6選の二本目は小説の『銀河英雄伝説』です。私がいま抱えている問いの一つ、「有能な指揮官は、よい上司なのか」は、ほとんどこの作品からもらったものです。答えは、読み返すたびに変わります。物語の展開には触れません。
定食屋で会社の名前を考えた夜
読んだのは学生のころです。仲間の一人が貸してくれて、気づけば何人かで同じ巻を回し読みしていました。夜通し語り合い、安い定食屋で、いつか作る会社の名前を何十個も考えた。世界を変える会社をつくると本気で決めたのは、あの時期です。喜好
アニメの公式サイトでは、『銀河英雄伝説』を田中芳樹さんの代表作として紹介しています。第1巻が出たのは1982年。本伝10巻と外伝5巻からなる大長篇小説です。事實[2]
東京創元社による第1巻の紹介文が描くのは、二つの勢力の闘争です。片や銀河に一大王朝を築いた帝国、片や民主主義を旗印とする自由惑星同盟。そのなかで相まみえるのが、「常勝の天才」と呼ばれる帝国の若き将ラインハルト・フォン・ローエングラム、そして「不敗の魔術師」と呼ばれる同盟の軍略家ヤン・ウェンリーだ、と紹介文は書いています。事實[1]
好きな理由1:天才が二人いる
この作品は、勝ち方の違う二人の天才を、両方の側から描きます。学生の私は、どちらが強いかで夢中になっていました。けれど会社を持ってから読み返すと、見え方がまるで変わった。二人のまわりにいる部下たちの顔が、急に目に入ってきたんです。誰がこの人についていき、誰が疲れていくのか。勝敗の表より、そちらのほうが気になるようになりました。解讀
いや、それはそう。有能でも、部下の名前を覚えない上司は無理。結果を出す人ほど、出せない人の事情を見なくなるから。そこなんだよ。解讀
ミコさんの言い方は鋭いですね。私も若いころは、結果を出せば人はついてくると思っていました。
……それ、このあと説教くるやつ?
来ません。私が間違えた話をするだけです。
好きな理由2:勝ちたくなさそうな名将
私の好きなキャラクターはヤン・ウェンリーです。「不敗の魔術師」と呼ばれる人なのに、勝つことを誇る顔をあまりしない。勝ち方の倫理を手放さず、どこか居心地悪そうに勝っている。私はこの居心地の悪さに、いちばん人間らしさを感じます。勝つたびに、勝つために使ったものを数えている人に見えるんです。解讀
会社が大きくなっていたころの私は、正直に言えば、勝つことに居心地の悪さを感じていませんでした。花の市場が開く前に出社し、家族と約束していた日にも現場へ向かった。約束は守っているつもりでした。何を先に守るかを、間違えていただけで。ヤンを読み返すと、その順番のことを考えずにいられません。喜好
好きな理由3:会議の場面がおもしろい
艦隊戦の場面も見事ですが、私が何度も読み返すのは、作戦を決める会議や、命令が上から下へ降りていく場面です。誰が発言し、誰が黙り、黙った人が何を飲みこんだのか。組織が人を変えていく過程が、会議室の空気にいちばんよく出ている。……また歴史の話にしてしまいそうなので、ここで止めておきます。解讀
会議で黙る人の気持ちは分かる。黙ってるのは賛成じゃなくて、言っても無駄だと思ってるだけのことが多いから。解讀
ミコさんの言葉は、私には耳の痛いものでした。社長になってから、会議で反対意見が出なくなった時期があります。私はそれを、方針が伝わった証拠だと思っていました。実際には、言っても変わらないと思わせていただけだったのかもしれません。この作品の会議の場面を読み返すたびに、黙っている側の席に自分を座らせてみます。そうすると、発言している指揮官の声が、少し違って聞こえてくるんです。喜好
苦手そうな人への入口
登場人物の多さに尻込みする人は多いと思います。最初の一冊は、どちらかの陣営で「命令を受け取る側」の人物を一人だけ決めて、その人がどんな顔で命令を聞いているかを追ってみてください。名前を全部覚えなくても、組織の物語として読めます。
同じ紹介では、アニメシリーズの展開が1988年から始まったとされています。2018年には新作アニメーション『銀河英雄伝説 Die Neue These』も作られました。制作はProduction I.Gです。文字の量に身構えてしまう人には、映像から入る道もあると私は思っています。喜好[2]
ほかの5本へ
敵の側にも暮らしがあると教えてくれた『機動戦士ガンダム』が入口だとすれば、この作品は、その先の問いをくれた本です。人を集める重さは『三国志』に、師と弟子の約束は『スター・ウォーズ』に、それぞれつながっています。そして答えの出ない夜には、『五等分の花嫁』や『凪のあすから』を、分析しないで見ています。喜好
有能かどうかと、ついていきたいかどうかは、別の物差しで測っていい。二つの物差しで読むと、同じ指揮官が二度おもしろくなります。