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我的6部作品

『幼女戦記』は信じない人の祈りに聞こえる

ソウマの6選の三本目は『幼女戦記』。帝国の軍で、誰よりも合理的に生き抜こうとする主人公。けれど耳をすますと、信じないと言い張る声が祈りに聞こえてくる。台詞の硬さと、帝国という舞台の話をします。

適合這樣的人
合理的すぎる主人公が、理屈どおりにいかない世界でもがく話が好きな人へ。戦争ものは重そう、と迷っている人にも入口を書きました。
劇透範圍
無劇透 TVアニメ第1期のイントロダクションにある設定(ターニャが帝国軍の航空魔導師として前線に立つこと)と、神を名乗る存在と対立するという作品の土台まで。戦争の行方や結末には触れません
發言的人
Souma × Jin
主張的種類: 事實 作品中的觀察 有依據的推測 解讀 喜好
目錄 共 7 節·約 5 分鐘
  1. 題名で引き返さなくてよかった
  2. 好きな理由1:台詞が書類みたいに硬い
  3. 好きな理由2:帝国が、ちゃんと組織として動く
  4. 好きな理由3:信じない人の祈り
  5. 声の芝居が台詞を裏返す
  6. 戦争ものが重そうで迷っている人へ
  7. ほかの5本とのつながり

三本目は『幼女戦記』。題名で引き返す人がいるのは知ってる。俺も最初はそうだった。戦争がどうなるかは書かない。書くのは、主人公の台詞がなぜあんなに硬いのか、と、その硬さの奥から何が聞こえるか。

題名で引き返さなくてよかった

文学部に入ってすぐのころ、サークルの先輩に「帝国が好きならこれ」と言われた。題名を見て、正直、一回断った。でも一話だけ観たら、主人公の喋り方で手が止まった。子どもの見た目で、管理職みたいな言葉を使う。その落差が、ギャグじゃなくて本気で設計されてた。喜好

TVアニメ第1期の公式サイトのイントロダクションは、こんな場面で幕を開けます。統一暦1923年6月、北方の哨戒線。研修に励んでいるのは、ターニャ・デグレチャフという金髪碧眼の幼女です。帝国軍士官学校の最終課程にあたる部隊勤務の、その一環としての研修でした。最後の一文は、彼女を幼女の皮をかぶった化物だと言い切って締めくくられます。事實[1]

同じ公式サイトのスタッフ欄には、原作はカルロ・ゼンさん(KADOKAWA刊)、監督は上村泰さん、シリーズ構成・脚本は猪原健太さん、アニメーション制作はNUTとあります。事實[2]

好きな理由1:台詞が書類みたいに硬い

ターニャの台詞は、とにかく硬い。感情より手続き、気持ちより評価。上に何をどう見せれば得をするか、ずっと計算してる。その言葉づかいが、戦場の真ん中で浮いてる。浮いてるから、まわりの兵士たちの熱い言葉との温度差がよく見える。脚本として、一人だけ違う文体で喋らせる、っていうのはすごく強い手だと思う。解讀

しかも、その硬い台詞を、まわりは勝手に熱い意味に受け取る。本人は保身のつもりで言った一言が、部下には覚悟の宣言に聞こえる。言葉が、言った人の手を離れて別の意味になっていく。俺はこの「誤解で人がついてくる」構造が、たまらなく好きだ。解讀

好きな理由2:帝国が、ちゃんと組織として動く

この作品の帝国は、悪の巣窟みたいには描かれない。会議があって、上官がいて、予算と人員の話がある。誰かが命令して、誰かが判断して、誰かが黙って従う。帝国をつくりたいと思ってる人間からすると、教材として真面目に観てしまう。組織は、強い人ひとりじゃなくて、書類と会議で動いてる。解讀

Jin

おい、帝国帝国って、お前ほんとにつくる気か。

Souma

……まあ、なんとかなる。とりあえず会議室の予約からかな。

Jin

地味だな。俺なら旗と曲から決める。……別に、入れてほしいわけじゃねえけど。

好きな理由3:信じない人の祈り

この作品の土台には、ターニャと、神を名乗る存在との対立がある。ターニャは信じない。合理で生き抜くと決めてる。なのに、追い詰められた場面で口にする言葉が、どこか祈りの形をしてる。言わされてるのか、言ってしまうのか。俺はそこに、この作品のいちばん深い問いがあると思ってる。解讀

人は何を信じるか、より、何を信じないと言い張るか、のほうに本音が出る。高校のころ聴いてた恋の歌に「好きじゃない」って何回も言う曲があって、聴けば聴くほど好きな歌にしか聞こえなかった。ターニャの「信じない」も、少しだけそれに似てる。解讀

声の芝居が台詞を裏返す

もう一つ挙げるなら、声の芝居だ。ターニャの声は、子どもの高さのまま、言ってる中身だけが冷たい大人のものになってる。その声の高さと言葉の温度のずれが、場面ごとに表情を変える。同じ短い返事でも、上に向けるときと、部下に向けるときと、一人でつぶやくときで、まるで違う言葉に聞こえる。解讀

脚本だけ読んでいたら、たぶんここまでの奥行きは感じない。台詞は、声に乗ったところでもう一度書き直される。俺は台本を書く側の人間だけど、この作品を観て、書いた言葉がどう読まれるかまで想像しないといけないんだと思い知った。紙の上の一語は、まだ半分しか完成してない。解讀

ついでに言うと、この作品は一話ごとの締め方も好きだ。だいたい、ターニャの思惑と現実のずれがいちばん大きくなったところで終わる。笑えばいいのか、心配すればいいのか分からない顔のまま、次の話を待たされる。その宙ぶらりんが、帝国の空気そのものに思える。解讀

戦争ものが重そうで迷っている人へ

戦闘の場面は多い。そこは先に言っておく。苦手なら、第1話はターニャの台詞だけ追いかけてほしい。誰に向かって、どの言葉を選んでいるか。それだけ聴いていれば、戦場の音は背景になる。一話ずつ区切って観られる作りなので、一日一話で十分だ。

笑っていいところも、けっこうある。本人は真顔なのに、まわりの受け取り方がずれていくところ。重い作品だと思って構えた人ほど、そのずれで息ができると思う。

ほかの5本とのつながり

『コードギアス』は帝国に反逆する話で、『幼女戦記』は帝国の中で生き抜く話。同じ「帝国」でも、外から壊すか、中で回すかでまるで違う。俺はどっちの席にも座ってみたい。裏方の性分からすると、中で回すほうが向いてる気はする。喜好

人の本音は、信じると言った言葉より、信じないと言い張る言葉のほうに出る。

本文中的作品

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講述者 Souma 在幕後夢想帝國的文學系學生 閱讀更多 Souma 的文章 →

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