實[1]
物語の入口はこうです。長く空にいるベテランのパイロット、マーヴェリックが、教官としてトップガンに呼び戻されます。任されたのは、ある特別な任務に向けて、選び抜かれた若いパイロットたちを鍛えること。その中には、かつて亡くした親友の息子もいました。事實[1]
コックピットに積んだカメラ
惹かれる理由のはじめは、どう撮ったか、です。私は作品を観るとき、どこにカメラを置いたのかがどうしても気になってしまう。この映画は、その答えがまっすぐでした。解讀
戦闘機のコックピットの中の場面は、IMAXの認証を受けたソニーのデジタルカメラを六台、機内に積みこんで撮られたそうです。事實[1]
しかも、俳優が自分で機体を飛ばしたわけではありません。うしろの席に俳優が乗り、前の席では海軍のパイロットが本当に飛ばしていた。俳優の顔を狙ったカメラも、機内にありました。事實[2]
大きな画面に映る顔が、ときどき演技の顔ではなく、本当に何かに耐えている顔に見えるのは、そのせいだと思います。どの場面がどこまで実機なのか、私の目では見分けられません。それでも、本物を撮った場面があることは、客席の体のほうが先に気づいてしまう。背中が沈んだのは、たぶんそういうことでした。解讀
噛み合わない二人
飛んでいる場面で、体が座席に沈みました。
わかります。あそこ、エンジンの音が客席のうしろから前へ抜けていくんです。スピーカーの鳴る順番が——
音ではなく、重さです。首にきます。
首……。コックピットの中にカメラを積んで撮っているので、俳優さんの顔が本当に——
顔じゃなくて、首です。
ハヤテさんが言うには、あの場面で自分の体にかかる重さを想像すると、首の筋がこわばるのだそうです。私は同じ場面で、音が頭の上をどちらへ流れたかばかり追いかけていました。同じ映画の同じ数秒を、二人でまるで違う場所から受け取っている。噛み合わないのに、なぜか少しも嫌じゃありませんでした。好きな理由の二つ目は、ここにあります。この映画は、受け取る場所の違う人どうしを、同じ暗闇の隣の席に座らせてくれる。音を聴きに来た人も、体で乗りに来た人も、それぞれの持ち場で満足して帰っていける映画は、そう多くないと思います。喜好
ハヤテさん、もう一回、一緒に観ません? 私は音を、ハヤテさんは首を。
……いちばんうしろの席、ですか。
最後列です。背中がいちばんよく見えるので。
何度も来るお客さんの顔
三つ目は、この映画を何度も観に来たお客さんたちです。二回目、三回目と通ってくる人の顔は、一回目と違います。次に来る場面を知っているから、その少し前に、肩のあたりが準備をしている。知っているのに、また同じところで沈む。わかっている驚きを、もう一度体に通しに来ているように見えました。この映画の強さを、私は数字より先に、その人たちの肩で知ったと思っています。何度目かの回のあと、ロビーで「今日はうしろのほうで観た」と連れの人に話している声が聞こえて、思わず心の中でうなずきました。席を変えて観なおすのは、私だけの癖ではなかったようです。喜好
前の作品を知らない人へ
前の作品を観ていなくても、私は楽しめました。昔の出来事が出てくる場面でも、主人公がそれを抱えている、ということさえ伝わればついていけます。飛行機に詳しくない人は、細かい用語は聞き流して、俳優の顔と、自分の背中の感じだけを追ってみると入りやすいと思います。家で観るなら、音を低いほうまでしっかり出すと、この映画の重さが少しだけ体に届く気がします。喜好
6選の「本物を撮る」
『マッドマックス 怒りのデス・ロード』も、実際にやって撮ることにこだわった映画でした。どちらも、大きな画面と大きな音の前で、客席の体がうそをつけなくなる。そういう映画が私は好きなんだと、この二本を並べるとよくわかります。そして同じ年の冬には、何度も観に来るお客さんの顔で、もう一本の作品の強さを知ることになりました。それはまた、六本目の話で。喜好
空の映画を観に来た人たちの、空ではなく背中を見ていた。いっせいに沈むたくさんの背中が、この映画のいちばんの感想だったと思います。