中古の棚の前で、次の巻があるかを毎回探しています。『君に届け』です。恋の行方は、ここでは伏せておきます。
友だちの画面の中で
最初に見たのは、友だちのスマホの中だった。休み時間に「これ見て」って渡された短い動画で、アニメの一場面。女の子が何か言おうとして、言えなくて、もう一回口を開く。そこで動画は終わった。私はスマホを持ってないから、続きはその場で見られない。週末、家族で使ってるタブレットで、アニメの最初のほうを観た。次の週、友だちに「どこがよかった?」って聞かれて、私は言えなかったところ、って答えた。友だちは言えたところが好きだと言った。同じ場面で、好きなところが半分ずつずれてた。喜好
単行本は、町のリサイクルショップで一冊ずつ買ってる。一冊買うと、次の巻があるかどうか、棚の前でしばらく探す。抜けてる巻があると、そこだけ読めないまま待つ。待ってるあいだは、前の巻を読み返す。そのせいで、最初のほうの巻だけ、角がまるくなってきた。喜好
貞子って呼ばれる子
爽子は、中身はすごくいい子。なのに、見た目と、ちょっとした言い方のずれで、ぜんぜん違う人だと思われてる。読みながら、私は少しだけ自分のことを考えた。私はツッコミが早くて、言い方が冷たく聞こえるらしい。そんなつもりはない。爽子の場合は逆で、何か言う前に、相手のほうがもう身構えてる。どっちも、顔と声が、中身より先に相手に届いちゃう。風早は、そういう爽子を、最初からこわがらない人として出てくる。爽子に話しかけるときの顔が、ほかの子に話しかけるときと、あんまり変わらない。私はそこに、まず安心した。解读
小さい言葉を一個ずつ
爽子は、大きいことを言わない。ありがとう、とか、ごめんね、とか、小さい言葉を、時間をかけて相手に渡す。渡す前に、頭の中で何回も練習してるのが、顔で分かる。眉が寄って、口がちょっとだけ動いて、また閉じる。そういうコマが、私はいちばん好き。言葉より先に、言おうとしてる顔がある。解读
言えた日のページ
言えた日のコマは、それまでのどのコマより長い。ほんとに横に長いっていうより、そのページだけ時間がゆっくりになる。まわりの人の声が消えて、白いところが増えて、爽子の顔だけが残る。私はそういうページに来ると、一回本を閉じる。すぐ次をめくるのが、もったいないから。閉じたまま、表紙の爽子を少し見てから、また開く。解读
お、また閉じてんな。爽子ちゃん、言えたのか? そうか、言えたのか……!
いい話にしないで。まだ途中の巻なんだから。
おう、悪い。……で、次の巻はいつ買いに行くんだ?
父は、私が閉じた本の表紙を見るだけで、もう泣きそうになる。だから私は、読んでる途中の顔を、父にはあんまり見せない。家族の四コマでも、父は毎回泣き顔で描いてる。本人は知ってて、ちょっとうれしそうなのが困る。喜好
動画の一瞬と紙のページ
友だちの短い動画で見た場面を、あとで紙で探した。動画だと、言えなくて口を閉じるところは、ほんの一瞬だった。紙だと、そこに何コマもある。口を開けて、閉じて、手をにぎって、下を向く。動画で知ってたはずの場面なのに、紙で読むと、知らなかった顔がいっぱい出てくる。短い動画は入口で、紙は、その入口の奥にある部屋みたいだと思った。どっちが正しいとかじゃなくて、私はたぶん、両方ないとこの場面を好きにならなかった。喜好
目が合うまでの時間
最初の巻の爽子は、人と目を合わせるのに時間がかかる。目が合っても、すぐそらす。巻を追っていくと、目が合ったあとの顔が、少しずつやわらかくなっていく。どの巻で変わった、って言えないくらい、ゆっくり。だから、角がまるくなった最初の巻と、買ったばかりの巻を並べて、同じ爽子の顔を見比べるのが好き。解读
恋はまだ遠い人へ
恋の話は、まだ私には遠い。恋は、いまは読むもの。だから私は、爽子が友だちに言葉を届ける場面から好きになった。アニメの最初のほうで声の感じをつかんでから紙に移ったら、爽子の小さい声が、紙の上でも聞こえる気がした。中古なら一冊ずつ買えるから、私は最初の一巻だけ買って、爽子の顔が気になるかどうかで次を決めた。気になったから、いま棚の前で次の巻を探してる。喜好
声を小さくしてた子たち
6選の六本目の『ハニーレモンソーダ』にも、最初は自分の声を小さくしてる子が出てくる。一本目の『スキップとローファー』の美津未は反対で、思ったことがすぐ口から出る。三人を並べると、言葉が出てくる速さが全部違う。速さが違っても、相手に届くまでのコマを、どの漫画もちゃんと描いてる。私はそこばっかり読んでる。解读
言えなかった時間が長いほど、言えた日のページは白く、広くなる。