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Everyday

カラオケで、封印が二つ解けた夜

Spoiler range No spoilers どの作品も、紹介文や第1話の入口で分かる範囲まで。物語の展開と結末には触れません

ライブの音合わせのあと、ジンに呼び出されたソウマと、ついてきたエマ。歌わないレンは選曲係。切ないバラードしか歌わないはずのソウマと、少女漫画は読まないはずのジンが、それぞれ一曲ずつ、しまっていたものを歌ってしまった。

For people who
カラオケで十八番を持っている人へ。そして、人には言えない一曲を持っている人へ。
Who's talking
Jin × Souma × Emma × Ren
Karaoke 駅前のカラオケ(楽器を持ち込める部屋) 金曜の夜

楽器を持ち込める部屋で、ジンとレンが次のライブの音合わせをしていた。二時間で交わした言葉は「そこ」「ああ」「もう一回」の三つだけ。音がぴたりと合うと、二人とも同時に、少しだけ顎を引く。

八時すぎ、ドアが開いた。両手にコンビニの袋を提げたソウマと、その後ろから、金髪の女の子が顔をのぞかせる。

Jin

遅え。コーラは。

Souma

買ってきた。ポテトも。……あと、こっちはエマ。同じ大学の。学食で「ジンさんにパシられてる」って言ったら、ついてきた。

Jin

パシリじゃねえ。舎弟だ。

Souma

……そっちのほうが悪いと思う。

Emma

エマです! 日本のカラオケは何回も来てるけど、アニソンだけの夜は初めて。Nice! ギターもベースもある。本物のバンドの人?

Jin

……別に。たまたま弾けるだけだ。

ジンはギターをケースにしまいながら、なぜか背筋を伸ばして座り直した。

Ren

僕は歌わないので、入れる係をやります。

Emma

え、なんで? ベース弾けるのに。

Ren

弾くのと歌うのは、たぶん別の回路なんです。僕が歌うと、全部の音がきれいに半音ずつずれる。ずれ方が一定なので、それはそれで面白いらしいんですけど。

Jin

(ソウマに小声で)……一定だから、逆に落ち着かねえんだよ。

Souma

本人に言いなよ。

Jin

言わねえ。

Emma

じゃあ最初、私いい? 知ってるの、これしかないかも。

Sung by Emma 「ミックスナッツ」 Official髭男dism Spy × Family · Opening レンのタンバリンが一拍も外れなかった。

レンのタンバリンは、本当に一拍も外れない。ジンがそれを横目で見て、何も言わずに自分のマラカスをテーブルに置いた。

Souma

スパイの家の話の歌を、スパイものに厳しい人が歌ってる。

Emma

厳しいよ? スパイものはだいたい「その距離で尾行したら普通ばれる」って思っちゃう。でもSPY×FAMILYだけは、採点甘くしてる。

Ren

甘くする理由は?

Emma

だって本題、スパイじゃないもん。全員が何か隠してるのに、ごはんは一緒に食べてる。そっちが本題でしょ? だったら尾行の距離くらい、いいよ。許す。

Souma

ミックスナッツって題、うまいよね。殻の違うものが、一つの袋に入ってる。……家族って、たぶんそれくらいでいい。

Emma

え、ソウマくん、今すごくいいこと言った。

Souma

今のは忘れて。

Jin

次、俺。

Sung by Jin 「KICK BACK」 米津玄師 Chainsaw Man · Opening 二番でソファに片足をかけた。

ジンは前奏の一音目から立っていた。二番に入るところでソファに片足をかけ、サビで体重を乗せた瞬間、クッションごと滑った。マイクだけは、最後まで口元から離れなかった。

Emma

大丈夫!?

Jin

……今のは演出だ。

Souma

今日の一回、もう済んだね。

ジンは何をしても、だいたい一回は派手に転ぶ。ソウマはそれを知っていて、ポテトの皿を最初からテーブルの奥に寄せていた。

注文は、ソウマが壁の電話で済ませた。ジンは端末でメニューを探して戻るボタンを三回押し、黙って端末をソウマに渡していた。

Emma

ハニートーストってある? アイスのせたい。

Souma

もう頼んだ。アイスも。

Emma

え、なんで分かったの。

Souma

学食で、毎回デザートから決める人だから。

Emma

ねえ、ジンさんとレンさんって、仲いいの?

Jin

別に。

Ren

普通です。

二人の返事は、ほとんど同時だった。

Souma

この二人が音合わせ以外で話してるとこ、俺は見たことない。

Emma

Nice. それ、いちばん信頼してるやつじゃん。空手の組手でもね、いちばん強い相手とは、礼のあと何も話さないの。話さなくても分かるから。

Jin

……空手やってんのか。

Emma

黒帯。

ジンが、もう一段だけ背筋を伸ばした。

Emma

チェンソーマンって、どういう話? 教えて?

Jin

教えねえ。観ろ。……主人公が、欲しいもんがはっきりしてんだよ。ふつうの暮らしがしたい、とか。そういうまっすぐな奴が、ろくでもねえ世界で暴れる。それだけ聞いとけ。

Ren

「それだけ」の選び方、ちょうどいいと思う。何が起きるかは、一個も言ってない。

Jin

……お前に褒められても嬉しくねえ。

Ren

褒めてない。確認しただけ。

Emma

ソウマくんは?

Souma

俺はいい。

Jin

歌え。

ソウマは三秒だけ迷ってから、端末で一曲を選んだ。前奏が流れた瞬間、レンがタンバリンをそっと膝の上に置いた。

Sung by Souma 「One more time, One more chance」 山崎まさよし 5 Centimeters per Second · Theme song 声が小さすぎて、採点のバーはほとんど動かなかった。

部屋の空気が、一段静かになった。画面の採点バーは低いところで止まったままだったが、誰もそれを見ていなかった。

Emma

……ソウマくん、恋してた?

Souma

……別に。高校のころ、こういう歌ばっかり聴いてただけ。届かない距離って、メートルじゃ測れないから。

Souma

今のは忘れて。

Ren

秒速5センチメートルは、最後まで観られたの? ソウマくん、長いのは途中で止めるでしょう。

Souma

あれは長くないから観られた。……二時間あると、途中で窓を開けたくなる。

Emma

窓?

Souma

空気を入れ替えたくなるんだよ。話の。

Emma

レンさんの好きなのは? 歌わないなら、教えて?

Ren

STEINS;GATE。一回目と二回目で、同じ場面がまるで違って見える作品です。

Emma

何が違うの?

Ren

それは言わない。言ったら、一回しかない一回目を、僕が先に使っちゃうことになるから。……観るなら、二回目のときに、一話で誰が何を言ってるかだけ、もう一回見て。

Jin

(ソウマに小声で)こいつに作品の話させると、そこから長えぞ。

Ren

聞こえてる。今日は短くした。

Souma

ほんとに短かった。めずらしい。

そのとき、画面の予約欄に一曲増えた。COLORS。送信した端末の名前には、ジンと出ていた。

Souma

ジンさん。それは封印した。

Jin

知らねえよ、お前の封印なんか。歌え。

Emma

封印? What?

Ren

ソウマくんの、中学のころの……。いや、僕からは言わない。

Sung by Souma 「COLORS」 FLOW Code Geass: Lelouch of the Rebellion · Opening 一番は棒読み、二番から片手で目元を覆いはじめた。

一番のソウマは、ほとんど棒読みだった。二番に入ったところで、左手がゆっくり上がり、片目を覆った。サビでは、もう誰の顔も見ていなかった。ジンが拳を突き上げ、レンのタンバリンが倍の速さになった。

Emma

え、え、待って、何が起きてるの。

Ren

コードギアス 反逆のルルーシュの、オープニングです。主人公が、ある力を手に入れるところから始まる話。……続きは言わない。エマさんが観るなら、一話を観ながら、主人公がまだ何を知らないかだけ見てて。

Emma

一個だけヒント出すの、ずるい。観るしかないじゃん。

曲が終わると、ソウマは静かにマイクを置いた。

Souma

今のは忘れて。全部。

エマが吹き出した。ソウマの耳が赤くなる。ジンが、少しだけ身を乗り出した。

Jin

おい。今の笑いは、どっちだ。

Emma

かっこよかったほうの笑い! ほんとに。最後のポーズ、スケッチさせてほしかった。

Jin

……ならいい。(ソウマに)忘れねえよ。最高だった。

Souma

……入れたの、ジンさんでしょ。

十時を回ったころ、予約欄に、また一曲増えた。a little pain。送信した端末の名前は、またジンだった。

Jin

……押し間違えた。消せ。

Emma

え、この曲なに?

Souma

NANAのエンディング。少女漫画の、バンドの話の。

Jin

少女漫画は読まねえ。たまたま知ってるだけだ。消せって。

ソウマが端末に手を伸ばす。その手を、レンが止めた。

Ren

消さないで。……キー、二つ下げておきます。そのほうが、ジンの声の低いところが使える。

レンがジンのために何かを変えたのは、今夜これが初めてだった。ジンは何か言いかけて、やめて、マイクを取った。

Sung by Jin 「a little pain」 OLIVIA inspi' REIRA (TRAPNEST) NANA · Ending キーを二つ下げて、座ったまま歌った。

さっきまでソファを踏んでいた人とは思えない声だった。画面に流れる文字を、ジンは一度も見なかった。

Emma

……画面、見ないで歌えてた。

Jin

見てた。

Souma

見てなかった。

Jin

……冷房が強えんだよ、この部屋。目が乾く。

Ren

二番の入り、走らなかったね。

Jin

……おう。

それだけだった。それでも二人は、ライブのときと同じように、同時に少しだけ顎を引いた。

延長の電話を取ったのはソウマで、精算の列に並んだのもソウマだった。気づけば、全員分の上着とギターケースの持ち手を握っている。

Emma

次はいつ? 私、それまでにコードギアスの一話観てくる。あとNANAも読む。

Jin

NANAは読まなくていい。

Emma

なんで?

Jin

……読むなら、全部読め。途中でやめんな。それは契約だろ。

Souma

契約、勝手に結ばないで。

駅前で、ジンとレンは反対の方向へ歩き出した。さよならは言わなかった。振り返ったのは、どちらも同じ一回だけだった。

Works in this article

Spy × Family
Anime 2022 · TVシリーズ #コメディ #アクション
Chainsaw Man
Anime 2022 · TVシリーズ #アクション #ホラー
Steins;Gate
Anime 2011 · TVシリーズ #SF #サスペンス

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