新静岡駅のホームで、ソウタは電車を三本見送った。三本とも、ふつうの電車だった。
まるちゃんの電車、来ない。
ああ。この線には、まる子の絵の電車が走ってたんだよな。一年だけのはずが、評判がよくて、ずっと延びたって話だ。[1]
じゃあ、なんで今日は来ないの。
待ってな、いま調べる。……あー。ソウタ、すまねぇ。その電車な、二〇二三年の三月で走り終わってた。俺がちゃんと調べてなかった。[1]
だって、ぼく、それに乗るって、お姉ちゃんに言ってきたのに。だって……
ソウタの「だって」が三つ目に入ったところで、ゲンはホームのベンチに腰を下ろし、ソウタと目の高さをそろえた。大きな手を膝の上で組んで、しばらく何も言わなかった。
……来ねぇもんは、来ねぇ。でもな、ソウタ。こういうとき、まる子ならどうする。
……心の中で、ぜんぶ言う。「なんで来ないのさ」って。まるちゃんは、考えてることがぜんぶ言葉になってるの。
それだ。じゃあ今日は、それで行くか。
ねえ、ルール足していい? 何かあったら、一人ひとつ、心の声を言う。でも、まわりの人に聞こえない声で。
よっしゃ、乗った!
ゲンさん、いまの声、大きい。
ソウタの母は、駅の改札までソウタを送ってきて、夕方五時半にまた同じ改札で待っていると言って帰った。お姉ちゃんは、今日は来られなかった。ソウタのリュックの中には、お土産を買うための小銭入れが入っている。
四本目の、ふつうの電車に乗った。行き先は入江岡駅。作中の「まるちゃん遠くのしんせきの家へあそびにいく」の回では、この駅が「清水駅」として出てきて、まる子はここから新静岡駅まで乗っている。
じゃあ、ぼくたち、まるちゃんの反対向き。
おう、迎えに行く向きだ。
入江岡駅で降りると、まわりは静かな住宅の町だった。この入江のあたりが、作者のさくらももこさんが子どものころを過ごした場所で、物語の主な舞台になっている。
ねえ、まるちゃんのおうちって、どこ?
作者の本当の家はな、八百屋だったんだと。でも漫画では、話とあんまり関係ないのと、店を描くのが大変だってんで、ふつうの一軒家に変えたそうだ。[1]
えー。それだったら、ぼくが八百屋、かいてあげたのに。大根とかキャベツとか。
ははっ、いいじゃん、それ! ……それとな、その本当の家も、いまはもうねぇんだ。だから探しに行かなくていい。[2]
ここらは、みんなが住んでる町だ。日曜の昼で、昼寝してる赤ん坊もいるかもしれねぇ。家の前で止まったり、窓に向けて写真を撮ったりはしない。心の声は、心の声のままでな。
(……ゲンさんの、ふつうの声が、もうちょっと大きい)
(……聞こえてるぞ)
二人は声をひそめて、町をひとまわりした。古い塀の上を、猫が一匹、同じ速さでついてきた。ソウタは猫に小さく手を振り、猫は角を曲がって消えた。
ねえ。まるちゃんって、三年生なんだよ。ぼくも、もうすぐ三年生。それに、まるちゃんにもお姉ちゃんがいるの。[1]
おう。で、まる子は、お姉ちゃんとケンカするか。
する。でも、すぐなかなおりしてることがあるの。そこがいい。……ぼくも、きのうお姉ちゃんとケンカした。だから今日、来なかったのかも。
ゲンは歩く速さを少しゆるめた。それから、何も言わずにソウタの頭に手をのせた。
昼は、清水港の近くまで歩いて、海の見えるベンチでおにぎりを食べた。清水は、古くから港を中心に栄えてきた町だ。
いい港だ。俺が若いころ乗ってた船も、こういう港から長い航海に出た。そのあいだ、船の中で、録画したまる子のビデオを何回も観たんだ。
なんで、まるちゃんなの? 海の話じゃないのに。
陸の、なんでもねぇ毎日が観たかったんだよ。じいちゃんがいて、父ちゃんと母ちゃんがいて、姉ちゃんがいて、みんなどっか抜けてる。船の上だと、それがいちばんのごちそうだった。
ねえ、まるちゃんって、いつの話? スマホ、ぜんぜん出てこないよ。
昭和49年から50年ごろの話だ。1974年と75年。俺が生まれたのが、ちょうどそのころだ。[1]
えっ。じゃあゲンさん、まるちゃんと同じころの赤ちゃん?
おう。まる子が三年生で、俺はおむつだ。
ソウタは笑いすぎて、おにぎりの海苔を膝に落とした。岸壁のカモメが一羽、首をかしげてそれを見ていた。
なあソウタ。まる子の家で、いちばんえらいのは誰だと思う。
うーん……いないんじゃない? みんなでやってるもん。おじいちゃんもお姉ちゃんも、ちょっとずつ。いちばんを決めたら、決まらなかった人がかわいそう。
(……泣けるじゃねぇか……!)
ゲンさん、それ、心の声じゃない。ふつうに聞こえてる。
帰り道、入江岡駅の近くのお菓子屋さんで、ソウタはお土産を選びはじめた。小銭入れの中身を三回数えて、棚の前を四往復した。ゲンは腕時計を一回だけ見て、それからは見なかった。
あとちょっと。……あとちょっと。……ねえ、ゲンさん。お姉ちゃんの好きなのと、ぼくの好きなの、ちがうの。どっちにすればいい?
どっちだと思う。
……お姉ちゃんの。それで、半分こしてって言う。そしたら、なかなおりのルールになる。
よっしゃ。それが、今日いちばんの工夫だ。
帰りの電車は、またふつうの電車だった。ソウタは窓に額をつけて、反対側のホームを最後まで見ていた。もう走っていないと分かっていても、見ていた。
(……来なかったのも、数に入れとく)
(……おう。乗れなかった電車ってのも、ちゃんと覚えとくもんだ)
五時半ちょうど、新静岡駅の改札の向こうで、ソウタの母が手を振っていた。ソウタは走り出しかけて、振り返った。
ゲンさん、六時、まにあう? まるちゃん、日曜の六時だから。[1]
まにあう。走らなくてもまにあう。だから、走るな。
六時を少し過ぎたころ、帰りの電車の中で、ゲンの携帯電話が鳴った。ソウタの母から写真が届いていた。テレビの前に、子どもが二人。お土産の箱が開いていて、中身はちょうど半分ずつ減っていた。写真の下に、一行だけ。「いま はじまった」。ゲンは窓のほうを向いて、太い指で目のはしをこすった。向かいの席の人には、たぶん、心の声まで聞こえていた。