6選の五本目は、検事のドラマ『HERO』です。一話ごとの事件の片づき方と、主人公のこの先の行き先は伏せておきます。話すのは、私がこのドラマのどの席に座って観ていたか、です。
中古店の箱
夏の出張のとき、駅前の中古店の棚で、このドラマの箱を見つけました。裏に検事の話とありました。検事の仕事は、私の仕事と同じく、紙の上で進むものだと考えていました。確かめるつもりで買い、ホテルの部屋の再生機につないで、字幕をつけて観ました。箱の中で、話は何枚かの円盤に分かれていました。観終えた円盤から順に、手帳の端に印を付けていきました。出張の残りの夜を、ちょうど使い切る量でした。喜好
観終えた円盤は、箱に戻す前に一枚ずつ布で拭きました。中古の品には、前の持ち主の指の跡が残っていることがあります。跡を拭きながら、前の持ち主がどの回を何度観たのかを考えました。確かめる手段のない欄です。喜好
主演は木村拓哉さん。フジテレビ系の月曜九時の枠で放送されたドラマです。木村さんが演じる検事・久利生公平が、青森から東京地検の支部へ移ってくるところから物語が始まります。事實[1]
スーツを着ない検事
久利生は、スーツではなくダウンジャケット姿で職場に現れます。高校を途中でやめ、大検を経て司法試験に通った経歴の持ち主です。テレビの通信販売で、変わった品をよく買う人物でもあります。初めて見たとき、私は彼の身の回りの物を、手帳に一つずつ書き出していました。事實[1]
通販の品が増えるたびに、私は一つ気になることがあります。彼は領収書を取っているのか。作中では、確かめられません。私の手帳には、その欄だけが毎回空いています。喜好
事件の調べに付き合わされるのは、松たか子さんが演じる検察事務官の雨宮舞子です。二人の周りには、同じ支部の検事たちがいます。事實[1]
ああいうお品は、箱が大きいのです。
箱が大きい。承知しました。その欄は、私の手帳にはありません。
どうぞ。運ぶ側は、中身より先に、箱を覚えます。
隣で記録を取る人
取り調べの場面では、検事の机の横に事務官の席があり、やりとりがそこで記録されていきます。私が最初に目を留めたのは、主人公ではなく、この席でした。話す人の隣で、言われたことを、言われた順に残す。私の仕事は、あの席の仕事に近いのです。作品中的觀察
私は観ているあいだ、手帳を開いたまま膝に置き、彼女が記録を取る場面では、同じ速さでペンを動かしてみました。追いつけた回は、数えるほどです。速さでは負けても、順番だけは崩さずに書けました。その頁は、いまも手帳の中ほどに残っています。喜好
その席から見ると、久利生はたいへん困った検事です。机にいない。予定どおりに動かない。記録を取る側は、彼の後を追って、部屋の外へ出ていくことになります。書く人が、書くために席を立つ。私はこの場面の種類が来るたびに、自分の椅子の上で少し身じろぎします。作品中的觀察
事件と関係のない会話
もう一つ好きなのは、同じ支部の検事や事務官たちが、廊下や部屋で交わす、事件とは関係のない話です。誰が誰の噂をしたか。私はそれも書き取ってしまいます。その欄は、仕事の役には立たない欄です。けれど、そのやりとりがあるから、あの支部が一つの職場として回っていることが分かります。仕事の場面だけを並べた表では、職場は描けない。このドラマは、それを私に教えた作品です。私の職場には、ああいう廊下の話はありません。だから余計に、書き取る手が動き続けます。喜好
法廷の手前で決める人
このドラマの検事の仕事は、疑いをかけられた人から話を聞き、裁判にかけるかどうかを決めることです。罪を問うて裁判にかける権限は、検察官だけが持つものです。事實[1]
一本目の『十二人の怒れる男』は、法廷を出たあとの部屋で決める人たちの話でした。こちらは、法廷に入る前の部屋で決める人の話です。どちらも、その先の手続きの入口を握っています。入口で誤れば、そのあとの手続きがどれほど正しくても、正しい結末には届かない。手続きの重さは、入口に近いほど大きい。私はこの二本を並べて観て、手帳にそう書き留めました。久利生が机を離れて確かめに行くのは、その入口の重さを知っているからだ、と私は読んでいます。解讀
一行だけの疑い
最後まで観た夜、私は手帳の仕事の頁に、一行だけ書き足しました。書類の上で照合が済んでも、現物を見ていない欄がある、という一行です。それまでの私は、書類がそろえば確かめは終わると考えていました。久利生のやり方が正しいのかどうかは、いまも決めていません。決めていないものを、私は保留と書きます。喜好
法律の言葉が苦手な人へ
検事や裁判の言葉が分からなくても、困りませんでした。私の入口は、最初の回を、事務官の目で観ることでした。初めてこの検事と組まされた人が、何に戸惑い、何に腹を立てるか。その戸惑いを追ううちに、支部の顔ぶれが自然に頭に入ってきます。主人公の格好よさは、二回目からで足ります。私は最初の回を観ながら、事務官の名前の横に、彼女があきれた顔をした回数を、正の字で付けていました。最初の回だけで、正の字は二つを超えました。喜好
六本目への橋渡し
四本目の『DEATH NOTE』は、机の上で書くことの重さを読む漫画でした。この作品は、書く前に席を立つ人たちの話です。六本目の『ガリレオ』では、確かめる場所が、現場から実験台へ移ります。解讀
書き留める側の人も、ときどき席を立って、話す人を追いかけることになる。