作業台の上に、黒い布と、銀色の布と、ふわふわした薄い布が三つの山になっていた。ソウタは三つの山のあいだを行ったり来たりして、どれにもさわらずに戻ってきた。
ねえ、おじさん。ドラゴンと、ドレス。どっちか、まだきめてない。
まだ時間はあるよ、ソウタくん。ドラゴンなら、どのドラゴン?
エンダードラゴン。マイクラの。
じゃあ、ドラゴンのほうのいいところを教えてくれるかい。おじさん、絵に描くから。
ルカーノはひざを折って、スケッチブックをソウタの目の高さに開いた。
エンドっていう、まっくらなところがあってね、島がういてるの。いちばん大きい、まんなかの島に、エンダードラゴンがいるの。ボスなんだよ。[1]
暗いところに浮かぶ島の、真ん中の主か。それは格好いいね。
でもね、ドレスもすきなの。すそが、ふわってなるやつ。……ひとつだけ、ってきめてるのに、ふたつある。
工房の入口のベルが鳴った。レイが大きな紙袋を二つ提げて入ってきて、ソウタと目が合うと、袋を一つだけ床に置いた。
ソウタ。店長、おじゃまします。型紙、一枚だけ見てもらっていいですか。
どうぞ、レイ。どこの縫い目だい?
襟ぐりです。カーブがきつくて、表に引きつれが出る。
レイさんは、なんのかっこう?
なんで? さくらじゃないの?
公式の主人公はさくら。でも私がずっと見てたのは、物語の中で服を作ってる側だった。小学生のとき、再放送で観て、そっちになりたいと思った。だから今年は、作る人の格好をする。
それなら、作る人が二人になるね。僕はジョージだ。
『Paradise Kiss』の、服飾の学校に通う生徒だよ。仲間と四人でグループを組んで、学校のファッションショーのためにモデルをスカウトして、一着のドレスを仕立てるんだ。ビーズを縫いつけるところまで、みんなでね。[7]
矢沢あいの漫画。ファッション誌『Zipper』で1999年から2003年まで連載された。
おじさんも、レイさんも、つくる人のかっこう。じゃあ、ぼくは、きる人だ。
そうだね。着る人がいないと、作る人の服は、ただの布のままだ。
ソウタはスケッチブックの絵をしばらく見ていた。ドラゴンの背中に、ルカーノが鉛筆で翼を二枚描き足していた。
ねえ、おじさん。つばさを、ドレスのすそみたいにできる? ふわってなるの。そしたら、ひとつで、ふたつになる。
……いいね。服でいえば、それはマントだよ。腕を上げると広がって、下ろすと裾みたいに落ちる。ソウタくん、ルールを守ったまま、ルールの中で二つにしたね。
待って。翼の端に重りを入れないと、走ったときにめくれる。ソウタ、走る?
はしる。
了解。じゃあ、裾に細いチェーンを縫いこむ。それと、目を光らせたいなら、小さいライトを入れられる。電池は背中。ゲーム機と同じで、光るところと、電池と、スイッチが別の場所にある。
ゲーム機の中、そうなってるの? 目は、むらさきがいい。ぼくの、すきな色。
そのとき、ベルがもう一度、乱暴に鳴った。ギターケースを背負ったジンが、入口で一度立ち止まり、それから大股で入ってきた。
ルカーノ。採寸だろ。……ついでに、ハロウィンのも頼む。とにかく悪そうにな。
了解。悪そう、も美しさの一種だよ。で、誰の格好をするんだい?
それ、悪い人じゃないと思います。
たいしょうぐんって、いちばんつよいの?
そこを目指してる、って話だ。目指してるあいだが、いちばん熱いんだよ。
それ、ひとりでめざしてるの?
……いや。最初は、同じ境遇のダチと二人で目指した。二人で大将軍になるって、毎日修行してた。[5]
ふたりなら、たのしいね。
……おう。で、ルカーノ。下から這い上がるやつは、最初はだいたい悪そうに見えるんだよ。……別に、理屈はいい。悪そうにしてくれ。
ルカーノがメジャーを肩に当てると、ジンは天井の一点を見たまま動かなくなった。腕を上げてと言われても、肘が半分しか上がらない。
ジンさん、なんでそんなに、かちかちなの?
……採寸は、こういうもんだ。
左の袖、ジンさんが力を入れてるぶん、三センチ短く出てます。息を吐いてください。
……おう。
ありがとう、レイ。ジン、悪そうは、肩の力を抜いたほうが出るんだ。力んだ悪者は、緊張した新人に見える。
仮縫いのまま、四人は商店街に出た。ソウタの黒い翼は、腕を上げるたびに大きく広がって、下ろすとドレスの裾のように足もとへ落ちた。背中のスイッチを押すと、目がむらさきに光った。
見て! 光った! ……レイさん、ちゃんと、ゲーム機みたいにうごいてる。
うん。配線、一本も外れてない。正しい。
レイは小さな布のバッグを肩から下げていた。中にはメジャーと、針と糸と、安全ピンが入っている。知世の格好をした人が、本当に修理道具を持って歩いていた。
公式には書いてないけど、知世なら、たぶんこういう袋を持ってる。……これは私の想像。
そのすぐ先で、魔女の格好をした小さな女の子のマントが、肩からずり落ちかけていた。留め具が外れている。レイはしゃがんで、そばにいた母親に一言ことわってから、安全ピンで裏から二か所留めた。
レイさん、いま、知世みたいだった。
……そう? 裏から留めたから、表からは見えない。そこだけは、自信ある。
ジンの衣装は、黒に近い濃い色でまとめられていた。ルカーノが、急ぎで肩に一枚、ぼろぼろに見えるよう裂いた布を重ねていた。すれ違った小さい子どもが、ジンを見上げて、持っていた飴を一つ差し出した。
……もらっとく。
ジンさん、わるそうなのに、おかしもらってる。
……別に。向こうがくれただけだ。
ソウタはジンの横に並ぶと、ジンと同じように眉を寄せて、口をへの字にした。
おい。その顔、真似すんなよ。お前はドラゴンだろ。ドラゴンは、もっと堂々としてろ。
どうどう?
胸を張って、翼をいっぱいに広げることさ。そう、それだ。
ソウタが両腕を上げると、黒い翼が通りいっぱいに広がった。近くにいた子どもたちが、わあ、と声をあげた。ジンは少し離れたところで腕を組み、口の端だけで笑っていた。
着る人が、いちばん最後に服を完成させるんだ。今日の仕上げは、ソウタくんの腕だったね。
通りの向こうから、ソウタの母が手を振るのが見えた。空はまだ明るかったが、西の端だけが少しだけ赤くなりはじめていた。
おかあさん、きた。……ねえ、らいねんは、みんな、なにやりたい?
まだ決めない。一年かけて、型紙から考える。
俺は来年も、悪そうに、だ。
僕は、ソウタくんが決めた服を作るよ。
じゃあ、ぼく、らいねんまでに、もういっこドラゴンをさがしておく。