十月の土曜、お昼すぎ。図書館の集会室で、好きな作品を持ち寄って話す会がお開きになったあと、ナギとソウタは、となりの公園のベンチに並んで座った。ソウタのお母さんは、少し離れたベンチで、借りたばかりの本を開いている。
ナギは小さな魔法瓶から、ほうじ茶を一口飲んだ。ソウタは水筒の麦茶を最後まで飲んでから、ひざの上で方眼のノートを開いた。
開いたページには、四角い乗りものが鉛筆で描いてあった。タイヤは四つ、前に大きなライトが二つ。車体の横には、太い字で番号が書きこまれている。消しゴムで何度か直したあとがあって、線のまわりの紙が少しだけ白っぽい。ソウタはそのページを、ナギのほうへ少しかたむけた。
さっき、ずっと何か描いてたよね。見てもいい?
いいよ。ケントのダッシュバギー。ナンバーは01。ケントのだから、いちばん。[1]
パウ・パトロールの、ケント?
そう! ぼくのおし。
ねえ、ナギさんは、パウ・パトロール見たことある?
ちょっとだけ。子犬たちの犬小屋が、出動のときに乗りものに変わるのは知ってる。[1]
それ、ぼくもすき。ガシャンってなるとこ。
じゃあ、お話の中のこと、いっぱい言っちゃうよ。いい?
うん、いいよ。大事なところは、たたんで聞くね。
ケントはね、十さい。ぼくより二こ上。[1]
お兄さんだ。
町でこまったことがあったら、町の人がケントにれんらくする。そしたらケントが子犬をあつめて、しゅつどうをおねがいする。[1]
ケントも、一緒に現場まで行くんだよね。[1]
バギーで行く。海だとジェットスキーになって、雪だとスノーモービルになるんだよ。[1]
えっ、ぼく赤ちゃんだ。おぼえてない。
ぼくが見はじめたのは、ようちえんの、いちばん小さいクラスのとき。
ずっと一緒に大きくなってきたんだね。
おわりに、ダンスのコーナーがあるでしょ。お兄さんが、ようちえんに行って、みんなでおどる回もあるの。[1]
ぼく、テレビの前で、いっしょにおどってた。うでをこうやって、ぐるって。
画面の向こうの幼稚園と、ソウタくんの家の居間で、同じダンスをしてたんだ。
テレビの子たちより、ぼくのほうがうまかった。たぶん。
あとね、ケントは、めキャベツがにがて。[1]
芽キャベツ。小さいキャベツみたいなやつ。少し苦いもんね。
私は、半分に切って、切ったほうを下にして、じっくり焼くのが好き。焦げ目のところが甘くなるの。
ぼくは、なす。ぐにゃってするから。
でも、ケントにもにがてなのがあると、ちょっとうれしい。
うれしいんだ。どうして?
ケントって、なんでもできる人に見えるから。にがてなのがあったら、ぼくとおなじ。
子犬にも、にがてなのがあるんだよ。マーシャルは高いところ。スカイはワシ。ラブルはクモ。ロッキーは、ぬれるのがきらい。[1]
トラッカーは、くらいところがにがて。ゆうかんなのに。[1]
みんなの苦手、全部覚えてるの、すごい。
ケントも、ぜんぶしってると思う。しってて、それでも、たのむ。
リーダーって、得意なことを知ってる人だと思ってた。苦手なことのほうも、知ってるんだ。
うん。それに、ケントもいっしょに行くから、子犬はひとりじゃない。ぼくには、そう見える。
子犬のなかにも、リーダーみたいな子がいるんだよ。チェイス。ケントがよぶと、みんなあつまったよって、ケントに言いにくる。[1]
リーダーの下に、もう一人、まとめる子がいるんだ。
チェイスはね、ねこのにおいで、くしゃみが出ちゃうけど。[1]
マーシャルは、あつまるときも、しゅつどうのときも、いつもころぶ。[1]
ぼく、ケントがそれでおこってるとこ、見たことない。
毎回ころぶのが、決まりみたいになってるんだね。
ころばないと、マーシャルじゃないもん。
町の人たちも、いろんな人がいるよね。ごはんのお店の人もいなかった?
ポーターさん。レストランの人で、アレックスのおじいちゃん。アレックスは五さいで、ケントより小さいの。[1]
レストランがあるなら、出動のあとにみんなで食べに行けるね。
ナギさん、すぐごはんの話になる。
レストランの場面があったら、私、画面のすみのお皿に何が乗ってるか、つい見ちゃうと思う。
じゃあ、ぼく、こんど見たとき、なにがのってるかノートにかいてくる。
なっちゃうの。ごめんね。
でも、十歳でみんなをまとめるのって、大変そう。ケント、夜はちゃんと寝てるのかな。
ねてるよ。たぶん。ねてるとこは、見たことないけど。
私、そこが気になっちゃうの。頼られる人って、自分が休むのを後回しにしがちだから。
それは、ケントがつかれたら、子犬がかわりにやればいい。チームなんだから。
リーダーが休んでも、ちゃんと回るチーム。それ、すごくいい。
ぼくも、あそびがかりで、つかれたときは、つぎの人にかわってもらう。じゃんけんで。
ソウタはノートのページをめくり、六匹の子犬の顔を、四角の中に一匹ずつ描きはじめた。いちばん端の四角だけ、黒くぬりつぶしてある。トラッカーの、くらいところらしい。
そういえば、日本語にするときのお話、知ってる?
なに?
英語のほうだと、子犬たちは鳴き声でやりとりしてるんだって。でも日本語にするとき、犬っぽい言い方は使わないって決めたの。[1]
それで、鳴き声のかわりをどうしようって考えてるうちに、パウっと、っていう言い方が生まれたんだって。[1]
えっ、パウっとって、そうやってできたの?
ぼく、ようちえんで、まいにちパウっとって言ってた。くつはくときも。
ふふ。考えた人に、聞かせてあげたいね。
あと、むずかしい言葉が出てきても、わざとそのままにした回があるんだって。窓のサッシ、っていう言葉。[1]
サッシってなに?
窓のわく。ガラスがはまってる、まわりのところ。……ほら、いま、ソウタくん、私に聞いたでしょ。
それを待ってたんだって。見てる子がおうちの人に聞いて、そこから親子でお話がはじまるように。[1]
ぼく、ママに聞けばよかった。
少し離れたベンチで、お母さんが本から顔を上げて笑った。ソウタは「サッシ」とノートのすみに書いて、窓の絵に矢印を一本引いた。
ねえ、ナギさん。ここから、お話のなかみいっぱい言うよ。
うん。たたんでおくね。
中段為止途中の回(シリーズの途中から)點擊展開
ソウタ「ラブルって、さいしょは、パウ・パトロールじゃなかったの。ジェイクっていう、スキー場の人がいてね、ジェイクのところでたすける手つだいをして、すごいってみとめられて、なかまに入ったの」
ソウタ「エベレストも、そう。ゆきの原っぱにすんでる、おうちのない犬だった。ジェイクがゆきでまいごになったのを、たすけたの。それで、なかまに入れてもらえた」
ソウタ「トラッカーも。ジャングルにすんでて、ケントのいちばんの友だちのカルロスが、おとしあなにおちたのを、たすけた」
ナギ「みんな、誰かを助けたのがきっかけで、仲間になってるんだね」[1]
たたんだとこ、ぼく、いちばんすき。
読んだ。……じんとした。
でしょ。ぼく、あそこで、ケントのことすきになったの。
でも私だったら、あの入り方は、ちょっと緊張しちゃうかな。
……それだったら、ロボドッグは? さいしょから、ずっといるよ。
ロボドッグ?
中段為止途中の回點擊展開
ソウタ「ロボドッグは、ケントがつくった、子犬のかたちのロボット。ほんものの犬みたいにあなをほるし、ジェットで空もとぶ。大きいくるまのうんてんもできる」
ソウタ「でもね、リモコンでうごかしてて、しっぽがアンテナなの。そこがこわれると、いうこときかなくなって、あばれちゃう」
ソウタ「ロボドッグがだいぼうそうする回も、あるんだよ。ケントがつくったのに。ケントのつくったものも、こわれる」[1]
ソウタは鉛筆の先で、ノートのロボドッグのしっぽを、ぐるぐると何度もなぞった。アンテナのつもりらしい。ナギはそれを、湯気の消えかけた魔法瓶のふたを持ったまま見ていた。
ぼく、そこ見て、ちょっとほっとした。
ほっとしたの?
ケントがなんでもできたら、子犬のでばん、なくなっちゃうもん。
そっか。全部できちゃう人のとなりだと、出番がないもんね。
ケントがたすけてもらう回もあるよ。ケントをすくえ、っていうの。なかみは、ないしょにしとく。[1]
助ける人が、助けてもらう回。……そういうの、なんか好き。
あと、ライバール市長っていう人もいる。ほかの町の市長で、ニャン・パトロールっていう子ねこたちに、わるいことさせる。[1]
ニャン・パトロールの子ねこ、パウ・パトロールとほとんどおなじふくきてる。リュックから、どうぐも出てくる。[1]
ぼく、ニャン・パトロールも、ちょっとすき。まねっこしてるとこ。
悪いほうの子たちも、好きなんだ。
子ねこは、市長に言われてやってるだけかもって思うから。
言われてやってるだけ、か。大人のほうが、耳が痛いかも。
ケントはね、どんなトラブルもだいじょうぶって、きめぜりふを言う。パウフェクト!って。[1]
パーフェクトの、パウ版だ。
そう! ぼく、テストで百点のときも言う。
百点、取ったことあるの?
かん字で一回。さんすうは、まだ。
まだ、っていうの、いいね。次がある感じがする。
ぼく、えいがかんじゃなくて、おうちのテレビで見た。おねえちゃんと。
えいがの話も、たたんでね。
中段為止劇場版の始まり點擊展開
ソウタ「えいがだとね、ライバール市長が、アドベンチャーシティっていう、近くの大きい町の市長になっちゃう。それで、町がめちゃくちゃになる」
ソウタ「子犬の一ぴきが、その町で、むかしのことと、もういっかいむきあわなきゃいけなくなるの。そのあいだ、リバティっていうダックスフンドが、手つだってくれる」
ナギ「リバティは、新しい子なんだね」
ソウタ「うん。その町で大きくなった子。毛がながい」[2]
結局·真相劇場版の結末點擊展開
ソウタ「リバティは、パウ・パトロールにあこがれてたみたい。いっぱい手つだって、それがみとめられて、さいごに、パウ・パトロールのなかまになる」
ナギ「テレビのラブルやエベレストと、同じ入り方だ」
ソウタ「そう。おなじなの。だからぼく、さいごのとこで、立っちゃった」[2]
テレビの前で、立ったの?
うれしいと、立っちゃう。おねえちゃんに、まえが見えないって言われた。
立って観る映画。それ、いい観方。
ソウタはノートを最初のページに戻した。ダッシュバギーの絵のうしろに、四角がひとつ、あとから描き足してある。
バギーのうしろの四角、なに?
ぼくのせき。ケントのうしろにのって、つぎにだれをよぶか、いっしょにかんがえるの。
ケントになりたいんじゃないよ。ケントのとなりが、いいの。
前で決める人じゃなくて、となりで一緒に考える人。
ひとりできめると、まちがえたとき、だれもいないから。
風が出てきて、ノートのページが一枚めくれた。ナギは魔法瓶のふたを閉め、ソウタは鉛筆をポーチのファスナーのところにはさんだ。お母さんが、本を閉じてこちらを見ている。
ねえ、こんど、パウ・パトロールごっこするなら、ナギさん、なにやりたい?
私は、出動から帰ってきたみんなに、あったかいものを出す係がいいな。
それ、パウ・パトロールにいないよ。
いないかあ。
……それだったら、ルール、ひとつだけ足す。おかえりのかかり。ナギさんは、それ。
ぼくは、ケントのとなりで、つぎだれが行くか、いっしょにきめるかかり。ね、それでいい?