ガクが、年表の写真を貼るためだけに作ったグループ。ゲンは「見るだけだぞ」と言って入り、ミコは「通知は切ってる」と言いながら、既読がいつもいちばん早い。
ガク! うちの末っ子が、テレビで観た陰陽師のまねして、紙の人形を家じゅうに飛ばしてる
で、安倍晴明って結局なにした人だ? 魔法使いか?
魔法使いの前に、役人です。朝廷の役所に勤めて、占いや儀式を仕事にしていた人。
アニメでいうと、魔法学校の天才より、気象台と天文台と時報の係をひとつにまとめた役所の職員さん、のほうが近いです。
急に親近感。……晴明、勤め人だったんだ
役所の陰陽師! 窓口に並ぶのか?
窓口は、たぶんないです。
陰陽寮っていう役所で、中務省の下にありました。受け持ちは占いと、天文と、暦づくりと、時刻。空にふだんと違うものが出たら記録して、外に漏れないように封をして知らせる。陰陽・星・暦の係には先生役の博士がいて、その下で学生が学んでいた。水時計の係にも博士がいました。
で、陰陽師っていうのは、その中の役職の名前。定員は六人です。そこから先の位の決まりがまた面白くて、陰陽博士と天文博士のほうが位が高いのは――
分からん! 字が多い! 船で言ってくれ!
船で言うと、天気を読む人と、潮見表を作る人と、出港の鐘を鳴らす人が、ひとつの事務所にいる。そこの、占い担当の席が六つ。晴明も、そういう役所で働いた人です。
それなら分かる! 漁協の二階だな
鐘のところも本当にあって、水時計の番をして、鐘や太鼓を打って時刻を知らせる係がいました。守辰丁っていう、いちばん現場の職員です。
私はそっちの人のほうが気になる。毎日、時間どおりに太鼓を叩いて、遅れたら都じゅうの一日がずれる。それで名前は伝わってない、とかでしょ
僕が読んだ職員の表には、守辰丁の仕事と定員は書いてあったけど、一人ひとりの名前までは載ってなかった。
だよね。晴明の話は、その太鼓の音の下でやってたってことね。……続けて
その晴明、四十歳のころにまだ学生の身分だったんです。天文得業生っていう、星の博士を目指す学生。記録に名前が初めて出てくるのも、そのころ。
960年、天文得業生として記録に初めて現れる
Gaku四十で学生! いいじゃん、それ! ……網の結び方なら、俺もいまだに親父に直されてるぞ
遅咲き。好感度、上がった
先生は、賀茂忠行と賀茂保憲の親子です。で、晴明は保憲から天文と占いの道を受け継いで、保憲の実の息子のほうは暦の道を継いだ。
実の息子と、弟子で分けたんだ。……それ、揉めそう
僕も最初はそう思った。でも、天文と暦で持ち場を分けたから、賀茂の家と安倍の家が、どっちも長く続いたとも読めるんだ。
親方の息子と、腕のいい弟子か。港でもよくある話だ。どっちも船には要るんだけどな
そこから天文博士になって、主計権助、左京権大夫と、いくつもの役所の役職を回っていきます。
主計って、お金の計算のとこ? 陰陽師が経理に異動してる
名前のとおり、数を扱う役所。ここからは僕の想像だけど、星の動きを毎晩計算してきた腕を買われたんじゃないかな。
天文博士の仕事も面白いんです。空にふだんと違うことが起きたら、それを外に漏らさないよう封をして、上にだけ知らせる。晴明もこの役に就いています。
空の異変を、いちばん上にだけこっそり届ける係。……その人、いちばん先に知ってるってことでしょ。怖い立場
天皇や藤原道長みたいな上の人たちに頼りにされて、晴明が占いや儀式をした様子が、当時の貴族の日記にたくさん残っています。実在したことは、記録でしっかり確かめられる人なんです。
しかも、八十歳を越えるまで生きた。当時としては、かなりの長生きです。
921年生まれとされ、1005年に亡くなった
Gakuでも、テレビの晴明は、狐の子で、式神を使って、鬼と戦ってた。あれはどこから来たの
そこからが伝説です。お母さんが葛の葉っていう狐だった、という話は、ずっと後の時代の芝居や物語で広まったもの。ライバルの蘆屋道満と術くらべをする話も、たくさん残ってる。
花山天皇が位を降りるのを、空の様子で先に知った、なんて話も昔の物語にあります。
そういや末っ子、紙の人形に星のマークを描いてたぞ。一筆書きの、とんがった星
五芒星ですね。晴明の紋として伝わっている形で、のちには陰陽道そのものの印みたいに使われるようになります。
星ひとつで誰の話か分かる。看板として強すぎる
道満ってやつ、毎回負け役か。ちょっと応援したくなるな
あと、鬼の話は夜にすんなよ。俺は時化より、そっちのほうが怖ぇんだ
海は平気なのに
僕がいちばん好きなのは、犬の話です。藤原道長がお寺に入ろうとしたら、かわいがっていた犬が止めた。晴明に占わせたら、道長に呪いがかけられかけていて、犬はそれに気づいていた、っていう昔話。
……この話、晴明より先に、犬のほうで目が熱くなる。
犬はな、分かってんだよ。言葉がねぇから、体で止めるんだ
分かる。で、犬は手柄を名乗らない。……その伝説、いつ増えたの。本人が生きてるとき?
生きてるうちから評判の人だったけど、伝説が大きく育つのは亡くなったあと。昔の物語集に書かれて、晴明の子孫の安倍氏が陰陽の家として力をつけていくのと一緒に、話がどんどん増えていったんだ。
子孫の家は、やがて陰陽寮をまとめる家になります。
つまり、上に立った家が、ご先祖の話を盛った。
いや、盛るのが悪いって言いたいんじゃない。盛った話には、盛った人の都合が入ってる。私はそれを分けて読みたいだけ
制度の上から見ると、家が役所の上に立てば、ご先祖の名前はその家の看板になる。看板は、毎日磨く人がいるから光るんだよね。
で、看板を磨いてた人の名前も、残ってない。太鼓の人と同じ
お前ら、さっきから太鼓の人と磨く人の話ばっかりだな。晴明はどこ行った
すみません。晴明に戻ります。
いまのアニメや漫画の晴明を考えると、夢枕獏さんの小説『陰陽師』は外せないです。晴明と、相棒の源博雅が、平安の都のあやしい出来事に出会っていく。岡野玲子さんが漫画にして、映画にも、アニメにもなっています。
最初の短編の発表は1986年。岡野玲子の漫画は1993年から
Gaku涼しい顔で、ちょっと意地悪で、とびきり頭が切れる。僕は、いまの晴明の顔は、あの小説から広がっていったんだと思ってます。
『少年陰陽師』も。主人公は晴明の孫で、じい様の名前の大きさに、ずっと複雑な気持ちを抱えてる。前に見放題で一気に観た
孫か! じいちゃんの名前がでかすぎるのも、楽じゃねぇな
看板の下で、本人はまだ半人前の修行中。さっきの話と同じ形
あと『銀魂』にもいる。結野晴明。一族の歴代でいちばん強いって言われる天才陰陽師で、妹は陰陽師の一族なのに、テレビのお天気お姉さん
天文と暦の役所の話を聞いたあとだと、陰陽師の家の人がお天気の係なの、ちゃんと筋が通って見えるね。
でしょ。銀魂、雑に見せて、そういうとこ雑じゃない
私は、役所の晴明のほうが好き。四十で学生をやって、空を見て、貴族の日記に名前が残るくらいの仕事を毎日してた人。伝説は、そのあとで誰かが上から貼った看板
僕は、どっちの晴明も好きだな。表に看板があるから、裏の職員の表まで読みに行きたくなる。
俺は犬だ。犬がいちばん偉い
よし、末っ子に言っとく。晴明は役所勤めで、四十でも勉強してて、犬の話がいちばんいいって
あと、紙の人形は寝る前に全部拾えってな。俺はもう寝る。朝が早ぇんだ
漁師の朝って、何時ですか
ミコが寝るころだ!
……否定できない。おやすみなさい
ガクはグループの名前を「年表の余白(平安)」に変えて、職員の表の写真を一枚だけ貼った。守辰丁の行の、一人の名前も載っていない欄に、赤い丸をつけて。既読は、すぐに二つついた。
