6選の三本目は『マッドマックス 怒りのデス・ロード』です。この映画の話をするときは、どうしても画面より先に、音と客席の話になってしまいます。そういう一本なので、今日はそのまま音の話から入ります。
アルバイトの制服のまま
大学に通いながら、劇場でアルバイトをしていたころです。仕事の終わった夜、制服の上着だけ脱いで、いちばん大きな音で上映しているスクリーンのうしろの席に座りました。始まってしばらくして、客席のあちこちから、こらえきれない声が漏れたんです。笑い声でも悲鳴でもない、うわっ、という短い声。知らない人どうしが、同じ瞬間に同じ声を出していました。客席が声を上げるのを、私はそのとき初めて聞きました。喜好
どんな映画か
監督はジョージ・ミラーさんで、オーストラリアとアメリカで作られた『マッドマックス』シリーズの四作目です。マックスをトム・ハーディさん、フュリオサ大隊長をシャーリーズ・セロンさんが演じています。事實[1]
舞台は、文明が壊れて砂漠になった世界。砦を支配するイモータン・ジョーのもとで部隊を率いるフュリオサが、ジョーの五人の妻を大型の車に隠して逃がそうとします。気づいたジョーは軍勢を引き連れて追いかける。捕まって、兵士ニュークスの血を補うための「血液袋」にされていたマックスも、追う側の車に縛りつけられたまま、その追跡に巻きこまれていきます。事實[1]
走りつづける音
最初に挙げたいのは、とにかく音が止まらないこと。エンジンの唸り、巻き上がる砂、金属どうしがぶつかる音。追いかけっこが始まると、場内の空気そのものが震えている感じがします。あの夜、うしろの席にいた私の背中まで、低い音が椅子ごしに伝わってきました。家のテレビでは、この震えまでは届かないと思います。だから私の中では、この映画は「家では観られない映画」の棚にしまってあります。喜好
本当に鳴っているギター
二つ目は、追跡の隊列の中に、火を噴くギターを弾く男がいることです。スピーカーを山ほど積んだ車の上で、戦いを盛り上げるために鳴らしつづける。このギターも車も本当に音が出るように作られていて、ギターが火を噴く場面にもCGは使われていないそうです。事實[1]
監督の話では、この映画の効果のほとんどは、実際にやって撮ったものなのだとか。事實[1]
それを知って、あの夜の客席の声に少し納得がいきました。画面の中で本当に鳴っているものと、本当に走っているものがある。観ている側の体が、それを先にわかってしまうのかもしれません。作りものの音にも好きなものはたくさんありますが、この映画の音には、どこか砂の重さのようなものが混じっていました。解讀
カグラさんの話、さっきから画面が一回も出てこないね。砂の色の話も、まだしてない。
あ、ほんとですね。この映画は、どうしても音の話が先に出てしまって。客席の背中に、音がうしろから回ってくる瞬間があるんです。
ふふ。私は、あのギターの鳴り方で、場内の天井の高さが分かった気がした。音って、部屋の形を連れてくるの。
わかります。毎朝、開場前に空調を入れると、その日の場内の広さが耳でつかめるんです。イロハさんの言う部屋の形、私は毎朝ひとりで聞いています。
連れて帰ろうとする人
三つ目は、フュリオサです。彼女は、置いていかれそうな人たちを乗せて、砂漠を走り抜けようとする。自分ひとりで逃げるのではなく、連れて帰ろうとしている。その姿に、観るたび背筋が伸びる。劇場で働いていると、トラブルの夜に、だれを先に外へ案内するか、だれを最後まで待つかを決めなければならない場面があります。そういうとき頭に浮かぶのは、前だけを見て走るこの人の横顔です。解讀
耳鳴りの帰り道
あの夜、終電の少し前に劇場を出ると、耳の奥がまだ低く鳴っていました。駅までの道で、さっき同じスクリーンにいたらしい二人組が、追いかけっこの場面の話をしながら前を歩いている。知らない人なのに、さっき一緒に声を上げた仲間のような気がして、少しだけ歩く速さを合わせました。家では観られない映画がある。そう思ったのは、あの帰り道です。この先も劇場の仕事を続けたい、と思ったのも、たぶんあの夜のどこかでした。喜好
派手な映画が苦手な人へ
大きな音や激しいアクションが苦手な人もいると思います。私がこの映画を人と観るときは、まずフュリオサだけを目で追ってもらうようにしています。車や爆発は背景だと思って、彼女が何を守ろうとしているかだけを見る。そうすると、うるさいはずの時間が、一人の人が仲間を運ぶ道のりに見えてきました。前のシリーズを知らなくても、私は困りませんでした。音がつらければ、少しうしろの席を選ぶと、全体が見渡せて楽になります。家で観るなら、音を大きくするより、部屋の明かりを落とすほうが、あの夜の感じに近づけた気がしました。喜好
6選のなかの「連れて帰る」
『ダークナイト』の執事は、主人のうしろで待つ人でした。フュリオサは、仲間を連れて自分が前を走る人です。待つ人と、連れて帰る人。迷ったとき、私はたいてい先に待つほうを選んでしまう。でも、だれかが置いていかれそうなときだけは、この映画のことを思い出して、自分から前に出ると決めています。喜好
知らない人どうしが同じ瞬間に声を上げた、あの夜の客席。音の大きな部屋で観る映画は、隣の人の声まで含めて一本なのだと、この作品に教わりました。