6選の三本目は、ホテルのテレビで出会った刑事ドラマです。各回の犯人の名前も、崩される仕掛けも、ここには書きません。もっとも、この作品は犯人が最初から分かる作りですから、伏せたまま話せることのほうが多いのです。
冬の夜の再放送
ある冬の出張で、夜遅くに部屋のテレビをつけると、古い刑事ドラマの再放送が始まるところでした。字幕をつけて観はじめると、最初の場面から、誰かが誰かを手にかける様子がはっきり映りました。私は、放送の順番が入れ替わっているのだと判断しました。解決の場面が先に流れている、と。そうではないと分かったのは、しばらくしてからです。その冬は、同じ時刻にテレビをつけるようになりました。再放送が翌週まで空く夜は、前の回の表を読み返して過ごしました。喜好
主演は田村正和さん、脚本は劇作家の三谷幸喜さん。フジテレビ系列で放送されたシリーズで、田村さんが演じる警部補・古畑任三郎が、犯人と言葉を交わしながら、犯行の本当の姿をほどいていきます。犯人は、回ごとに違う俳優が演じます。事實[2]
先に全部見せる作り
このドラマは、まず犯行の一部始終を観る側に見せ、それから古畑が犯人とのやりとりを通じて疑いを固め、最後に本人の口から認めさせる、という順で進みます。倒叙と呼ばれる形です。観る側が気にするのは、誰がやったかではありません。どうやって追い詰めるか、です。事實[1]
私が引き込まれたのは、古畑が本編に入ってすぐには姿を見せない回が多いことでした。そのあいだ、私は犯人と同じ側にいます。犯人が何を片づけ、何を言い訳に用意し、何を見落としたか。それを、犯人と並んで見ている。だから古畑が現れたとき、私は追う側ではなく、来られた側の席に座っています。作品中的觀察
丁寧な言葉で閉じていく
古畑は、たいてい犯人に対して声を荒らげません。丁寧な言葉のまま、話を少しずらし、また戻し、確かめる順番だけで相手の逃げ道を一本ずつ閉じていきます。脅しや取引で押す回は、ほとんどありません。順番が、そのまま圧になる。追い詰められていく側の呼吸が、画面のこちらにまで届きます。追い詰められる側の気持ちが、なぜか分かる。その理由は一つです。私の仕事にも、書類の不備を一つずつ指摘する場面があるからです。指摘される側の顔を、私は何度も見てきました。作品中的觀察
もう一つ、私が繰り返し観るのは、終わり近くで、古畑と犯人がその回でいちばん大事な場所に立ち、向かい合う場面です。周りに人が少ないぶん、交わされる言葉の一つ一つが、記録の代わりになっていく。誰も書き留めていないはずの会話が、犯人の側にとっては、いちばん重い証言になる。私はこの場面だけは、手帳を閉じて観ます。書き取るより、聞いていたいからです。作品中的觀察
画面の向こうからの問いかけ
このドラマには、解決の場面の直前に画面が暗くなり、古畑が観ている側へ向き直って語りかける作りがあります。犯人はどこでしくじったのか、と観る者に問いを投げてくるのです。事實[1]
私はあの場面を、自分への確認として聞いています。私の言葉に直すと、こうなります。確認します。あなたは、その夜、そこにいましたか。私はいました。犯人と一緒に、最初の場面から。見ていたのに、どこで崩れるかが分からない。問いかけを聞くたびに、私は手帳の表を最初の行から読み直します。たいてい、答えは表の中にあります。私が、その行を軽く読んでいただけです。喜好
問いかけのあと、私は画面から目を外して、手帳の表を指でなぞります。そのあいだも、部屋には古畑の声が流れています。目を戻すと、古畑が、ちょうど私の指が止まった行の話を始める夜があります。そういう夜は、画面に向かって、いつもより少し深く頭を下げます。喜好
地位の高い犯人たち
このシリーズの犯人には、作品の中で名の知れた人や、社会で重い立場にある人が多く登場します。私が見ていて落ち着くのは、古畑の手順が、相手の肩書きによって一つも変わらないことです。相手が誰であっても、同じ丁寧さで話しかけ、同じ順番で確かめ、同じところで立ち止まる。作品中的觀察
手続きは、相手を選ばないためにあります。私は仕事の中で、そう教わり、そう書いてきました。肩書きの重い相手ほど、書類の不備を指摘する声は小さくなりがちです。古畑は、そこで声を小さくしません。言葉は柔らかいまま、手順の重さだけは一定に保つ。私がこの人物を好きなキャラクターに挙げているのは、その一定さのためです。解讀
どの回からでも入れた
一回ごとに事件が片づく作りなので、私はどの回からでも入れました。私に合っていたのは、犯行の場面で、犯人が手で触れた物を三つだけ書き出しておく観方です。古畑がそのどれに目を留めるかを待っていると、短い時間でも、追う側の楽しさと、追われる側の落ち着かなさが両方味わえます。三つのうち、一つも当たらない夜もあります。それも記録に残します。当たった夜より、外れた夜のほうが、翌朝よく覚えています。喜好
表を作る順番の変化
二本目の『そして誰もいなくなった』では、犯人を知らないまま表を作りました。この作品では、犯人を知ったうえで表を作ります。四本目の『DEATH NOTE』になると、追う側と追われる側が、互いの表を読み合うことになります。六本目の『ガリレオ』にも、犯人の見当が早くにつく回があり、そこで私はまた、この冬の夜の観方を思い出します。解讀
犯人が分かっていても、確かめる順番はまだ残っている。
